お宝発見!!
さんざん水をかけたにも拘らず、全く濡れていなかったタオル。
壁にぴたりと密着させたタオル。
「・・・・・・・」
男は言葉もなく、ただただ見つめた。
固まったかのように動かない。
「・・・・・・」
やがて男は息をゆっくりと、長く吐き出した。
大きなため息だ。
タオルを壁に押さえつけていた手を離し、膝を離す。
窮屈な体勢のままだったので、若干の凝りを感じた。
しゃがんでいた体勢から、そのまま地面に座り込んだ。
そこで壁に密着していなかった部分のタオルは、びっしょりと濡れているのに気づく。
全く濡れていないのは、壁にぴたりと沿わせた部分のタオルだけ。
ぴったりと押さえつけた部分だけを見ていたから、他の部分が濡れているのには気付かなかったようだ。
唸るように声が出る。
「魔女・・・・ラーシャさん、すげーな」
これも魔法なのだろうか。
大工の知識を少しなりとも持っている男には、その凄さがわかる。
ドン引きするレベルだった。
日本でこんな技術の特許でも取れば、億万長者だ。
軍事に利用したい国も多いだろう。
単なる億万長者で終わればいいが、どこかの軍に目をつけられて危ない目にあうかもしれない。
それぐらい異常な技術。
改めてとんでもない所に来たもんだと実感した。
文明が魔女の魔法に負けている。
科学よりも化学よりもすごい魔法。
はたしてこの世界の魔法がすごいのか。
それともラーシャさんが特別すごい魔女なのか。
正解はわからないと早々に考えるのは放棄した。。
深くは考えない。
いつものパターンだ。
男は立ち上がって、おもむろにエアーなシャワーで水を出した。
自由自在に水をかけられる、散水ホースバージョンだ。
家の周りを歩きつつ、四方の壁全体に水を盛大にかけていく。
ぐるっと一周してきたところで水をとめた。
壁を見ながら、ぐるっともう一周歩く。
やっぱり壁はどこも全く濡れていなかった。
地面にはしっかり残っていた水の形跡すらない。
「いやぁ・・・・ホントにすげーな」
今度はすっきりした声が出た。
ちょっと歩いたことがよかったのか。
気持ちが切り替わったようだ。
現実に戻ってきた感がある。
そうなれば。
「おそーじしないと」
忙しい忙しい。
わざとらしく呟きつつ、家の中に戻った。
さっき手放した雑巾はどこへ置いたのだったか。
探すまでもなく、土間の中央部分を占める作業台の上で見つける。
ついでだ。
次はここをやるか。
そのまま作業台の天板を拭き上げ始めた。
ぱっと見はアイランドキッチンに見える。
だが、シンクもなくコンロもない、単なる作業台だ。
2メートル50センチはないだろうが、1辺が2メートル以上はあるような正方形に近い形。
これは有難い。
まな板次第ではあるが、獣や魚をさばくにも使えそうな十分な大きさ。
ピザ生地だって、蕎麦打ちだっていけそうだ。
何を仕込むのにも十分なスペース。
広々として非常に使いやすそうだった。
ちょっとした飲食店であっても、これだけ立派な作業用スペースはなかなか確保できない。
プロ仕様に耐える大きさ。
男は大満足していた。
上機嫌で雑巾を動かす。
ホコリ対策として、雑巾を洗いつつ、天板を3回拭き上げた。
「きれいになったな」
作業台は扉のない棚をいくつか組み合わせて、天板を支えるつくりになっているようだ。
どこかに金属も使われているのだろう。
結構な重量感がある。
ちょっと体重をかけたり、力を入れたぐらいでは、びくともしない。
良いぞ良いぞー。
パンを作れるかどうかはわからないが、結構な力で台に生地を叩きつけるレシピもあるのだ。
華奢な作業台など、危なっかしくて作業できない。
これは合格。
十分だろう。
鼻歌を歌ってしまいそうだった。
いや、こういうときはだ。
オーソレミーオを歌うべきか。
イメージは両手を拡げて歌い上げるイタリア男性。
そんなふうに朗らかに歌い上げたい気分だった。
だが残念。
男は歌を知らなかった。
しゃがみ込んで天板の下の棚をチェックする。
あまり数はないが、大きな水瓶のようなものやサイズ違いのたらい、板などが収納してあった。
ラーシャさんが揃えた調理器具だろうか。
これらをどけないと、棚の拭き上げはできない。
いったん全部出すしかないだろう。
しゃがみながらも、作業台の周りをじりじり動いて、器用に見て回る男の目が歓喜に輝いた。
思わずガッツポーズする。
これは待望の。
夢にまでみたあの形。
「ぃよっしゃーっ!!お宝発見!!」
鍋だった。
男にとっては、何よりの宝モノ。
うっとりと鍋を見つめる。
全ての脂を、旨味を逃がさないであろう、抜け目のなさ。
多くの食材を全て受け止める懐の深さ。
食材同士を仲良く交流させるリーダーシップ。
何て包容力のある形。
最高すぎるだろう!!
惚れるわ!!
料理バカの妄想、ここに極めり。
テンションMAX。
ゲージがあるなら振り切れているだろう。
わかりやすく有頂天になっていた。
「よっしゃ、全部出そっ」
男は棚の中のモノを全て天板の上に出すべく、ほおずりする勢いでまずは鍋をつかんだ。