お台所拝見 ~左側~
お天道様の下、朝っぱらからマッパで湖を泳いだ男。
大自然の醍醐味。
これぞ。
「男のロマンだよな」
男のロマン?
ホントか?
変態のロマンじゃないのか?
指摘する者もいなかった誰得な光景。
だがそもそも、得する者も損する者もここにはいない。
男は自由だった。
言い換えれば変態が野放し。
キケン、近づくな。
〇〇出没。
立看板が必要ではなかろうか。
自らの危うさに気付かぬ男は、ご機嫌だった。
鼻歌を歌いつつ、ぶらぶらと歩く。
鳥たちに挨拶をするのだ。
広い畑の一角、信号木までは意外と距離があった。
「ヨー」「キョー」「ヨー」
近づくほどに聞こえてくる、兄弟達の声。
もう起きているようだ。
やっぱりヨーキョウダイ、ヨーキョウダイヨーと聞こえる気がする。
「よー、きょーだい」
男の挨拶に刺激を受けたのか、鳥たちの鳴き声はいっそう賑やかになった。
ヤンキーモードな金髪は、今日も元気にトサカってる。
ガッチガチのリーゼント。
今日も兄弟達は元気にツッパッているようだ。
男は嬉し気に頷いた。
鳥たちに交じって、信号実で朝ごはん。
朝食は大事なエネルギー源。
エネルギーと言えば、バナナだろう。
好みの青は少なめに、黄色を多く食べた。
3色の中では、一番食べ応えがある。
相変わらず、イイ仕事をしているな。
タピオカミントのぷちぷち。
控えめだが、存在感抜群だ。
ミント味だが、チョコミントのような歯磨き粉感もないのがよかった。
このおかげで、男には甘ったるくも感じるバナナの味もさっぱり食べられる。
上等な果実で贅沢、かつ、さくっと腹を満たした後。
「さてやるか」
初日に使った、たらいに雑巾を何枚も浸して準備万端。
早速、掃除に取り掛かった。
心身もスッキリ、気合だって入っている。
ようやく取り掛かれることが、嬉しかった。
今日の予定は、玄関から見て左手奥、一段下がった土間。
10畳近くはありそうな、台所と思わしき場所だ。
まずは、左手横、家の骨格を為す壁沿い。
長さは土間の左側の奥まで、びっちりとカウンターが設えてある。
高さも、幅も1メートルないぐらいだろうか。
大柄な男には気持ち低く感じるが、まあまあ使いやすそうだ。
ここについている窓が他とは違った。
横に細く長い。
両外開きでもない。
カウンターの真ん中あたりで、窓は結構な長さを占めていた。
「横・・・・2メートル超え、2メートル50ない・・・くらいか」
男の父親ならば、パッと見ただけでもっと詳しい数字を出すだろう。
いつもほぼ正確な数字を言い当てていた。
ベテラン大工の感覚は侮れない。
「縦は・・・・60・・・いや、70センチは超えるか?」
高校当時、週一で現場の手伝いをしていたと言えども、男にわかるのはその程度だった。
ちょっと悔しい。
日曜大工よりは上だというプライドがあった。
つまりどっちも素人、謎のプライドをかけて、じっくりと窓を観察する。
凝った造りだった。
窓の下側がカウンターの高さにちょうど合うように造られている。
外開きの突き出し窓のようだ。
窓枠の上端に固定された軸をもとに、窓全体が振り子のように、外側に突き出すように開けられるはず。
両手で押してみた。
「へぇー・・・・なるほど」
木造だからか、結構力がいる。
やはり窓の上端は回転軸の役目を果たしてくれ、窓全体がぐぃっと外側に持ち上がった。
向こう側に90度以上開く。
一旦開けると、上手い事支えてくれるストッパーもちゃんとあった。
そうして開いたまま固定すると、なかなかいい風が通る。
ちなみに窓の前には、たらいが置いてあった。
1つ1つがやけに大きい。
直径がカウンターの幅いっぱいを占めるほどで、ずらっと4つ。
「大きさは・・・・・」
料理の道具なら任せろ。
大工は素人だが、料理ならこっちのもの。
目で見ただけでも、ちゃんと数字を出してやる。
男は、なぜか張り切ってサイズを当てようとしていた。
何の勝負をしてるのか。
ノリノリだ。
いや、早く掃除しろよ。
誰も注意をしてくれないので、先ほどからカウンターを拭くはずの雑巾はきれいなままだった。
「寿司桶・・・2升用よりは全然大きいな」
二升の寿司桶は山奥のリゾートバイトで使っていたものだ。
婆さん特製、山菜ちらし寿司は旨かった。
2升用なら直径45センチ。
目の前のたらいは、それよりかなり大きい。
「となると・・・・蕎麦のこね鉢・・・・2尺・・・いや、一回り大きいか」
蕎麦のこね鉢も山奥の民宿で使っていた。
爺さんが指導する蕎麦打ち体験は、特に壮年の男性客に好評だった。
なぜに蕎麦となると、普段料理をしない男性が打ちたがるのだろうか。
体験客用が尺5寸の45センチ、爺さん専用が2尺の60センチ。
2尺よりも一回り、5センチほど大きいとして直径65センチ前後だろう。
正確な数字が出せたと、一人うなづく男は満足気だ。
いや、だから掃除しろ。
誰も注意はしてくれない。
今までの所、男がしているのは掃除ではなくお台所拝見だった。
非常に楽しそうだ。
桶の高さは40センチ強、50センチはないだろう。
エアーな動作で水を出し、それぞれのたらいに水を溜めてみた。
水がいっぱいに入ったたらいを、窓から外へ半分ほどスライドさせる。
そのまま外側へ傾けると、家の外へ水が流れ出した。
同じようにして、たらいの水を4つ全て捨ててみる
「ほー・・・・」
この土間には流しがない。
電気、ガス、水道のない環境だから、炊事で水を使う時には湖に行く仕様だと思っていた。、
普通の日本人ならそうするしかないだろう。
だが魔女も男も魔法で水が出せる。
そしてこの窓のおかげで、外に水を捨てに行く手間もいらない。
窓とたらいがセットでシンク代わり。
よく考えられている。
「こりゃ、便利だな」
文明はなくとも、快適なお台所ライフがおくれそうだ。
改めて魔女に感謝した。
さて、掃除でもするか。
好奇心を満たした男は、上機嫌でカウンターを拭き上げ始めた。