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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家でお勉強編
120/169

ここが自分の帰る場所


「これ、読みたかったんだよなー」



家に戻った男は、本棚から迷うことなく2冊を選んで取り出した。

ハーブの本を探すときには、ぐっと我慢した珠玉の2冊。

今の男がなにより読みたい本だった。


椅子に座ることなく、土間に戻る。

一応、まだ掃除中という自覚があった。

ただし誘惑に負けただけという自覚はない。

あくまで後の作業をラクにするため。

効率的にするためで、仕方なく。

それが掃除中断の言い訳である。

今日も男は自分に甘かった。



作業台の上に2冊とも置く。

また棚の上に置きっぱなしになっていた使ったばかりの薬草本3冊も、同じく作業台に置いた。

こういう時、広い作業台は非常に使いやすい。

馴染みがあった。



「落ち着くなー・・・・・・」



コンテスト前などは、よく厨房に1人で居残りしたものだ。

家でやったっていいのだが、厨房は落ち着いて考えられる。

最小限の照明に落とし、人が帰った静かな厨房も居心地がよかった。

光を鈍く反射する銀色の、営業中からは広くなったようにも感じる作業台。

ここにノートを拡げ、本を拡げ、スマホも準備。

ペンを手に、立ったままじっくり考える。

何かを思いつけば、そのまま手を洗って食材を扱い、試作もできた。


店の女性オーナーが投資だと許してくれた、料理人の理想の環境。

食材は予算制限こそあるものの、ほぼ自由に試作に使うことを許してくれた。

上昇志向の強い料理人達は、仕事終わりに飲みに行くことはしない。

朝まで飲み明かす代わりに、同僚たちと厨房で朝まで試作、メニュー開発。

どうしても欲しい高級食材は自分達で取り寄せた。

飲み代と思えば安いモノ。

試食係として残りたがるソムリエや、サービスマンの話も面白かった。

男に春はこなかったが、恋の生まれる場でもあった。

繁忙期以外ではよくあった、休み前の楽しい一晩の過ごし方だ。



男にとって厨房とは、戦場であり、開発研究室であり、娯楽施設。

癒しの空間。

喜怒哀楽全ての感情を経験した場所だった。



・・・・・ようやく帰ってこれた。



もちろん日本ではなく、店でもない。

それでも厨房というだけでよかった。

月が5つもあるような、聞いた事もない星で。

日本でなくとも。

馴染んだ店でなくとも。

ここに男を受け入れてくれる厨房がある。

それでいい。

それがいい。

それだけでいい。

ここが自分の帰る場所。



じーん。

男は感慨にひたった。

現実には物理的に背を向けている。

つまり掃除に手をつけていない土間の右側を背にした、一足早い感動だった。



「・・・・・やるか」



男は作業台の本を次々とひろげた。

じっくり読める時間がないことぐらいは理解している。

ざっざっざっとページをめくって流し、今すぐ採りに行きたいモノのページの端を折っていく。

目印だ。

付箋が欲しかったが、ないものねだりはできない。

ただ筆記用具がないのは、駄々をこねつつねだりたいほどに痛かった。

メモがあれば書き出してそのまま畑にいけるのだが、覚えるしかない。

30分ほどそうしていただろうか。

絞りに絞った品の特徴を頭に叩き込むのは、そう時間はかからなかった。



「・・・・とりあえず、こんなもんか」



今すぐ探したいのは肉の臭み消しに使える香草。

同じく肉の香りづけ、下味をつけるのに使える野菜。

ついでに後で使う葉物野菜。

もう体で覚えたトンデモトマト。



欲しいのはこれだけだった。



まず今日は一品。

どのみちこの後も掃除をするのだ。

その一品の料理がちゃんとできるのは、掃除終了後。


だから本当は、今わざわざ掃除を中断して探しに行く必要はない。

だが、明日の一品のためにも今すぐやりたい作業がある。

ウサギ肉の下処理だ。

もう硬直もとけており、氷をかえマメに面倒を見ているとは言っても急いだほうがいい。

残っているのは赤身肉だけだが、料理を夢見て温存しており十分な量があった。

下処理だけなら作業台と調理器具、水場を使うだけ。

残念ながら掃除が終わっていない厨房は使えないが、外にテーブルを持ち出せば十分にできる。

アウトドアに目をつぶれば、衛生面はクリアする。

妥協しよう。

ホントはやりたい気持ちに負けただけ。

わかっちゃいるけど、認めたくない。

認められない。

ちゃんとした理屈をつけ、自分を納得させた。



「じゃ、採りに行くか」



藁と木の皮らしきモノで編まれた大きなザルにウサギのツノを一本のせ、男は裏口から外に出た。


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