色鮮やかな利き塩セット
魔女の家、4日目。
午前もだいぶ遅い時間。
自身も服もさっぱりと洗い終えた男。
青空の下、今日もマッパで湖をすいすいと泳いだ。
裸族のこの解放感。
クセになってきた。
1日1回、裸族にならねば物足りなくなってきている。
危ない。
着実に変態の道へ進みつつある男。
大丈夫か。
「うぉーーーっ・・・・気持ちイイーっ」
定番の雄叫びも健在だ。
昨晩、ビールに代わって涙を飲んだ男は、ご機嫌だった。
腹を上にして、湖に浮かぶ。
青空をぼーっと見るこの時間。
プライスレス。
ワンダフル。
ただ、徐々に下半身から水に沈んでいくことだけが、ちょっぴり、いやかなり残念だった。
「・・・溺れる前にあがるかな」
湖から上がり、木のつるで作った物干し場まで歩いて、スポーツタオルを手に取った。
ガシガシと髪をふきつつ、家の中へ入る。
お着換えセットから、トランクスとカーゴパンツだけを着用。
ウサキムチ、大丈夫かな。
昨晩の残り物をチェックしに、そのまま厨房に向かった。
ちなみに上半身はまだ何も着ていない。
生粋の裸族になるには覚悟はなくとも、素肌にあたる空気をもう少し楽しみたい。
というのは口実で、単に慣れの問題だった。
風呂上りには、上半身裸のままで、ぐぃっとビール。
休みでゆっくりした日には、そのまま軽いつまみを作ることもある。
これが日本での日常。
毎日の楽しみ。
残念ながら奇人変人びっくり人間の限界にぶち当たり、ここではビールは手に入らなかった。
それでも、足りないながらも、日常を取り戻しつつある。
魔女の家での生活に馴染んでいた。
ストレスは全く感じていない。
未だに信号木の下、野宿をしている事などは、負担にならなかった。
広大な大地がホームの大草原だろうと。
魔女の家の庭だろうと。
たくさん寝れる時間がある。
男にとっては、これ重要。
料理が出来たのも大きかった。
タップリ睡眠、料理もできる。
魔女の家は、男にとって楽園となりつつあった。
ビールがない事を除けば、なのだが。
さて、厨房の土間に降りた男、まずチェックしたのはウサキムチ様の身の安全。
食べ残したウサキムチが心配だった。
やはり冷蔵庫がないのが痛い。
夏になったら完全アウトだよな。
今は日本でいえば、春や秋。
そよ風も気持ちいい、快適な季節。
だが常温保存ができるような食材は1つもなかった
ありったけの氷を出し、たらいや食器を総動員。
出来る限りの対策したのだが、どうだろうか。
「・・・・・」
残った食材を冷やしていた氷をチェックする。
だいぶ溶けてはいるが、まだまだ冷温効果は保っていた。
とりあえずは一安心。
氷をどけ、大きく丸い木の深皿にかぶせていた寸胴の蓋をとる。
皿の中を木匙でかきまぜつつ、慎重にチェックした。
冷たいからか、香りは弱い。
「・・・・大丈夫そうだな」
窓から太陽の光がさんさんと降りそそぐ明るい室内。
木皿にいっぱいのウサキムチは、より一層鮮やかに見えた。
やはり、なんちゃってキムチに使った葉物野菜の色が効いている。
オレンジに紫。
うっすら赤く、つやつや光を反射している。
肉は固く冷やされてなお、旨そうだった。
「・・・これなら食べきれるな」
皿に残るは大量のウサキムチ。
それでも昨晩食べた量に比べると、かなり少なかった。
昨日を3分の2とすると、今日残るは3分の1。
朝昼兼用、ブランチとしゃれこむならば十分だ。
「こっちはイケてっかな・・・っょいしょっ」
昨晩、満杯に氷を入れた寸胴鍋を持ち上げた。
氷はだいぶ溶けているようだ。
たぷんと中身が揺れる。
氷が水に変わろうが、氷のままだろうが重いものは重い。
そのまま窓際の流し場に中身を空けた。
「あー・・・おもかった」
それも当然。
氷満杯の寸胴鍋は、重石代わりも兼ねていた。
抑えられていたのは、裏返しにされたドーム型の木皿が2枚と、その下を支える木箱。
升のような木箱も裏返しにされている。
それらが、水の入ったたらいに鎮座していた。
「・・・おっ、きれいに水、抜けたな」
男は木皿を1枚だけ、ゆっくりととり上げた。
現れたのは鮮やかさを増したオレンジに紫。
昨晩、取り置いた葉野菜だ。
裏返された木皿のドームに、3つに分かれて、びっちりとくっついている。
「これで塩のクセがわかるな」
黒にピンク、白。
魔女の家のお宝、岩塩。
もちろん全て、味見で舐めている。
だいたいのクセは把握したつもりだ。
トンデモ野菜と違って、ここの岩塩は日本で使う感覚とほぼ同じ。
一応、そう結論づけていた。
それでも、ちゃんと味を把握したい。
ちゃんと食べ比べをしてみたい。
昨晩、ビールにフラれた涙をこらえて、男が仕込んだもの。
今日の楽しみ。
葉物野菜を塩漬けにしたのだ。
3種の岩塩、全ての種類をお試しするつもりだった。
たらいの中の水は、葉物野菜から絞り出た水分である。
発酵するほどの時間はない一夜漬け。
それでも十分。
作ったのは漬物ではない。
同じ素材で違った塩を味わう、シンプルな料理。
オレンジと紫の色鮮やかな。
「利き酒ならぬ、利き塩セットだなっ」
上半身裸の男は機嫌よく、ブランチの準備を始めた。