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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家でお勉強編
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信号木の下、おやすみなさい


時々赤や黄色の信号実を齧りつつ、蒼い実で腹いっぱいになった男。



段々と暗くなって来た空を見上げた。

月は2つ。

半月が今日も仲良く浮かんでいる



「9時を過ぎたか・・・・・」



今は、時間に追われる生活ではない。

早朝出勤、深夜帰宅を強いられる日本の冬には、窓越しにお天道様を拝むしかなかった。

暗い中で家を出て、暗い中で店を出る。

それが冬の繁忙期の毎日だった。

もちろん、遅い昼休みに外出することはできる。

店の敷地内の庭でも散歩をすれば、気分転換にもなっただろう。

しかし当時は少しでも昼寝をしたかった。

太陽の下に出られるのは、ごみ捨ての時ぐらいだったかもしれない。


時計の必要のない今。

それでも時間は気になった。

もちろん腕時計が壊れてしまったので、正確な時間はわからない。

かわりに月の数が、だいたいの時間を教えてくれた。

有難い話だ。


せっかくの自由。

規則正しい生活をしてみたかった。

早寝早起き。

憧れの生活。

日付が変わる前に寝る生活。

すばらしい。


3つ目の月が昇るのが22時。

次の4つ目の月が昇るまでに、外は真っ暗になるのがわかっている。

魔女の手紙で「5番月が」と書いていたことを思い出した。

こっちの人たちは、何番月と言うのか。

発見だった。

魔女の手紙にしてもレポートにしても、ちょいちょい重要情報が紛れ込んでいた。

現地の人の当たり前に触れる。

これがカルチャーショックというのだろうか。


男が把握しているのは、5番月が昇る時に日付が変わるという事実。

ただし日本では、季節によって月の昇る時間は変わっていく。

こっちでも変わるのだろうか。

腕時計が壊れたのが惜しかった。



イタリアンはそうでもないし、外国籍の料理の文化はわからないが日本料理に月の理解は欠かせない。

少なくとも男はそう思っていた。

例えば、おばんざいをつくるには必要がない知識かもしれない。

しかし見た目にこだわる高級和食ならば、高い造形技術と豊かな発想が必要だ。

そこで暦や月の満ち欠けの知識は、料理人の武器となる。

これらから着想を得たメニューを生み出せるのだ。


おそらく和菓子職人の方が、暦や月の知識には詳しいだろうと思う。

男の住む街には月や星、季節の花をかたどる羊羹や練り切りを扱う有名店は多かった。

風流を形にする。

それが日本の伝統料理だと思っている男は、山奥のリゾートバイト時代から熱心に月を眺めたものだ。

料理バカは和菓子職人に負けないほどに、知識に貪欲だった。



「3番月が昇る前には寝てしまいたいな・・・・」



2つの月を見ながら呟く。

予定変更。

男は安心安全のため、徹夜をするつもりだったが早々と寝る事に決めていた。

湖の周りには危ないモノは寄ってこれない。

魔女レポートで得た発見だった。

旨いモノを食い、日付の変わる2時間も前に寝る。

なんてすばらしい。

ここに来てよかった。

満足の吐息がもれる。



「片付けるか」



家の前に出した机と椅子を片付けるべく、歩き出した。

夜通し起きているつもりで出したが、もう必要はない。

雨が降って濡れると困る。

筋肉痛で痛む体に鞭打って、家の中に運び入れた。


家の前の広場で軽くシャワーを浴びる。

もちろんお外でマッパ。

ただ、期待に反して裸族の解放感はあんまり味わえなかった。

暗いからだろうか。

明日からはお天道様の下、昼間にシャワーを浴びる事にしようと決める。

起きるのが楽しみだった。


太陽が昇っている間しかできない事がたくさんある。

昼寝をするのも、時間がもったいなかった。

明日は朝から台所の掃除をしようと決めている。

リベンジをするのだ。

トンデモ野菜で痛い目をみたままにはしておけない。

あのトマトモドキを華麗に調理してみせる。

暑苦しい情熱。

野望に燃えていた。

すっかり膠着も解け、食べ頃になったウサギの赤身肉に手を付けていないのも明日の為だった。



スウェットに着替え、信号木の下に戻る。

家の中で寝る事はできないが、番人に見守ってもらえれば、安全に寝れると判断していた。

夜空に浮かぶ月はまだ2つ。

辺りもかろうじて真っ暗にはなっていない。

鳥たちはすっかり静かになっていた。

明日は鳥の声で目を覚ますのだろうか。

ヨーキョーダイと起こしてもらえるのか。

楽しみだった。



「おやすみなさい」



応えぬ鳥たちに挨拶する。

魔女の家、二日目の夜。

信号木の下、満ち足りた気分で男は早々と眠りについた。




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