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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家でお勉強編
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筋肉神社に行きたい


作業台の天板を支える棚を全て3回拭き上げた男は、次の作業にとりかかった。


物干し場にむかい、風にはためく白い大きい布を取り込む。

麦の収穫の際、汚れを防するため地面に敷いた布だ。

少々乾いていなくともいいかと思っていたが、ちゃんと乾いている。

いい匂いがした。



「おー・・・・なんか気持ちいいな」



洗剤のCMのようだと満足する。

だだっぴろい場所で干された、風にはためく真っ白い洗濯物。

しがないアパート暮らしにはまず無理な夢物語だ。


それでも男には懐かしかった。

山奥の民宿バイトでは婆さんを手伝い、いつも大量の洗濯物を干していた。

たかが洗濯と侮るなかれ。

冬の極寒は着込めば我慢できたが、夏日の暑さは本当にきつかった。

高校生には意外だった重労働だ。



『急がんでええ、ゆっくりでええから』



そう言ってくれる婆さんと、洗濯物を干していく時間が好きだった。

血縁、地縁こそないものの、男の田舎の記憶にはいつも民宿の爺さん婆さんがいる。



急がなくていいなんて、最近、誰も言ってくれねーよな。



日本で急げと言われる事はよくあった。

忙しい職場では当たり前の指示内容。

お客様だって待っている。

急ぐのは当然だ。

ゆっくりでいいなんて言ってくれたのは、振り返っても爺さん婆さんだけだったかもしれない。



「ま、今は急げとも言われねーしな」



なんてったって、誰もいねーからな。



つらつらと益もない事を考えつつ、苦笑する。

取りこんだ布は、土間の外側、細長い窓の近くまで持っていき、地面にひろげた。

裏口から土間に戻り、調理道具を外に運びだし、布の上に運んでいく。



「けど、俺自身は急ぎたいんだよなー・・・・・」



早く料理するところまでこぎつけたかった。

ウサギの赤身肉は氷をマメに変えて面倒をみているとは言っても、もう食べ頃を迎えている。

畑の野菜の確認もまだ済んでいない。

早く早く。

他人ではなく己の欲望に急かされる男は、かなり体に無理を強いていた。


しかしながら、一つ一つがバカでかい道具達。

当然、重い。

作業台から台の上ではなく、台から地面の上へ運ぶのだ。

この微妙な高低差が、三十路の男の体を地味に痛めつけるだろう。



ギックリ逝ってなるものか。

意地でも無傷でさっさとやるぞ。



それでも息があがっていく。

強い気持ちで始めた男の心境も、心拍数の上昇と共に萎えていった。

しかし男は手をとめようとはしなかった。

休憩もとろうとしない。

体の痛みがこれ以上増えないよう、祈るようにすがるように道具を運び続けた。



動け筋肉。

働いて下さい関節。

逝かないで腰。

頼む・・・・!



こんなに真剣に頼んだのはいつぶりだろうか。

ただ頼む相手はヒトではなく、筋肉であり、関節であった。

頼む気持ちは、徐々に願いに変わる。

生まれて初めての神頼み。

筋肉痛やぎっくり腰から護ってくれる神様はいないものか。



筋肉神社に行きたい・・・・・

ちゃんと毎日通う・・・・・

お賽銭だってお札を入れる・・・・・

お祓いしてもらう・・・・



末期か?

本気か?

男を急かす者も、ツッコんでくれる者もここにはいない。


職場は寺や神社が身近な土地柄だったが、男がお参りに行くのは新年や節分ぐらいだった。

神様、皆様方に礼儀としてご挨拶に行く。

それぐらいの気持ちで、特にコレと言って強く願った記憶はない。

しかし今、男は生まれて初めて真剣に神様のご利益を欲していた。


いや、そこ?

ソレ?

そんな神社あるか?

もっと他にお願いする事があるだろ?


誰もツッコんでくれないが、男は心の底から願っている。

果たして願いは叶うのか。

どちらにしても、男は今日も幸せに生きているようだ。



「終わっ・・・・・たっ・・・・」



よくやったオレ。



自分で自分をねぎらいつつ、男はたまらず地面に寝転る。

神様が護ってくれたのかはわからないが、無事に運び終えることができた。


荒い息がおさまるまで、青空を見つめる。

今日も雲ひとつなかった。

ありがたい。

麦を干しているから、雨だけは勘弁願いたかった。



早くベッドで寝たい・・・・・。



まだ見ぬ夢の寝床を思いつつ、寝ころんだまま、男はゆっくりと体を伸ばし始める。

これからの作業もまた、キケンがいっぱいだった。

若返りの薬が欲しい。

お肌は荒れていてもいい、シミ皺なんて気にしない。

ただ、しなやかな筋肉が欲しい。

せつない思いと共に軽めのストレッチを終え、立ち上がった。


布の上に並べた調理道具を見ながら、腕を組む。

おそらくほとんどが未使用の品。

ただしホコリはかなりたまっている。

大きいモノも含めて一気に洗いあげようと外に運んでみたのだが、水だけで洗ってお終いと言うわけにはいかないだろう。



「どーやって、洗うかだよな・・・・」



男の仕事道具に台所用洗剤までは入れていなかった。

あるのは、小さくなりつつある風呂用の無添加せっけん。

ただしせっけんはアルカリ性、台所用の中性ではない。。

これで食器や鍋を洗うのはさすがに抵抗があった。

たらいの置かれた流しに使うカウンターに、それらしきものは置いていなかったように思う。



さて、どうするか。

魔女はどうしていたのだろうか。



「何か、使えるモン探さねーとな・・・・」



男は小さく呟いて、家の中に入っていった。

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