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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
127/169

ON!



濃赤、薄赤、真っ黒。



思い思いの形に切られたトンデモトマトの山。


作業台の上、まな板代わりの大きな板の上にずらりと並んだ。

この大きな板が思いのほか役に立つ。

なんでも大きければ良いと言わんばかりの魔女セレクトの調理道具は、男の好みにあっていた。

のびのび包丁を使えるのは気持ちがいい。


木の板の隣にはオレンジと紫の葉物野菜の大盛、ザル3つ分。

塩を振っているので、水分が出て少し山が低くなった。


さらにはラーメン鉢ほどの、無骨で寸胴な木の器が2つ。

中にはトマトの果汁が入っている。

ひとつは真っ黒、ひとつは透き通ったごく薄い赤。

甘い極上トマトと激辛トマトの液体だ。


酸っぱいトマト、激辛トマトを切り終えた男は甘くみずみずしい極上トマトも仕込んでいた。

濃い緑のヘタが触手のようにも見える、真っ黒いトマトだ。

見た目が一番ヤバいトマトが一番旨いとは、これ如何に。

これも激辛同じく、粗みじん。

さすがに出汁の効いていない寿司酢味と激辛味だけで、旨いモノを作る自信はなかった。

黒の旨味と甘みに期待している。



「後は肉を切ればいいんだが・・・・・」



困った。

どうするか。



男は裏口から外に出た。

空を見上げる。

薄暗い空には半月が2つ。



「月が2つ・・・・9時過ぎたな」



晩の8時から1時間ごとに真夜中まで1つずつ昇る月。

時計がないので、月の昇る時間が日本のように変化するかはわからない。

とりあえず、時計が生きている頃の時間を基準に判断していた。


晩の9時を過ぎたと言えども、まだまだ外は明るい。

ここでは22時半頃まで、真っ暗な夜はやってこないからだ。

3番月が昇ってから30分ほどは、手元が見える。


ただしそれは、外だからこその話。

家の中は話が違う。

今現在で、どぎつい色の食材の色の判別がなんとかできる程度。

これから手元は、どんどん見えなくなってくるだろう。

電気のない家の中で作業するのは、もう限界だった。


もちろん男は目をつぶっていたって、包丁を使える自信はある。

店での停電復旧後、整然と仕込み終わった男の手元を見て、驚かれたことだってあった。

だがそんな問題じゃない。

これから毎日続いていくのだ。



「・・・・続きは外でやるしかない・・・か」



残念だった。

せっかくのマイ厨房。

料理人の城。

まだ使ってないエリアがある。

厨房の玄関向かって右側、コンロもどきエリア。

使いたかった。

奇人変人びっくり人間のエアーな炎を試してみたかった。

ガスもないのに、強火も弱火も自由自在。

そんな炎を、お家のコンロで使いたい。



「・・・・・」



これからの作業を考えるとおっくうだった。

今日はおウチごはんだと、はりきって全ての道具を家の中に仕舞い込んだのだ。

テーブルすらも震える筋肉にムチ打って、頑張って家に運んだ。


厨房でご飯をつくり、テーブルと椅子に座っておウチご飯。

これぞ文明。

その計画が台無しだ。

厨房デビューは中途半端に終わり、また地面に座ってのキャンプファイヤーへ逆戻り。

男は着ている服を見下ろした。



これも着替えねーと・・・・・。



はりきって厨房服に着替えていた。

一張羅で厨房デビューしたのだ。

ちゃんと洗って乾かして、仕舞い込まれていた真っ白い厨房服。

ようやくの出番だった。

このまま地面には座れない。

もらったゴワゴワの白い服に、また着替えなければならない。



「めんどくせ・・・・」



ため息をつきつつ、とぼとぼと家の中に戻った。

厨房を通り過ぎ、もらった服を畳んで置いてある大きな棚まで歩く。

十分な余裕のある棚には、持ってきたスポーツバッグも置いていた。

何気なくバッグを視界におさめた男。

そのまま着替えようとして動きを止めた。

バッグの外ポケットに差し込んでいた灯り花を、じっと見つめる。

小さい電球を先っぽにつけた針金。



「これが光ってくれたらなー・・・・」



灯り花が光り出すのは夜中12時。

そんなに待てない。



「灯り花って言うんならよー・・・、いつでもすぐ光ってほしいよなー」



ぶつぶつと文句を言いつつ、だらだらとボタンを外して厨房上着を脱いだ。

厨房デビューに水をさされて、かなり不機嫌だ。

歌いながら作業していた時との落差がすさまじい。

情緒不安定になっているようだ。

少なくとも日本では、これほどのテンションの上がり下がりをみせることはなかった。

常に淡々と、黙々と作業する男。

周りが評価していたのは、今や昔の顔だった。

ナニが男を変えたのか。



作業を始めた時間が遅かったから、暗くなるのは当然。

なぜ気付かなかったのか。



デビューに浮かれて、考えなしに作業を始めた自分自身に怒っていた。

行き場のない怒りをくすぶらせ、それでも脱いだ厨房上着は丁寧にたたんで棚に置く。

明日にでも洗うつもりだった。



「電球みたいな見た目のクセになー、光らねーとか欠陥品ってかっ」



着替えながらも、灯り花への文句が止まらない。

単なる八つ当たりだった。

ぶつぶつ言いつつ、汗染み予防の白シャツに手をかける。

この上からもらった服を着てもいいのだが、このシャツは厨房着の為にあるのだ。

別の何かの下に着るのは嫌だった。



「電球なら電球らしく、スィッチ入れたらペカッって光れよ、ペカッってー」

「ケチケチせずになー、ペカペカ光ろーぜー」

「ペカペカぺっかん、光ってくれよー」

「スィッチ1つでペカッとなー」

「ペカペカぺっかん、ペッカンなー」



もはや何の文句なのかわからない。

呪文だ。

妙に楽しくなってきていた。

既に目的を見失っている。



「ペッカンぺカっと、ペッ・・・・お?」



シャツを脱ぎ、上半身裸の男はそこで気付いた。



スィッチ入れりゃーいいじゃねーか。



またも自覚が足らなかったと反省する。

こんな時こそ、奇人変人びっくり人間。

今こそエアーなスィッチを試すとき。



シャツを置き、着替えの代わりに灯り花を1本、右手に取った。

ゆっくりと目を閉じる。

思い出すのは停電時。

手に持った懐中電灯。



エアーでスィッチON!



心の中の掛け声と共に、少しだけ右手の指を動かした。

記憶にある電気をつける操作。

そしてゆっくりと目を開けた。



「・・・・・・よっしゃ、よくやった!」



空いた左手で小さくガッツポーズ。

右手に持った灯り花を見つめる。



薄暗い室内の中、赤い光が大輪の花を咲かせていた。


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