ウサキムチ様、万歳
「いっただっきまーすっ・・・食うぞーっ・・ぅおーっ」
ワンパターンな雄叫び、もとい歓声を上げた男。
手にした大きな木匙を、目の前の山に勢いよく突っ込んだ。
鉄板モドキにこんもり盛られた、アツアツのウサギ肉となんちゃってキムチの炒め物。
略してウサキムチ。
暗い室内でも、鮮やかな色がわかる。
ザクっと勢いよくすくい上げた。
木匙がゆっくりと口元へ運ばれる。
「・・・・・・おーっ」
感嘆の声が低く漏れた。
なんちゃってのはずだが、ちゃんとしたキムチの匂いが近づいてくる。
そこに肉が焼けた匂いも。
肌に感じる熱と共に、距離に従い、強まってくる。
何とも言えない。
旨そうな匂い。
もっと味わいたい。
思わず目を閉じた。
鼻から思い切り息を吸う。
「・・・・・・・っはーーー」
空気がごちそう。
限界まで息を吸い込む。
息を吐くのすら、もったいなかった。
しかしこれ以上は肺におさまらず、大きく息をはき出すしかない。
まだ足らなかった。
ゼンゼン足りない。
お代わり。
目を閉じたまま、薄暗い中、スーハースーハー。
漂う香りを存分に味わう。
顔がにやけている。
見た目がヤバい男。
変態か?
そう素直に突っ込んでくれる者のいない男は、己の見た目を気にしない。
タップリと空気を味わった。
満足した
閉じていたのか、目をカッと開く。
大きな木匙に盛られた山をマジマジと見た。
熱そうだ。
少し息を吹きかけ、あーんと開けた口に全て流し込んだ。
「・・っぁふっ」
初めに感じたのは熱だけ。
十分冷ましたと思ったが、まだまだ熱かったようだ。
ハフハフしていると、すぐに辛みがやってきた。
トンデモトマトの辛さだろう。
ピリッという上品な辛さ。
そんな表現はまず似合わない。
上品とは対照的な、下品なまでにガツンとくる。
ひたすら辛い。
逃れるように、急いで歯を立てた。
オープン。
即座に味の引き出しが見えてくる。
噛み締める度、新たな扉が開かれた。
ウサギ肉の若干ねっとりとした甘みがじゅわっとあふれる。
同時に感じる若干の苦み。
香草焼きで使うような主張の強いハーブは負けていない。
そしてケンカもしていない。
クセのあるハーブが、ウサギの野性味を生かしている。
そこに絡みつく、後をひく旨味。
そして大切。
なんちゃってキムチの歯ざわり。
ザクっとするように残したのが、ドンピシャでハマった。
弾力のあるウサギ肉と、ざっくり噛み切れる葉物野菜の対比。
野菜本来の爽やかな甘みもいい。
極上トマトも寿司酢トマトも、いい仕事。
酸味に旨味、しっかり感じた。
噛むほどに感じる魅力。
もぐもぐ、たくさん、噛み締めたい。
男は無言のまま、鼻息も荒くどんどん食べ進める。
独り言すら出ていない。
時々、唸り声のような、言葉にならない音だけを発している。
口は言葉を発する為ではなく、ひたすら食べるためだけに使っていた。
旨いのだろう。
見ればわかる。
瞳を輝かせ、百面相、言葉を発する事も忘れ、夢中で食べるその姿。
目の前の料理だけに魅了されている姿。
なかなかそんな姿は見る事ができない。
その姿は料理人にとって、最高の賛辞に値した。
だが男は自分がそんな「客」であり、「料理人」であることには気付かない。
口いっぱいにほうばった料理を、舌の全てで味わい、次々と飲み下した。
口の中がカラになると、急にさみしい。
大きな木匙が忙しなく動いた。
やがて腹も満たされ、食べ続けるのが苦しくなってくる。
男は木匙を置き。
「・・・・・」
そしてまた手に取った。
やめられない。
止まらない。
やめ方がわからない。
腹はもう限界を訴えている。
苦しい
それでもやめられない。
危ない。
この味はヤバい。
あと一口。
もうこれでやめよう。
そう思いながらも、ゆっくりゆっくり食べ続ける。
やめるタイミングを逃し続けていた。
「・・・・・これ、やばいぞ」
たかがウサキムチ。
されどウサキムチ。
侮れない。
居酒屋定番、早旨メニュー。
まあお高い料理とは言われないだろう。
しかし味は値段で決まらない。
値段で味は決められない。
安い食材だって、極上の品などいくらでも作れる。
新鮮採れたて、下処理しっかり、これ大事。
高級店に勤めていると、忘れそうになる料理の基本を噛み締めていた。
これぞ味の深み。
感じる奥行。
どんな美辞麗句だって似合う。
崇め奉ろうか。
ウサキムチ様。
万歳。
男はウサキムチ様の魅力に屈していた。