早朝、湖がオレを呼んでいる
魔女の家3日目。
「うぅ・・・・・・」
1つ呻き声をあげ、男は目を覚ました。
この世界の目覚めは、いつも体のドコかが痛むような気がする。
睡眠時間はばっちりなのに、もったいない。
今は特に首回りが痛かった。
この世界で枕替わりにしていたスポーツバッグは家の中。
枕なしで寝たのが敗因か。
寝藁ができれば、絶対に枕も作ろうと心に決めた。
「・・・・・今日は忙しくなるな」
小さくつぶやく。
辺りは薄暗かった。
見上げた空には月が2つ。
夜明け前のようだ。
少なくとも、月が残り1つにならなければ太陽は昇らない。
随分と早く目が覚めてしまった。
鳥の声はまだ聞こえない。
寝ているのだろう。
しかし二度寝をするなどありえなかった。
楽しみで楽しみで、じっとしてなどいられない。
ワクワクがとまらないとはこの事か。
鳥たちを起こさぬよう、ゆっくりと半身を起こした。
キョーダイ達の声で起こしてもらうつもりが、男が鳥たちを起こしてしまいそうだ。
そろそろと立ち上がり、抜き足、差し足。
そっと歩き出し、家の前の広場まで移動した。
恒例のストレッチタイムだ。
首回りは入念に。
全身だって入念に。
このひとひねりが自分を救う。
昨日、麦の収獲をした分の筋肉痛は明日にくるのか。
明後日か。
せまりくる唯一の恐怖を和らげようと頑張った。
男にとっては、決して大袈裟な話ではない。
たかが筋肉痛。
されど筋肉痛。
残念ながら今や友達。
縁が切れない以上、なんとか顔色を伺い仲良くつきあうしかなかった。
ストレッチをしていると、ずいぶん明るくなってきた。
月は残り1つとなっている。
もう太陽は昇ったのだろうか。
地平線が見えない森の中、ご来光が拝めないのは残念だった。
いい天気になりそうだ。
今日は台所の大掃除。
そしてついに料理。
トンデモ野菜と取っ組み合う。
待ってろ、トマトの顔したイタイやつ。
気合は十分。
清潔大事と、お天道様の下でスウェットを脱ぎ捨てた。
「おーやっぱ気持ちいいな」
裸族は寝ている間についた土をシャワーで落とす。
やはり明るい中では解放感が違う。
くせになりそうだ。
変態一直線の道。
真っ直ぐに歩んでいるかもしれない。
いいのか。
人目を忘れ、孤独に慣れた男はそんな危機感を持たなかった。
辺りは明るさが増し、湖がキラキラと光る。
一刻一刻ごとに、湖面は輝きを増した。
「・・・・・湖がオレを呼んでいる」
カッコよく飛び込みたい所だが、岸の辺りはひざ程度。
深さが足りず、流血沙汰になってしまう。
走って入水した。
「危ないからな」
何が危ないって、カッコいい飛び込みなどできやしない事。
そんな現実には目をつぶる。
十分な深さがあって飛び込んだ所で、真っ赤に腹打ちするのが現実だ。
顔面強打、鼻からぶーの流血沙汰にだってなりかねない。
湖の深さは、男にとって都合が良かった。
深さがないから、飛び込んだら危ないのだ。
そうだそうだ。
雰囲気大事。
できない現実をあらわにしない、大自然のやさしさよ。
存分に甘えていた。
一番深い場所で底まで潜り、水の中から湖面を見つめながら、ゆっくり浮かぶ。
ゆらゆら動き、キラキラ光る。
お気に入りの景色。
ただ息苦しいだけが難点だった。
水は少し冷たい。
「・・・・んはっ、はっ・・・気持ちいーっ」
早朝独特の静けさの中、水音だけが聞こえてくる。
いい朝だ。
十分に満喫してから湖から上がる。
スポーツタオルがないのに気づき、濡れたまま家の中に入った。
ついでに洗濯物、石鹸をとって外に出る。
もう一度石鹸で全身を洗い、たまった洗濯物も洗い、麦の様子をみながら、麦干場のついでに作っておいた物干し場で干し物を終える。
この間、堂々、マッパ。
スポーツタオルは首にかけている。
せめて首ではなく、腰に巻く恥じらいを持つべきだ。
孤独に慣れると人間、ダメになるとはこの事か。
それでも一応、文明人。
家に戻った男は全身白のもらった服を身につけた。
さすがに丸1日を裸族で過ごすつもりはない。
靴下もはき、靴も履いた。
木々の上には、太陽が顔をのぞかせている。
鳥たちはもう起きているだろうか。
おはようと挨拶したら、ちゃんと応えてくれるのだろうか。
声が聞きたい。
ヨーキョウダイ、ヨーキョウダイヨー。
朝の挨拶ができるってすばらしい。
人じゃなくとも、誰かがいるってすばらしい。
兄弟達に会うべく、男は信号木に向かって歩き出した。