最後の実食、信号実 ~キイロ~
「ヨー、キョーダイ」「ヨー、キョーダイ、ヨー」
小さな逆三角形のグラサン姿、金髪ツッパリ、ヤンキーちっくな鳥たちの鳴き声。
男の耳には、イイ感じでアレンジされて聞こえてくる。
ヒップがホップしそうな炭酸味にはふさわしい。
仮面ぶどう会にはぴったりだ。
この青い実であれば、1つのメニューとして立派に成立すると思っていた。
メニュー名は勝手に名付けて、仮面ぶどう会。
なかなか良い名前だと、自画自賛。
今日も楽しそうだ。
2口目からは注意深く、種をちゃんと吐きだした。
若干面倒だったが、まあこれだけの味なら良しとしようと、上から目線で納得する。
実が小さいのがつくづく惜しかった。
本家本元の信号実、小玉スイカぐらいの大きさを思い浮かべる。
あれなら思う存分、極上のジュースを味わえただろう。
次にチャンスがあれば、絶対に食べようと心に決めた。
この味ならいくらでも食べれそうだ。
胃に入りきらないはずの信号実を食べ続けていた、リスもどきの気持ちがわかるような気がした。
できるだけゆっくり味わったものの、すぐに青い実は食べ終わる。
最後は左手に持った黄色の信号実。
じっくり眺めた。
黄色は食べるのが躊躇われるほどの蛍光色。
梨の皮のような触り心地。
つるりとした青や赤と違って、ちょっとざらっとしている。
梨の皮のような触り心地。
ぷにぷにとした弾力があった。
「リンゴにみかん、ぶどうとくればあれだよな・・・」
味を予想する。
トンデモ果実とは言え、法則が見えるような気がした。
しかも黄色。
アレしかないだろう。
今さら例外は認めない。
そう。
黄色い庶民派。
「バナナだよな」
庶民な素材の高級品とはどんな味だろうか。
興味津々だった。
料理人にとってバナナの扱いは難しい。
味が安定しないのだ。
なぜか作った時とは味が変わるという、料理人泣かせの素材。
勝手に決めつけた期待感が膨れ上がる。
齧ろうと少し顔に近づけると、強い香りに気付く。
持っている時は全く気付かなかった。
試しに少し顔から離してみると、全く匂いがなくなる。
「・・・んーー?」
手に持って遠ざけたり、離したり。
何回かやってみる。
一定の距離に近づけば、急に香ってくることがわかった。
それまでは無臭。
急に匂い始めるのは50センチほどに近づけたぐらいだろうか。
収獲した時はこんな匂いに気付かなかった。
「・・・・・・?」
信号木にぴったり近づいて、実っているキイロに鼻を近づけてみる。
くっつけるほどに顔を寄せてみるが。
「・・・・・匂いがしねー」
信号木から離れ、もう一度手に持った黄色の匂いを嗅いだ。
とても良い香りだ。
これは間違うことなく。
「バニラだな」
妹の定番の香りだった。
かつて漂う強いバニラの香りにどんな菓子をつくったのかと期待をこめて聞いてみると、何も作っていないと言われ、がっかりした事を思い出す。
じゃあこの匂いはなんなんだ。
納得できずに聞いてみると、香水だと教えてくれた。
パティシェはお休みの日だって、甘くありたいのよと。
そんな香水があるのかと驚いたものだ。
香水って、そんなものなのか。
ハイヒールを履いて綺麗にメイクした、大人な女性がつけるのが香水と思っていたのに。
シャネルの何番とか、よく知らないがおしゃれなブランドのイメージ。
しかし、休日すっぴんの妹は灰色スウェットを着て、バニラの香りを漂わせていた。
さらにがっかり。
香水をつける女性への憧れがなくなった瞬間だった。
この兄にしてこの妹あり。
道は違えど兄同様、妹も立派なお菓子バカだった。
そして兄同様、お菓子バカが原因でフラれ続けていた歴史を知っている。
良く結婚できたものだ。
うらやましい。
バカを見守る器の大きい義兄は、男にとっても良き理解者であった。
妹夫婦を思い出しつつ、小さく1口齧る。
「・・・・バナナ・・・・か?」
酸味はない。
ねっとりしたバナナの味もする。
甘ったるい。
好みではないが、旨いと言えば旨い。
しかしそれだけではなかった。
かなり甘いざらりとした舌触りが消えた後、小さいつぶつぶを感じた。
噛んでみると弾力がある。
スーッと鼻に抜ける爽やかさ。
これは。
「・・・・・ミントか?」
断面を見た。
「ドラゴンフルーツ・・・・・アケビ・・・・?」
山奥でよく食べたアケビ。
民宿の爺さんがとって渡してくれた初めての時は、食べるのを躊躇ったものだ。
芋のような紫は問題ない。
真ん中、縦長にぱっくり割れたパンのくぼみに、太いクリームを挟んだような見た目。
薄いグレーの中にてんてんてんと密に散らばる黒い種。
おそるおそる舐めてみると、とても甘かった。
手の中の黄色い信号実は、そのアケビの果肉の見た目に近い。
若干グレーがかった白っぽい果肉に、黒いつぶつぶ。
ただしこのつぶつぶは、アケビの種よりもはるかに大きかった。
イクラ。
それより少し小さいか。
黒くて丸い。
これが種なのだろうか。
イクラの部分だけを意識して口にふくむ。
少しまざったバナナ味が溶けて消えた後、やはり弾力のあるつぶが残った。
じっくり舐めても特筆すべき味はない。
歯をたてる。
「ミント味・・・・のタピオカ?」
男の勤める市内は、修学旅行生を多く受け入れる観光地。
さらには大学を多く抱える学生の街でもある。
この土地が誇るのは、世界遺産の日本料理や和菓子だけではない。
ラーメン文化が発達していたり、パンの消費量が日本一をとったこともあった。
男は大阪に負けないぐらいの食べ物文化が発達していると思っている。
当然、タピオカ屋さんは多い。
もちろん男も食べた事があった。
おっさんだって、1人だって堂々と列に並んで注文できる。
注目をあつめつつ、皆がさりげなく目をそらされるが、男に恥じらいはなかった。
食材を知るのは料理人の修業なのだ。
しかも日本海まで魚を買いに行くことを考えると、お財布にやさしい。
遅番の出勤前にタピオカ屋さんに寄るのが、ひそかな楽しみでもあった。
「新しいな」
今度は大きい一口をもぐもぐ。
甘ったるいだけなら、高級バナナ味であってもイマイチかもしれない。
だが、このタピオカミントがイイ仕事をしていた。
チョコミントならぬ、バナナミント。
数を食べたいモノではないが、なかなかうまい。
口直しにはぴったりだろう。
「完食・・・・・心置きなくお代わりだな」
好きなものを腹いっぱい食べよう。
お気に入りの青い信号実をお代わりすべく、男は信号木に手を伸ばした。