ちゃんとやらねば、お宝デビュー
湖にいる鳥達の所に戻った男。
着ている服を勢いよく脱ぎ捨てた。
青空の下、兄弟達と同じく一糸まとわぬ裸族となる。
やはりすばらしい解放感。
裸族の定番、雄叫びを上げるのは我慢だ。
深呼吸のみにとどめた。
驚かせてはいけない。
鳥たちが飛び立ってしまえば、一人寂しい水浴びになってしまう。
ゆっくりと水音をあまりたてぬよう、湖に入った。
兄弟達がいるのは、湖の中央あたり。
そちらを目指して泳いだものの、少し離れた所で近づくのをやめた。
まだ知り合って間もないのだ。
一応、遠慮することにした。
もう少し慣れてくれば、裸のつきあいもできるようになるだろう。
マイペースな鳥たちがこちらを気にするかはわからないが、嫌われたくはなかった。
兄弟達の真似をして、腹を上にぷかりと湖に浮かぶ。
空が青く、眩しかった。
じっとしていると、男の体は下半身から徐々に沈む。
体勢を整え浮かびなおす時、動くたびに兄弟達の姿が見えた。
静かに浮かんでいると、兄弟達の声が聞こえる。
パチャパチャという水音も聞こえる。
気持ちいい。
男は、湖のほとりに置いたお宝を見ようともしない。
ただ純粋に水浴びを楽しんでいた。
本音は、息抜きに鳥たちと水浴びをしたかっただけ。
お宝デビューはついでだった。
どれぐらいそうしていただろうか。
パチャパチャという水音が急に大きくなった。
「??」
鳥たちの方を見ると、次々に飛び立ち始めている。
「おおっ!ついにっ!」
思わず大きな声が出た。
兄弟達の雄姿は、文字通り輝いている。
パタパタ動く短すぎる羽から、水滴が飛び散ってキラキラ光るのだ。
空をキリっと見上げる凛々しい三角グラサン。
濡れていてもトサカっている金髪リーゼント。
水しぶきが激しくなりキラキラの光が増す中から、メタボな腹をものともせず空に舞い上がる。
かっこいい・・・・と思うのは難しかった。
とんでもなくカワイイ。
「おぉーっ・・・すげーっ・・・また後でなーっ」
足のつかない水中で体を支えるため、手をふることはできない。
代わりに力いっぱい声を出す。
目を離さず、兄弟達を見送った。
あっという間に兄弟達の姿が見えなくなる。
「行っちゃったなー・・・・」
仕方ない。
そろそろやるか。
お宝デビュー。
すっかり兄弟達の雄姿のついでになってしまったが、もとはこちらが本命。
すぐに水から上がった。
一粒の小石ならぬ木の実を、木の蓋の上からつまみあげ、手の平に真ん中に置く。
しゃがんだまま、湖の水をもう一方の手ですくい上げ、木の実に垂らした。
「・・・・・・おー」
乾燥してシワシワだった木の実の皺が伸びた。
みるみる膨らんでいく。
黒い色が透き通っていく。
色が変わった。
若干の濁りを残した、うすい緑。
まん丸ではなく、楕円。
胡桃ほどに膨らんだあたりで、動きがとまった。
「・・・・・・止まったか?」
手の平の上の木の実を、人差し指でちょんちょんとつついてみる。
「・・・・やわらかい?」
そっとつまんでみる。
ぷにぷにとした感覚があった。
つまんだ親指と人差し指に少し力をいれる。
「おっ」
押し潰されるように楕円は少しだけ形を変え、すぐに中身をはじけさせた。
若干ぬるついた薄く緑に色づいた液体が、男の手の平からあふれ落ちる。
両手をそっと、ゆっくりこすり合わせた。
指の隙間から泡が出始める。
両手の動きを早めてみると、かなりの泡ができた。
手の平を上にすると、洗顔料のテレビCMみたいな泡だった。
しっかりとツノが立ち、ヘタレそうにない泡。
「なかなかいいな」
使い心地はどうだろうか。
魔女の本によれば、髪にもいいし、手にもいいし、お皿洗いにもいいという。
第二のお宝は、洗剤として活躍できる乾燥木の実だった。
まさに求めていたモノ。
夢のような万能加減。
怖いぐらいだ。
元は木の実だから、当然環境にもいいのだろう。
PHが気になるところだ。
「・・・ハゲねーよな」
まだこの髪とは、おさらばしたくない。
肌荒れはよくとも、ハゲたくはなかった。
過去に、バリカン丸剃り、坊主にしたことはある。
職場の女性陣には不評だったが、気に入っていた。
それでもハゲは嫌だ。
ハゲるのと坊主は違う。
絶対に違う。
両者には大きな差がある。
男は妙なこだわりを持っていた。
魔女も使っていたのだろうし、大丈夫だろう。
たぶん。
「・・・・・・」
こわごわと頭に泡をのせる。
特に刺激は感じない。
「・・・・大丈夫そうか?」
ようやくのお宝デビューだった。
枕もなく土の上で寝ていたから、髪が土を巻き込んでいる。
そのまま掃除を続ければ、あちらこちらで泥を落とし、逆に不衛生だ。
一度、洗わなければいけない。
ちょうど鳥たちも水浴びをしているしと、思いついたのが男がここにいる理由だった。
しかし既に、たっぷりしっかり水と戯れた後。
兄弟達のカワイイ姿、誘惑に抗えなかった。
今更洗う必要はあまりない。
すっかり目的を見失っていたと反省する。
ちゃんとやらねば。
お宝デビュー。
青空の下、湖のほとり。
裸族の男は頭を泡だらけにしながら、ガシガシと洗った。