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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
122/169

畑のトンデモ野菜、初日の洗礼


「うっさきっむっ、うっさきっむ~っ♪」



灯り問題の解決していない厨房は薄暗かった。

家中の窓や扉を開け放ち、採光しているとはいえども時間的に限界がある。

先ほど1番月が出たばかり。

20時を超え、あと少しすれば日没を迎える。

時間に目をつぶれば、昼から夜に移り変わる逢魔が時。


そんなもの寂しい空間に、男の陽気な歌声が響き渡っていた。

元ネタ不明。

たいして意味などありゃしない。


格式高い伝統の日本料亭に勤め、高級イタリアンに勤めた男。

その男がようやく手に入れたマイ厨房で作ろうとしているもの。

畑のトンデモ野菜の洗礼を受けた時に閃いたメニュー。

硬直も解け、臭みを消し、最高の状態で待っているウサギの赤身肉を使って。

記念すべき初調理。

今すぐ食べたい。

あのメニュー。

そういえば日本で作った事などはなく、知られた名前もありはしない。

だから男が命名。

その名は。



「うっさぎとキッムチで、うっさキムチ~~っ♪」



男が選んだのは、時短、簡単、庶民なメニュー。

豚キムチならぬ、ウサキムチ。

高級志向の店での修行は、必要なかった。

なぜにソレ。

誰もツッコめる者はいない。

だが応えるかのように、単調ながらもご陽気な歌は続いた。



「キッムチはないっから、酸っぱいだけ~~の、とっんでもトッマトがごっ登場~~♪」



歌い足りないようだ。



「はっくさいっキャッベ~ツっ、そっんなのわっからっぬ、はっもの野菜~♪」



まだまだ続く。



「オッレンジいーろっに、むっらさっき色~で、いっろみはかっんぺっき~、きっれいきれ~~っ♪」



うるさく続く。



「さっいごっの決っめてはっ、かっら~~いっ、いった~いっ、キッケンキケ~~ンッ♪」



しつこく続く。



「にっほっんとおっんなじ、ピンクのあっなたに、だっまされた~~っ♪」



恨みがましく、こぶしが回る。



「齧っちゃいっやーんっ、トッンデモトッマト~ッ♪」



こぶしのききっぷりが、恨みの深さを語るようだ。



「かっら~いっ、いった~いっ、なっみだっが出っちゃうのっ、キッケンキケ~~ンッ♪」



なるほど。

おつかれさん。



「そっこで、とっうじょうっ、マッイ厨っ房ーに、マッイてっぱん~♪」



嬉しそうだ。

よかった。



「おっれにまっかせっろっ、トッンデモトッマト~ッ♪」



まだ続くのか。

もう終わりませんか?



「むってきのベッテランッ、りょっおりにん~~~♪」



しつこい。



「らっらららっおっれ~はっ、りょっおりっ、にん~~~♪」」



「にんにんにんにん・・・・・うぉーっ」



ネタがなくなったようだ。


定番の雄叫びが飛び出し、無観客リサイタル終了。

ツッコめる者も、クレームを言える者もいないのが、男を黒歴史から守った。

基本は寝れば忘れてしまえるトリ頭。

目撃者がいないならば、この瞬間を思い出して恥ずかしくなることもない。

肉体疲労が限界を突破した男は、超のつくハイテンションだった。

隠れファンもいたほどの、黙々と作業をする料理人の面影はない。


しかしテンションがおかしかろうが、経験豊富な料理人。

でたらめに歌いながらも手際はよかった。

土間の左手、大きなたらいの流しシステムを使い、エアーな温水を駆使して次々と野菜を洗っていく。


濃いオレンジと紫の混じった、大玉スイカのようにまん丸な葉物野菜。

大量の葉をちぎりつつ、じゃぶじゃぶと豪快に洗う。

水がこぼれても問題のない土間は使いやすかった。


楕円形にボコボコとヘタの近くが盛り上がっている、濃く赤いトマトモドキは3つ洗う。

日本のスーパーではあまり見ないタイプ。

トマトの色分けで言えば赤に分類されるものだ。

赤色分類は酸味の多い品も多く、生で食べてもあまり美味くはない。

火を通すことで旨味が増す。

イタリアンではよく使う品も、こんなタイプも多かった。




思い出すのは、魔女の家、初日の試食。

2日前の畑の洗礼。



久しぶりに野菜が食えると喜んだのが、懐かしい。

高級イタリアンで働く男にとっては、仕事の材料。

まあまあ見慣れた形のトマト。

職業柄、どんなものかと一番に齧ってみたら。



「まっっずっ」



ただただ酸っぱいだけだった。

不味い。

酸味というほど可愛い表現はできない。

これはお酢。

お酢と呼ぶのも惜しい。

食べ物じゃない。

バケ学分類、酢酸と呼んでやろうと思ってしまう。

フルーツ酢という飲めるお酢が流行っているが、そんな気が利いたモノではなかった。

食えたもんじゃない。


しかしそこはお初の食材と向き合う料理人。

ぐっと飲み込み、気持ちを整え、もうひと齧り。

何かがこみ上げる酸っぱさに耐えつつ味を分析すれば、申し訳程度に甘みがあった。

普通の人は気付かないだろう、主張の足りなさすぎる甘み。

例えるならば、甘さをごくごく控えた、出汁の効いていない寿司酢。

皮が厚く、種がなく、寿司酢を固めたような果肉。



なんだコレ。

見た目詐欺か。

これをトマトというのは許せない。

俺に謝ってくれ。



期待が外れ、理不尽な怒りすら覚えた男。

キャンプファイヤーの火はそのままに、家の前の広場を飛び出し、畑に走った。



じゃあ、アレはどうなんだ。



地球で数千種もあるトマトの色は、一般的には大きく分けて4つと言われている。

赤、ピンク、黄、黒の4つ。

実は日本スーパーに並んでいるトマトは、赤色には分類されない。

そのほとんどが、ピンクと言われる。

つまり濃い赤色が赤タイプ、日本の朱色っぽいトマトはピンクタイプ。

初日の試食は物珍しさへの好奇心から、研究心から日本でよく見るトマトは採ってこなかった。

日本のスーパーではあまり見ない、珍しいものばかりを採って来ていたのだ。

イタリアンで働く男が、比較的食べ慣れたトマトの味がこうなのだ。



じゃあ普通のトマトはどうなんだ。



筋肉痛をものともせず、畑についた男。

まだまだ畑の野菜のトンデモ加減を知らなかった。

ついでに、アタマに血が昇っていた。

日本でよく見る普通のトマトをもぎ取って、洗いもせずに齧りついた。

遺憾なことに大口で。



「っ・・・・んあーっ・・・・っから・・・・・いてーっ」



涙目で悶絶することになった。

辛みが過ぎると、痛みを生じる。

一気に拭きだす汗。

日本でよく見る普通のトマトは、激辛だった。


見た目詐欺、ここに極めり。

しかしこれではまだ終わらなかった。

男が受けた畑の野菜の初日の洗礼、もひとつ続く。



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