表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
129/169

楽しい楽しいパーティ準備


キムチとは、辛くて酸っぱい。

そして旨味タップリの、めったに食べられないごちそう。



異国の国民食と言えども、もはや日本食。

スーパー、コンビニでお手軽に買うことができる大衆の味。

しかし男にはハードルの高いモノだった。

たまに味わえる贅沢で、頑張ったご褒美の食べモノ。

それが男にとってのキムチだ。



男の働くイタリアンレストランでは、料理人が客前に立つことも多かった。

高級店では味以外でも、頑張る事が山ほどある。

客席から見えない厨房にこもって、味だけに注力すればいいというわけではなかった。

忙しい合間をぬって、常連客には自分から挨拶に行く。

よばれる時もある。


また、女性オーナーの狙いもあった。

ピザ窯などは、完全にオープンキッチンを意識した特注だ。

店ではピザ作りに関わる部分が「舞台」と呼ばれ、厨房から半分独立している。



「今日のランチ、メインで舞台に立つのだれー? ディナーは?」



朝イチの打ち合わせでは、サービス担当から必ず聞かれる一言だ。

舞台に立つ「演者」のネームプレートはアルファベット表記で、おしゃれに舞台に飾られる。

ファミリーネームはイニシャル。


「演者」特製日替わりピザが人気ならば、演者も自然と人気が出た。

近寄って写真も撮りたくなるし、話しかけてみたくもなる。

お客様は自然と、お気に入りの料理人を名前で呼ぶようになっていく。


これを嫌う料理人は店にはいなかった。

もちろん、オーナーの教育の賜物でもあるだろう。

だがそもそも男の店で働く料理人達は、独立志向が強い。

将来を見据えた見込み客作りに役立つと、皆、熱心に取り組んでいた。


だからこそ身だしなみは大事だった。

単に清潔であればいいと言わけでは無い。

常に客前に出られる爽やかさが必要。

それがオーナーの方針だった。



だからキムチは、休みの自宅ランチぐらいにしか食べられない。

夏は豚キムチ、冬はキムチ鍋。

キンキンに冷えたビールと共に。

休日、お気に入りのランチだった。



この世界に来て強制的な休日を過ごす男。

休日と言えども、満足できる食事が出来るはずもなく。

生きのびるために食べていた。

日に日に味を落としていくパン。

味付けも臭み抜きもしていない、焼いただけのウサギ肉。

魔女の家に到着するまで、この2つしか食べられなかった。

しかし今や料理人の城、全てが揃った厨房を手に入れたのだ。

畑にだって、お宝食料がたんまりだ。



腕がなるじゃないか。



不味いトマトには泣かされたが、調味料として考えたなら最高だった。

トンデモトマトだけで、辛みに酸味、苦みに甘みまでをまかなえる。

岩塩を入れると、魔女の家には五味が揃う。

味覚を構成する基本の5つ、全てが揃っているのだ。


これが大きかった。

なんでも作れる。

そう思えてくる。

鼻歌では止まらず、でたらめな自作の歌まで歌ってしまうというものだ。



ウサギの腹肉を薄くスライス切りつつ、大きな掛け声をひとつ。



「休日を楽しむぞー!」



応える者などいやしない。

しかし全く問題なかった。



「ぅおー!」



自分で掛け声、自分で応える。

男は独り上手だった。



このために腹肉を温存していたのだ。

しかも魔女おススメのハーブで、昼間に臭み抜きをしている。

味は軽く確認しただけだが、ローズマリー系。

手書きの薬草辞典に「お肉の臭みもとれるのよ」と書いてあった。

ラーシャさんのコメントは興味深い。

魔女の家の棚に並んでいるのは、感想やおススメあふれる手書きの本ばかり。

落ち着いたら、全て読んでみようと思っていた。



「これぐらいでいいか」



スライスのウサギ肉には岩塩を削った、黒い塩を振って準備終了。


温存しておいた腹肉を贅沢にも3つ使った。

腹がはちきれないだろうか。

明らかに多すぎる。

わかっていた。

それでも。



目で味わう贅沢が欲しいからな。



これは譲れなかった。

目で見て、鼻で感じて、舌で味わう。

大盛すぎるウサキムチは最高のごちそうだった。



手と包丁を洗い、いそいそと金属板を手に取る。

薪を入れるところもなく、ガス設備もない、おそらくコンロと目をつけた、変わった台にセットした。

お祭りの屋台で使うよりは小さいが、それでもかなりの大きさの鉄板モドキ。

鉄板の四隅を支えるように出っ張っている台の上に、ぴったりはまる。

にらんだ通り。

誂えたような安定性だった。


慣れた手つきで、鉄板の下の空間にエアーなガスの炎をつける。

金属板の全てに熱が行きわたるよう、たくさんの青い炎をイメージ。



「熱伝導、いいのかな・・・・・」



鉄ではない、知らない金属で出来ている鉄板モドキ。

何かの合金なのだろうか。

上に手をかざして、慎重に熱を確かめる。

それほどクセはなさそうだ。

まずは無難に中火。



「じゃー焼きますか!」



ジュッ・・・・・ジューーーッ



「ぅおーっ、良い音だーっ、んんーっ」



思わずあがる歓声。

雄叫び。

感動。

静かな厨房内が、肉の焼ける音で一気に賑やかになる。



「これこれ、この音っ。鉄板バンザイっ」



テンション爆上げ。

独り言、全てが大声。

この世界で初めての懐かしい音は、男には最高の音楽だった。

うっかり目を閉じ、聞き入ってしまいそうだ。



「っしゃーっ! ウサキムパーティ始めるぞーっ」



男はご機嫌で火を強める。

なんちゃってキムチを入れた重い寸胴鍋を持ち上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ