料理人の宝箱
キッチン洗剤が欲しい。
男は土間の玄関から見て正面、裏口がつくられている壁沿いに置かれた3つの棚を漁っていた。
腰ぐらいの高さの棚には、大小の無骨な木箱がいくつか置いてあった。
いびつだが瓶もたくさんある。
ちゃんと蓋つき。
洗剤代わりになるものがあるとしたら、ココだろうと睨んでいた。
なければ、洗剤代わりに灰汁でも使うしかないのだろうか。
魔女もエアーな焚き火を創れたはずだ。
土間や家の裏手、畑の小屋にも薪を確保している様子はなかった。
灰が必要ならば森で枝を拾ってきて、燃やすところから始めなければいけない。
「面倒だよなぁ・・・・・」
それぐらいなら無添加石鹸で洗った方がいい気もするが、唯一の石鹸はだいぶと小さくなってきている。
できれば節約したかった。
灰で洗って、お天道様に乾かしてもらって、熱湯消毒するしかないか。
洗剤の在りかを探しつつも、あまり期待はしていなかった。
あの調理道具を見る限り、魔女は一度もあれらを使って料理をしていない。
また大は小を兼ねると言わんばかりの、大雑把な品ぞろえ。
それでなくともラーシャさん達ご夫婦は、引っ越しをする前にこの家を諦めたのだ。
洗剤などという、細かいものまで買い揃えているとは思えなかった。
どうせ、土間全体を掃除するのだ。
ついでにここも拭き上げてしまうことにした。
「よっしゃ、全部出すぞ」
木箱や瓶など棚の中身を全部、作業台の上にどけるべく、瓶を1つ手に取った。
中に何か入っているようだ。
透明ではない瓶のせいで、見ただけではよくわからない。
蓋をあけると、何らかの植物を乾燥させたものが入っているように思われた。
特に匂いはしない。
「乾物・・・・香りがとんだスパイスか?」
危ないモノは料理には使えない。
賞味期限切れだけならいいが、消費期限切れはしゃれにならない。
いくら胃腸に自信があるといっても限度があるだろう。
賢く守ろう オレ自身。
「紙にでも書いて貼っとくかー?」
何かの標語のようだ。
なかなかゴロがいいと満足する。
いつもながらの自画自賛。
誰にも怒られない褒められない特殊な環境では、強いメンタルを保つのに役立つのかもしれない。
独り暮らすと、独り言が増えるのと同じだろうか。
誰がいてもいなくとも、男は今日も楽しく生きていた。
ただし自分を褒めても、怒る事はない。
ツッコむこともない。
男は自分に甘かった。
瓶の中身を取り出してじっくり見たいが、お掃除優先。
誘惑にあらがい、木箱も瓶も次々と作業台の上に移動させた。
その途中、隙間に挟まっている紙に気付く。
何か書いてある。
「まあ、1枚読むだけだからな、時間もな、そんなかからないしな、うん」
お掃除あるある。
こうして掃除が進まなくなるのだ。
自覚があるのか、男は言い訳のようにつぶやいた。
紙を手に、指輪を置いたテーブルに移動する。
立ったまま、ゴツイそれを人差し指にはめた。
「品物一覧か・・・・?」
書いてあったのは、単語の羅列。
棚に置いてある品のメモだろうか。
読めた所で知らない単語が並ぶ中、ある文字を見つけた男の顔が輝いた。
天を仰いでガッツポーズ。
雄たけびを上げる。
「ぅおーっ、塩かーっ・・・会いたかったーっ。うぉーっ」
ダダっと土間に突進。
紙を台の上に放り投げ、埃まみれの瓶の蓋を次々と開けていく。
「どこだ塩ーっ・・・うぉー」
定番の奇声を発しつつ、塩を探し求める。
もどかしい。
早く早く。
「ないっ・・・箱かっ・・・よっしゃ宝箱だなっ」
瓶の蓋を全て開けても、塩は見つからなかった。
では木箱に入っているのかと、見当をつける。
料理人のお宝、塩。
これがなければ始まらない。
まさに宝探しだ。
鼻息も荒く、木箱の蓋をとっていく。
小さい箱に入っているだろうとアタリをつけて開けていくが、入っていない。
気付けば残りの木箱は3つとなっていた。
皆、それなりにデカい。
そんなに大量の塩を入れているのか。
期待がつのる。
まずはコレから。
「オープンッ・・はずれーっ・・・ブブーっ」
楽しい。
高まる緊張。
鼻血が出そうだ。
残り2つ。
どちらを開けようか。
「こっち・・・オープンッ・・・はず・・・・・いやアタリか?」
塩ではない。
ゴロゴロ入った石を見て、そう思った。
大きさも色もバラバラ。
大きいモノで小玉スイカぐらい、小さいモノでこぶしほど。
くすんだ白にうすいピンク、黒っぽいモノ。
すぐに興味を失い、次に行こうとした男の目が石のゴツっとした断面にとまる。
若干透き通っているように見えた。
「・・・岩塩か?」
想像していた白くさらさらした塩とは違う。
それでも見れば見るほど、岩塩のように見えた。
念のため残り1つの箱も開ける。
そこにはドングリぐらいの小石のような、おそらく木の実であったものがいっぱいに入っていた。
ということはこっちは。
「やっぱ岩塩だなっ!」
白い1つを手に取った。
迷わず舐める。
「おおっ!」
ああ、この味。
命をつなぐ塩。
料理人のお宝。
塩味を感じるのは久しぶりだった。
店のパンを食べきって以来だ。
たまらずもうひと舐め。
そしてもうひと舐め。
止まらない。
止められない。
「・・・・しょっぱい・・・すげーよ・・・」
いったん落ち着いたテンションが再び上がってくる。
「すげーっ・・しょっぱーっ・・・・うおぉぉーっ」
定番の奇声をあげ、男はしばらく時間も忘れて感動にひたった。