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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家でお勉強編
121/169

ここまで長い道のり


「うっさきむっ、うっさきむっ、とってもおっいしい、うっさきむ~っ♪」



男は絶好調だった。



キャラ変わってんじゃねーか?

どうした?

悪いモノでも食ったのか?

飲みすぎたのか?



日本の同僚が見たならば、さぞかし心配してくれることだろう。

寡黙な人と思われる事も多かった。

単に聞き役に回ることが多く、黙々と作業することが多いだけ。

受け身なだけだった。


ただ確かに鼻歌を歌うことなどは、めったにない。

それが今や、鼻歌を飛び越し、なんと自作の歌詞までつけて。

控えめ、遠慮がち、呟くように。

そんな言葉は似合わない。

朗々たる歌いっぷり。

堂々たる歌いっぷり。

こっちの言葉が似合うだろう。



「いっますぐたっべたっいっ、すっごくすっごくおっいしいっ、うっさきむ~っ♪」



歌は続くよどこまでも。



男は明らかに調子に乗っていた。

しかし今回ばかりは当然、自然。

仕方ない。

ようやく、そしてようやっと。

初の調理ができるのだ。

もう何も妥協しない。


男がいるのは青空の下ではない。

ちゃんと天井がある。

清潔、安全、マイホーム。

たどりついた念願悲願の魔女の厨房。

鼻歌の一つ、元ネタ不明の替え歌くらいは当然自然。

ここまで長い道のりだった。



遡ること数時間前。

男は休みことなく作業を続け、ようやくこの瞬間にたどり着いている。



掃除を中断してザルを手にした男は、頭に叩き込んだ知識を下に、畑でお目当てのアレコレを収獲。

楽しい作業と言えども、しゃがんで立って、ウサギのツノで土を掘る。

三十路の男の腰には危険な作業だ。

大腿四頭筋はとっくに泣きに入っていた。


お次は作業台替わりの重い丸テーブルを、えっちらおっちら家の裏にお運びした。

お天道様に任せた消毒を終えたまな板を、エアーで生み出す熱湯で消毒。

この段階で上腕二頭筋も悲鳴を上げる。


続いて、ぷるぷる震える腕を叱咤激励しながら肉の下処理。

ウサギの赤身肉を採りたてハーブで臭みを消す作業だ。

胸肉2枚、腹肉4枚、もも肉2枚に背肉が1枚。

結構な量の処理に加え、明日調理する分には下味処理まですませておいた。

腕に瞳がついていたなら、その瞳は間違いなく潤んでいたであろう。

泣きの入った両腕でも、男の情熱は休むことを許さなかった。


そしてギックリいきそうな腰や震えたがる筋肉をなだめすかしながら、お掃除の再開。

残るは土間の右側。

ベッドが置いてある空間を仕切る内壁沿いだ。


内壁は土も使っており、かなり補強された分厚い壁のように見えた。

消去法だが火を使う所と睨んでいた。

不格好なレンガで、固めただけの作業台。


じっくり見ると、やはりコンロやカマドの代用品と思われた。

ただコンロではなく、カマドでもない。

高さもあるのに、どうみても薪を差し入れるところがなかった。

電気やガスが来ていないのは知っているし、スィッチらしき所もない。

五徳にあたる部分と言えるのか、レンガで回りを囲った空間があった。

でっぱったレンガの上に、鍋や鉄板を置ける。


このレンガで囲われた空間に、エアーで火を生み出せば調理ができるだろう。

もちろん男は奇人変人びっくり人間。

火力だって自由自在、エアーなガスコンロの火が出せる。

自前で火を用意する前提ではあっても、使いやすそうだ。

鍋や鉄板、最大5つまで同時に火を通せる数が確保されているのも好印象。

延焼対策は十分。

さすが魔女ならではの独自仕様。


さらには煙を逃がす天窓まで設えてあった。

ただしこれを使うのは、物理的に荷が重い。

重すぎた。

男の体にトドメをさした、かなりの重労働が必要だった。

仕組みは、下から突っ張り棒のようにくっついた柱を押し上げて窓を開けるもの。

太い柱をよっこらしょと押し上げれば、天窓の端にくっついた柱が重い窓を押し開けてくれる。

そして重い柱を持ったまま、柱の下におそらく専用に置いてある木箱をかませて固定。

たまらず土間にへたり込むほど負担のかかる開閉作業。


もらった服を見る限り、男より小柄なはずの魔女。

力持ちだったのだろうか。

ダイナマイトボディならぬ、マッスルボディの持ち主なのか。

微妙な気分を味わいつつ、苦労して開けた窓は開けっ放しにすることにした。

雨が降るまでそっとしてほしかった。


お掃除最後は、燃え尽きた体を引きずるように、土間の床を清掃。

有終の美を飾った。

畑の農機具を置いてある小屋に、ほんの少しだけ置いてあった藁をまとめて箒に仕立てた。

ただ掃き清めるだけの作業がこんなに辛いとは。

体中が悲鳴を上げ続け、その声すらも枯らした痛みが全身を襲う。


それでも男は休まなかった。

情熱ではなく、もはや執念。

料理がしたい。

アレが食いたい。

やるぞ俺は。


男は普段、自分に甘い。

ただ料理の為となれば、いくらでもスパルタになれた。

暑苦しい情熱。

情熱というもはや執念。

執念というより欲の塊。

欲にまみれた精神は体を従えた。

いろんな意味でイタかった時間を経て、話は冒頭に戻るのだ。



「うっさきむっ、うっさきむっ、とってもおっいしい、うっさきむ~っ♪」



体が痛かろうが関係ない。


やっとここまで来た。


満身創痍の男は、ようやく調理が出来る所までたどり着いた。

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