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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
133/169

凹んだ朝には、ヒップでホップな兄弟達と


「ヨーキョーダイ、キョーダイヨー」



魔女の家4日目。



賑やかな鳥達の声で目覚めた男は、重い瞼を持ち上げた。


まず目に入るのは青い空。

雲がひとつもない。

アカ、アオ、キイロの信号実。

番人と慕われる樹を、鮮やかに飾り立てている。

そして兄弟達のイカシた姿。


天に向かって鋭くトサカっている金髪。

安定の三角グラサン。

丸く突き出したメタボな腹。

兄弟達は今日も元気にツッパッているようだ。



「・・・よー・・・きょーだい・・・」



指一本動かさず、怠そうに声をかけた。

木の上の鳥たちに、地面からの小さな声が届くのか。

男のテンションに関係なく、彼らはマイペースだった。

信号実をつつきながらも、ヨーキョーダイ、キョーダイヨーと騒ぎ続けている。


寝藁の完成はまだまだ先、今朝も信号木の下でだった。

太陽は随分高い位置まで昇っている。

寝過ごしてしまったようだ。

ヘタしたら昼に近い時間なのかもしれない。

ゆっくりと体を起こし、胡坐をかいた。



「・・・・ビール・・・・」



腫れぼったい瞼をこすりながら呟く。

哀しい気持ちを思い出してしまった。



「オレのビール・・・・」



未練がましく、さらに呟く。

水だって氷だって、火だって出せたのに。

発電所も電池もないのに、灯り花だって光らせることができたのに。

それなのに。



イケると思ったのに・・・・。



己の奇人変人っぷりに自信を持ち始めた所だった。

だから期待した。

その分、反動が大きかった。

うっうっうっと大の男が泣きながら、後片付けをしたのだ。

あふれる涙をこらえ、仕込みもした。



自分で自分に、がっかりだ。



しょんぼり。



そんな修飾語が似合いそうな、丸い背中。

寝て起きてなお、ショックをひきずっていた。

たいていのことを一晩寝て、忘れる性質の男にしては珍しい。

凹みきっていた。



そんなに飲みたかったのか。

そーか。

残念だったな。

今晩でも、飲みに行くか?



当然ながら、ここには誰もいない。

こんな優しいお声がけは望めない。

ヒトはこんな時に、己のさみしさに気付くのだろうか。


しかし男はそんな感情に気付くことはなかった。

ぼんやりと鳥たちを眺める。


メタボな腹にはおさまりきらないだろう大きさの信号実。

それをつかんで、ずっと食べ続けるその姿。

たくましい。

皆、おそろいのトサカってる金髪。

触ったらカタいのだろうか。

ツリ目な三角グラサン・・・・と見せかけた、黒い模様。

近づいたなら、模様に紛れた丸いつぶらな瞳が見れるだろう。

きゅるんと見返してくれるだろうか。



「ヨーキョーダイ、キョーダイヨー」



エンドレスな声を聴きながら、ヒップでホップな兄弟達に近づくべく立ち上がった。



「・・・・やっぱり」



バカな子ほどカワイイ。



兄弟達のイカした姿に癒される。

番人の樹に守られた魔女の家は、今日も平和だ。

ひとつ、伸びをする。



「よー、きょーだいっ」



鳥たちに聞こえるよう、大きな声をかける。

それに応えてか、キョーダイ達はいっそう賑やかに騒いだ。



「そーいや・・・」



仕込んだアレはどうなったのか。



ちょっとした実験をすべく、余らせた葉物野菜で仕込んだ一品。

ではなく、3品。



「見に行く・・・・前に水浴びすっか」



そうだ。

今日も忙しい。

やることがたくさん山積みなのだ。

そうだった。

ここは修行場。

修行の身でビールを飲もうだなんて。

オレは間違っていた。

危なかった。

ダメ人間になるところだった。

よし、セーフ。

修行を終えたら。

街に出た時にご褒美ビールを飲むとしよう。

キンキンに冷やしたビールを飲もう。

それまでお預け。



長い長い独り言を心の中で言い終えた男は、完全に立ち直っていた。

男に優しいお声がけはいらない。

料理さえできればいい。


そういう意味では、男は立派にツッパリキョーダイ達の兄弟だった。

兄なのか、弟なのか。

そんなことはわからない。

それでも血縁や、種族の垣根を超える共通の何かがあった。

信号実さえ食べれればイイ、と言わんばかりのキョーダイ達。

料理さえできればイイ、と言わんばかりの男。

両者、共にバカっぽい。

何も考えちゃいない。

お互いマイペース。

さぞかし気が合うだろう。



ビールの代わりに炭酸をと、男は青い信号実を1つ手に取った。


「かんぱいっ」


ヒップでホップな兄弟達に一声。

ふにゃりとした実にかじりついた。

中身を吸い込み、ソーダ水もブドウも一気に飲み込んでしまう。

パチパチ、喉でも感じる微炭酸。

大小のブドウがつるりと喉を通り過ぎる感触。

旨い。



「・・・・そういや、水も飲んでなかったな」



昨晩はビールを飲もうと水を捨て、ビールが飲めずに涙をのんだ。

それは喉も渇くはずだ。

1つ、2つと青い実だけを手に取り、瞬く間に数個が腹におさまった。

それでも足らず、水を出してがぶ飲みする。

渇いた体の隅々にに水がしみわたるような気がした。

はちきれるほど詰め込んだウサキムチは、ちゃんと消化したようだ。

自慢の胃腸だ。

強い。


しかし自慢でないのは己の筋肉。

弱い。

筋肉痛をおそれ、己の弱さを自覚する男。



「今日も頑張りますか」



湖に飛び込む前に、固まった筋肉をほぐすべくストレッチを始めることにした。



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