はかない命問題、解決
「っしゃ、こんなもんでいいか」
鉄板モドキをセットして、ウサキムチを炒めなおした男。
昨晩の絶妙の歯ざわりが失われるのは残念だったが、しっかりと火を通した。
食中毒は怖い。
胃腸に自信はあっても、基本に忠実に火を入れた。
ジョッキに氷を入れ、水をなみなみとそそぐ。
3種の一夜漬けの葉野菜と共に、四角いテーブルへと運んだ。
ここで気付く。
「おっ・・・?灯り花、ずっと電気ついてたんだな・・・」
太陽の位置は昼近いことを示している。
室内に差し込むまぶしい光が、ささやかな灯り花の存在を消していた。
白い光や黄色い光は、太陽光に完全に負けている。
残る紫や赤、青い光は室内の明るさとは一線を画していた。
よく見るとまだまだ明るく、夜と変わらず咲誇っているのがわかる。
食材にしか目がいってなかった男も、一息ついた途端、違和感に気付いた。
「そりゃイイ話だな」
魔女の家、初日。
家探しするものの、ローソクやランタンのような、灯りになるモノがなかったことを思い出す。
魔女なりにイロイロ家財道具を揃えていた事がわかるだけに、不思議だった。
灯り花で工夫していたのだろうか。
大草原では午前3時半を過ぎると、花火のように散ってしまう光。
消えてしまう灯り。
それがこんな真っ昼間から、しっかりと点灯している。
朗報だ。
これなら夢にまた一歩。
この見知らぬ世界でも、男の夢はブレなかった。
一流の料理人になること。
どこでいたって、料理人は料理人。
この腕一本で生きていく。
自分の店を持つ。
それがこの世界で、一流になる為の登竜門。
唯一の道。
そう考えていた。
日本にいたなら、勤め続けていたって一流は目指せる。
特に勤めているイタリアンレストランなら、ヘタに自分の店を出すよりも自由がきいた。
経験がつめた。
修行になった。
このまま出世して、「店の顔」になるのもいいかもしれない。
あの店ならばそう思えた。
TV取材の端にうつりこんだ自分を肯定できた。
もちろんこの世界でも、修行がつめるような一流店はあるだろう。
街に出れば、気に入った店も見つかるかもしれない。
しかし男にその気はなかった。
転職は嫌だしな。
男の所属は、日本の、あの高級レストラン。
大ボスはやり手の、美魔女なオーナー。
ただ1人。
そうしておきたかった。
もう戻れないとしても、帰る店がある。
連続の無断欠勤、既にクビになっているだろう。
それでも帰れたならば、またあの場所で。
雇いなおしてもらいたい。
常識にとらわれない大ボスなら、こんなとんでもない事情も理解してくれそうだ。
大笑いでお帰りと言ってくれるに違いない。
変人だし。
大雑把だし。
トシもいってるし。
あ?
ケンカ売ってるよね?
当の本人が聞いたら激怒しそうな失礼さだが、男は真面目に想っている。
そこにはオーナーへの絶対の信頼があった。
だからこの世界では、誰の下にもつきたくない。
どんなにいい店であっても、別の店に勤めるのは絶対に嫌だった。
誰にも雇われずに、客に料理を提供する。
料理人として生きていく唯一の方法が、自分の店を持つことだった。
そしてこの世界で開店するなら、高級店一択。
理由は単純、灯り花を飾りたかったから。
この見た事もない、不思議な花を自分の店に飾りたかった。
大草原でぽつんと1人、暗闇にいた事を思い出す。
5つの月の光、満天の星でも草原は闇に包まれていた。
その草原に無数の、やさしい光の珠が浮き上がったあの瞬間。
歩いてばかりで疲れ切った男が、灯り花を初めて見たあの感動。
自分の店に足を運んでくれるお客様がいるならば、ぜひともそれを感じて欲しかった。
灯り花を飾るなら。
料理だけではなく、味だけでもない。
メシ屋のメシが旨いのは基本で土台。
それ以外にも感動や楽しみがある。
灯り花を飾る店を創るなら、高級店を目指すしかない。
その計画に立ちはだかったのが、灯り花の点灯時間だったのだ。
開花が真夜中、午前3時半を過ぎると散ってしまう。
一晩で萎んでしまう、月下美人よりも短い花の命。
その短時間で、高級店のお高い経費が賄える売り上げを確保しなければならない。
厳しい。
難問だった。
それが解決。
無問題。
助かる。
この世界にきて、素晴らしい肉と出会い。
トンデモ野菜リベンジも果たした。
灯り花のはかない命問題も解決。
順調に夢に近づいている。
「落ち着いたら、物件を探すかな」
まだ人にも会っておらず、街にもたどり着いていない無一文の男。
フライング過ぎる一言を嬉し気につぶやいた。