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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
126/169

トンデモトマトに泣くのはごめんだ


魔女の家3日目、夕刻。



そろそろ太陽が沈み始めているが、一番月はもう顔を出している。

つまり20時は過ぎており、日本の感覚で言えば晩。

店の厨房がとっくに戦場と化している頃だ。



「うっさきむ、うっさきむ~♪」



そんな時間に眦をつり上げる事もなく、のん気に歌いながら作業を続ける男。

ココは日本ではなかった。

男の料理を待つ者はいない。

誰に急かされる事もない男は、初日の畑の洗礼、トンデモトマトの味を思いだしつつ、手際よく仕込みを続ける。


まずは濃いオレンジと紫の混じった、大玉スイカのようにまん丸な葉物野菜。

洗って、ちぎって、ザルの上。

大盛になったザルが3つ出来上がる。

岩塩を削っておいた塩を振りかけ、ざっくりと混ぜておく。



「さぁって・・・真打登場と行くか」



そうして手に取ったのは、酸っぱいトンデモトマト。

イタイ思いをさせられた奴だ。


ちなみに『真打』のざっくりとした意味は、『最後に登場する、最高の実力者』。

まだ料理は始まったばかりで、トンデモトマトは最高の実力と称賛できるほど旨くはない。

むしろ不味かった。


伝統を重んじる街で勤める男。

それでも真打という言葉の深い意味など知らなかった。


ただ、主役をカッコよく言い換えたのが真打という言葉。

店でパーティする客が、よくそう言ってゲストを迎え入れていたからだ。

だからそういう意味だと思っていた。。

残念ながら、きちんと意味を知らずにカッコをつける、おっさんのカッコ悪い典型だ。

カッコ良さに向けて、ほんのちょっとの欲を出したが故のカッコ悪さ。

知らず知らずのうちにハマる罠。

怖い。


男はそんな怖さに気付かず、手の中のトマトをじっと見た。

楕円形にボコボコとヘタの近くが盛り上がっている、濃く赤いトマトモドキ。

これがすっぱい。

甘さをごくごく控えた、出汁の効いていない寿司酢をゼリー状に固めたような果肉。

洗って、ウサギの角に突き刺して、直火であぶって分厚い皮をむく。

湯剥きをするのは面倒だ。

直火剥きに挑戦したが、エアーなガスバーナーはとても使いやすかった。

奇人変人びっくり人間万歳。

湯剥きが終わった酸っぱい果肉は、くし型5ミリ程度に薄くスライスする。

3つ使うことにした。

ただし、たった3個と言えども、元がかなり大きなトマトモドキ。

結構な量になった。


次にとりかかったのは、日本のスーパーではよく見かけるタイプの赤いトマト。

トマト分類的には、ピンク分類。

とりあえず10個、確保している。



「どんだけ使うかだよな・・・・・」



だってだって、とってもとっても、辛いんだもの。



なぜかオネエ言葉。

だがしかしまだ大丈夫、口には出ていない。

おっさんの罠にハマろうが、オネエ言葉を使おうが、誰もいないから大丈夫。

ただ、あなたらしく居れば良い。

カッコ悪くとも良い。

たくましく生きてゆけばいい。

誰かがいたら、ぜひそんなエールを贈ってあげて欲しい。


調子っぱずれな歌が続いていることも踏まえれば、男は人格崩壊の危機を迎えているのかもしれなかった。

この世界に来てから、明らかにキャラが違う。

日本ではないココにきて、男の中のイロイロが目覚めつつあるのかもしれない。

激辛トマトの丸かじりで受けたダメージが、まだまだ男に動揺を与えているのか。

後輩憧れの厨房戦士、寡黙に作業を続ける後姿。

皆が熱く見つめる、黙々と働く男のカッコいい背中。


今や大昔の話となりつつあった。



「とりあえず7つ・・・・・。いや6つ・・・・」



この激辛トマトは水分たっぷりだ。

寿司酢トマトと同じように直火で皮をむきつつ、あふれる水分は抜け目なく木の器にためていく。



「アッシェ・・・いや、コンカッセだな」



粗みじんにすることにした。

水分が無駄にあふれてしまうので、あまり小さくしたくはなかったが仕方ない。



これ以上、トンデモトマトに泣くのはごめんだ。



そんな決意が込められていた。

激辛がゴロっと入っていた日には、涙が止まらなくなるだろう。

もう泣かされるのはごめんだった。

ちなみにみじん切りをアッシェというのは、特にカッコをつけているわけではなかった。

単なる習慣だ。


男の店の日常では、イタリア語が飛び交っていた。

「雰囲気大事」はゲストを迎えるフロアだけの話ではない。

厨房でも調理の指示はイタリア語。

アッシェ(みじん切り)、コンカッセ(粗みじんに近いさいの目切り)、ジュリエンヌ(千切り)。

まずこれらの調理用語を覚えなければ、指示を受けて動くこともできなかった。

入店した新人はまず、イタリア語を猛烈に勉強する。

さらに英語もある程度勉強する。

英語を話すゲストも多いからだ。

高級店で働くには、料理以外の勉強がかなり必要だった。

・・・・料理人とは。

虚ろな目で空を見つめる新人が良くつぶやく一言だ。



男は嬉々として包丁をふるった。

愛用の包丁ケースは、その蓋を開かれ作業台の上にスタンバイしている。

どの包丁もすぐ手にとれるように準備万端。

薄暗くなってきた厨房内でも、出番を待つ包丁達はわずかな光を捉えて、鈍く光っていた。



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