トンデモトマト、味見終了!
毒を食らわば皿まで。
たかがトマト。
されどトマト。
なんとか気持ちを作りあげ、全種類を試す覚悟をした男。
ただ種類が多く食べきれないので、ミニサイズ、ミドルサイズは次の機会としておいた。
普通サイズのトマトに絞ると、残りはそれほど多くはない。
畑で収穫し、家の前の広場に戻った。
慎重にナイフを入れ、じっくりと断面を眺める。
匂いを嗅ぎ、ほんの少しだけ口に入れていく。
何かの儀式のように、試食を続けた。
罰ゲームならぬ、この戦々恐々試食タイムも、あと少しの頑張りだ。
黄色いトマトはみずみずしいというより、水っぽかった。
味が薄いが甘みがあり、後味には少しの苦みがある。
例えるならニンジンのグラッセを薄くした味。
不味い、不味くない、不味い、不味くない・・・・どっちだろうか。
判断に迷う。
使いどころが難しい味かもしれないと思った。
ちなみに種はなかった。
黒いトマトは大当たり。
甘くて旨味たっぷり、高級トマト。
文句なく旨い。
よかった。
まともなトマトがあったと一安心。
オレンジのトマトには、肩透かしをくらった。
普通に美味しい。
平均点。
日本のスーパーに並ぶような、特別旨すぎることもなく、不味くもない味。
黒いトマトが高級なブランド品なら、このオレンジ色は大衆の味だろう。
普通に種もある。
日常的に食してきた味にほっとした。
これなら、料理人の腕次第でなんとでもなる。
初めにこれを食べれば、こんなにビビることもなかったのにとちょっと悔しい。
そして最後は蛍光ドピンク。
こんな色が自然にできるのか。
アメリカのカラフル過ぎるケーキみたいだ。
パティシエの妹が面白がって、真似して作っていた。
そして大量の売れ残りを、自腹で買って帰ってきた妹に呆れた事を思い出す。
妹は優れたパティシエだが、時々、おかしな方向に暴走していた。
家族でおかしな色のケーキをたいらげつつ、妹に説教したものだ。
和食の基本「青黄赤白黒」は知ってるだろ。
日本には、食に関わる色の歴史ってものがあるんだ。
いくらケーキっつっても、限度ってものがあるだろ。
まともな日本人ならそんな体に悪そうな色、まず手を出さない。
どんなに旨かろうが、そりゃ売れ残って当然だろ?
普段は会話の主導権を握る妹も、この時ばかりはおとなしく兄の話を聞いていた。
ちなみに父は黙ってケーキを3つ完食し、家族全員で食べたケーキ代金を妹に払ってやっていた。
そう、いくら「色鮮やかな食材、目にも美しい色とりどりの料理」と言っても限度があるのだ。
最後に残った、この蛍光色。
そしてドがつくほどのピンク色。
これはヤバい。
キケンキケン。
料理人の本能が囁く。
恐る恐るナイフを入れ、断面をみるとこれも種がないタイプ。
蛍光色ではなくなったが、ピンクはピンク。
透き通ってはいない。
濁っているというわけでもない。
絵具の赤と白を混ぜたようなピンク色。
他に例えようがない。
果肉にはみずみずしさは全くなかった。
アボカドのような、こってりねっとりクリーム感。
匂いは特にない。
「・・・・・これ食いモンだよな」
自分に言い聞かせる。
中の果肉を小指ですくいあげた。
思った通り、ねっとりとしたクリーム状。
トマトとはかけ離れたそのピンク色をじっと見つめ。
思い切って口にふくむ。
「・・・・んー?」
なんだこれ。
もうひとすくい、舐めてみる。
「・・・・これなー、まさかなー」
ちょっと嬉しい、懐かしの味。
もうひとすくい。
ここで会えるとは思ってなかった。
もちょっとお代わり。
畑のトンデモ野菜と言ったって、良い具合のトンデモだってあるじゃーないか。
さらにお代わり。
段々と指を使うのも面倒になり、直接、果肉を口に運んだ。
スプーンが欲しい。
結局、1個丸々食べ終わってしまった。
ある意味アタリの味。
まさかこうくるとは思わなかった。
いや、色からしてわかりやすいのだろうか?
「久しぶりだな・・・・いちごみるく」
そう。
見れば見るほど、いちごみるく。
そんな見た目を裏切らない味。
イチゴのフレッシュさなどは全く感じない。
あくまで「いちごみるく」。
紙パックで売っている、甘いだけとも思えるほどの庶民の味だ。
たまに無性に飲みたくなる味。
なぜか、どうしても欲しくなる時がある。
ただ、いい年したおっさんがレジに持っていくのは、かなり恥ずかしかった。
だから買う時には、あくまで頼まれましたと買い出し係を装う。
そのために、他の飲み物も毎回、大量に買うしかなかった。
タピオカ屋さんには堂々と並んで買えるのに、コンビニのレジでは恥ずかしいという謎。
おっさんがいちごみるくを買うには、苦労があるのだ。
ただ、そうまでして買ったところで、最後まで美味しく飲めたことはない。
一口飲むと、あまりの甘さにその後を持て余してしまう。
なのに数か月後には、なぜか無性に飲みたくなるという不思議な飲み物。
それがいちごみるく。
そのいちごみるくをねっとりクリーム状に固めたのが、蛍光ドピンクのトマトだった。
この不思議、妹に食べさせてやりたい。
この蛍光ドピンクが最後で、全てのトマトの味をみれた。
阿鼻叫喚な始まりで、戦々恐々と続けられた試食タイム。
最後は優しく、懐かしい甘さで終了した。