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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
130/169

たった一口、味見最高


愛している。



ずっとずっと求めていた。

懐かしい。

嬉しい。

いつぶりだろうか。

ようやく肌に感じることができた。

ここまで本当に長かった。



「イイ・・・・」



そう。



この音。



『ジュ~~』



肉が焼ける音。




なんだよ。

大袈裟な。

匂わせやがって。



誰かがいたらツッコんでくれただろうが、もちろん誰もいない。

そして男も大真面目だった。

男にとっては、冒頭、心の中の独り言は何も大袈裟な話ではなかった。

今この瞬間、猛烈に感動している。

涙が出てしまいそうだった。

重すぎる愛を語る事に何の恥じらいも、ためらいもない。

料理人が料理を愛して何が悪いのか。


そもそも彼女はいますかと聞かれたら、恋人は料理ですと当たり前のように答える料理バカなのだ。

当然ドン引きされ、恋のチャンスを失う瞬間に気付かず過ごしてきた。

そのハードルを乗り越え付き合ってくれた彼女にも、いつもワンパターンでフラれてしまう。

料理と私、どっちが好きなのと。

即答できなかった結果、おっさんはさらに料理だけに愛を語るようになっていく。



「ジューを録音できねーかなっ・・」



男にとって、鉄板モドキの上で肉が焼ける音は最高の音楽だった。

エンドレスで聴いていたい。

寝る前に聴いたら、いい夢がみれそうだ。

直火であぶっていた今までは、これほどイイ音は出なかった。

この環境を手に入れたからこそ。

料理人の城、厨房に料理人の武器である調理器具。

今や男のもの。

その事実でさらに男は悦に入る。


なんちゃってウサキムチの入った寸胴鍋を抱えたまま、うっとりと聴き入ってしまいそうだ。

しかしここからが本番。

気合を入れて。



「ウサキム投入~っ!!・・・・ぅおーっ」



木べらを使って、鍋の中身を鉄板に豪快にあけていく。

その瞬間、さらに賑やかになるジュージュー音。

ジュー音に触発され、思わず奇声をあげる。

この場合は、歓声と言うべきか。

いつものワンパターンな「ぅおー」である。



「ぅおーっ・・・イイ音にイイ香りっ・・・・すげーっ」



おっさん、はしゃいで騒いで、大興奮。


肉の焼けるいい香りに、なんちゃってキムチの香りが割り込んできた。

耳で感じる贅沢に、鼻で感じる贅沢。

ちゃんと日本で食べたキムチに似た香りなのが、これまた嬉しかった。

本気で涙が出そうになっている。

ここまで、頑張って歩いてよかった。

長かった。


感動が止まらない。

それでも男の手元だけは狂うこともなく、冷静だった。

広い鉄板モドキの上で、ウサギ肉1枚だけを慎重によける。

ウサキムチと味が混ざらないよう、よけた肉の焼き具合を確かめた。



「・・・いい焼き具合っ」



木べらで肉をすくい上げる。

まだ熱々の肉をものともせずに指でつかんで軽く息を吹きかけ、口に入れた。



「・・・・・っ・・・ぅんーんっ、ぅめぇーっ」



旨い。

こんな旨いモノがこの世にあったのか。

たった一口、味見最高。



唸り声を上げつつ、両手はちゃんと働いていた。

2本の大きな木べらを握り、鉄板の上を豪快に炒め合わせている。



「・・・やっぱ塩は命だな。全然違うわ、コレ、臭みもねーし」



ウサギ肉の初体験では、空腹に味覚が負けてしまった事を思い出す。

塩もせず、臭み抜きもせず、さらには硬直中のカタイ肉。

ただただ焼いただけのソレを、夢中で喰らった。

旨いと思ってしまった。

不味いとわかっているはずの肉をお代わりまでして、腹いっぱい食べた。

腹をすかした男の本能が、調理の意義を全否定。

料理人にあるまじき、一生の不覚。



「俺のめったにない黒歴史・・・・・」



いや、他にもっとあるだろう。

量産された黒歴史はカウントされていなかった。

アンタ、間違ってるよ。

彼に教えてくれる人は誰もいない。



「赤身、ホントに旨かったんだな」



手持ちのウサギ肉は、赤身肉のみ。

臭みが非常に強く、甘みもあり、苦みもある肉。

野趣あふれる味と言えばいいけれど、つまりは強烈なクセのある味だ。

出汁の味がじゅわっとあふれる白身肉よりも、旨さでいえばだいぶ劣る。

これらの肉が市場に出回ったら、雲泥の価格差となるだろう。

なのに今食べた赤身肉はちゃんと旨い。


特に臭みを抑えられたのが大きかった。

言葉を選んで、野趣あふれすぎる味と褒めるしかなかった味が、良い意味で「野趣あふれる味」にちゃんと変わっている。



「やっぱ、ラーシャさんのおススメにはハズレなしだよな」



強すぎるクセを、個性に変えられたのが良い。

臭みは残るが、ハーブとちょうどいい具合にブレンドされている。

硬直もとけ、肉の硬さも歯ごたえのあるイイ弾力といえる範囲に収まっていた。

塩も効いている。



「やっぱ黒でアタリだったかな」



手はちゃんと動かしつつも、男は肉の分析に余念がない。

黒い岩塩は個性が強く、味の強いモノにあう。

白身肉には別の色を使いたいが、赤身肉なら絶対に黒だと思っていた。

削った塩を軽く舐めた際に、そう思っていた。

色が同じでも味が日本とは大違いな、トンデモ野菜とは違うようだ。

色の違いは、含まれる成分の違うことによる。

ここの岩塩も日本と同じ感覚でいいのかもしれない。



ウサキムチもいい感じに焼けてきたようだ。

男は急いで鉄板をもう一枚、となりのコンロモドキにセットした。

エアーなガスの炎をつけ、中心部分を軽く温める。

両端は持てる程度の熱さにおさまるように、炎を調節。



「よっしゃできたっ」



音と香りが凄まじく男の空腹を煽ってきた。

急いで木べらで隣の温めた鉄板モドキに移し替える。

木皿ではこの大量のウサキムチを受け止めきれない。

それに食べているうちに、冷めてしまう。



「やっぱ焦がさず、でもってアツアツがいいよなっ」



ウサキムチの山を移し替えた鉄板モドキを両手で持った。

かなりの重量に熱量だが、そんなことは気にならない。

いそいそと土間から上がり、大きな四角いテーブルの上に運んだ。

ちゃんと大きな木匙もセット。

サロン(エプロン)を外し、椅子に座り。

パンっと、大きな音が鳴ったほどの勢いで両手を合わせる。

一瞬、目を閉じ、大きく息を吸った。


そして。



「いっただっきまーすっ・・・食うぞーっ・・ぅおーっ」



木匙を手に取った。


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