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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家でお勉強編
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壁が気になって仕方がない



土間の玄関向かって左側側面が、男によってきれいに拭き上げられていく。

厨房を清潔に保つのは、一流を目指す料理人の大事なお仕事。

料理人のベテランは、お掃除のベテランでもあった。

お掃除、特に拭き上げには慣れている。

よそ見をせずにちゃんと集中できれば、手際よく掃除は進む。



まずはカウンターの上と下。

横に細長い木造の窓。

壁の手が届かない所は、ちゃんと椅子を持ってきて足場を確保。

きっちり天井に届くまでの、横壁が拭き上げられていく。



それにしても年季の入った大量のホコリたち。

雑巾を洗うたらいの水は真っ黒になり、何度も窓から外へ捨てる。

窓からたらいを滑らせる排水システムは、本当に有難かった。


ただ何度も水を捨てるうち、窓の外が不安になってくる。

木造の家なのだ。

これから毎日、窓から水を捨てても大丈夫なのだろうか。

ちょうど土間の左側は拭き上げが終った。

集中も途切れた。

今度は窓の外が気になって、気になって仕方がない。



「・・・・窓の裏側を拭く必要があるしな」



ぼぞぼそと言い訳をしつつ、土間の裏口から外に回った。



「・・・・・・へー」



横に長い窓の下には、溝のような水路が作られているのがわかった。

とりあえずは一安心。

この水路がどこに流れていくのかは要確認だが、後回しにする。

それよりもまず気になるのは外壁だった。


水がはねて、濡れたであろう木造の壁。

文明技術を詰め込んだ日本の家だって、結露で窓の下の壁がやられることがある。

それでなくとも、湖のそばに立つ家だ。

良い木材なら湿気対策が出来ると言えども、湿気が家に与える影響は無視できない。

場合によってはカビ対策も必要だろう。

魔女はどんな対策しているのだろうか。



「・・・・・?」



丸い材木を使ったログハウス独特のごつごつした外壁は、全く濡れていないように見えた。

顔を近づけ、端から端まで、くぼみも含めて、しっかりと確認する。

ペタペタ触ってみる。



「何か・・・・・塗られているっぽいな?」



何らかの塗料が塗られているようだ。

これで水から壁を守っているのだろうか。

ならば相当優秀な塗料だ。

ただ全く水の形跡がないのも気になった。

水を完璧にはじく防水塗料なんてものがあるのだろうか。

はじいた水の一滴でも、流れた落ちた形跡でもあればいいのに。



「・・・・・・」



ここの文明がもたらした塗料なのか。

自然の恩恵、油なのかロウなのか。

さっぱりわからない。

だが気になった。

手触りがどこか妙なのだ。


男には塗料がこれだと断定できる経験も、知識もない。

ただ触った感じが、むき出しの丸太の質感とも明らかに違っていた。

だから何か塗られているのだろうという程度なら、経験でわかる。

素人高校生ができる大工の手伝いは、主にパシリと荷運び。

中でも、材料運びの重労働はかなりの部分を占めていた。

伊達に重い木材ばかりを運んでいない。

ちなみに、男はこの時にストレッチの大切さを体で知った。

ついでにぎっぐり腰の辛さも。


若かりし高校当時を思い出しつつ、時間をかけて両手で何度も触って確認するも、やはり外壁は全く濡れていなかった。



「・・・・・・・・・」



好奇心が湧き上がる。

エアーな動作で水を出してみた。

イメージは山奥の民宿で使った、大量の植木鉢に一気に水やりができる散水ホース。

狙ったところに水を届けるシャワータイプ。

初の試みだが、無事に成功。

今や男は、どんな水の出し方だって自由自在になっていた。

調子に乗ってもおかしくない芸達者ぶりだが、そこには気がいかない。

それよりも壁。

謎な塗料。

もっとよく知りたかった。


料理人を目指さなければ、絶対に父親と同じく大工になっている。

断言できるほど、そういう分野が好きだった。


掃除の続きはすっかり後回しになっている。

窓の裏側を拭く為に外に出たんじゃなかったのか。

早く掃除しろ。

そんな指摘をする者もいない。

誰に注意されることもない男は、目の前の壁に夢中だった。


エアーな散水ホースを動かして、壁に水をあてる。

水量は最大。

段々とエアーなシャワーノズルを壁に近づけていく。

1メートル、50センチ、30センチぐらい、10センチ、5センチ、3センチ。

壁に水が当たる所をしっかり見ようと、しゃがみこんで、顔を壁にギリギリまで近づける。

跳ね返った水滴なのか、男の顔にも結構な水がかかっていた。



「・・・・・・」



顔を濡らしつつ目をこらすも、あまりよく見えない。

水を止めた。



「・・・・・お?」



壁は全く濡れていなかった。

水をあてた形跡すらない。

思わず触ろうとして自分の手が濡れていることに気付き、慌ててズボンに手をこすりつけた。

改めて、そぉっと壁を触る。

先ほどと同じく、妙な感触を感じた。

ビリっとくるほどの静電気の感触ではないが、そんな何かがくる直前のような緊張をうっすら感じる。

子供の頃、ブラウン管のテレビ画面をべったり触った時に感じた、風圧のようなぞわっと不思議な感触を思い出した。



「・・・・・・・・・」



壁から手を離し、無意識に腕を組んでいた男は、不意に歩き出した。

土間に続く裏口から家の中に入る。

雑巾を手放し、スポーツタオルを手にして、窓の下、外壁の前に戻った。

しゃがんで、タオルの上端を壁に押し付けるように手で支える。

だらりと垂れたタオルのすぐ下側は、膝をつかって壁のくぼみに押し付けた。

丸い木材に沿って、タオルが壁にぴったり密着しているのを確認し、無造作に水を出した。

先ほどと同じく、最大水量。

壁に密着したタオルに向け、数センチ離れた所から、水圧の強いシャワーをしばらくかけ続ける。

男の手は濡れ、タオルを抑えている足はもうびしょ濡れだ。

数分後、水を止めてタオルを見た。



「・・・・・・・すげーな」



それきり言葉が出てこない。

ただ見つめる。



「・・・・・・」



タオルは全く濡れていなかった。


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