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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家でお勉強編
106/169

続いて実食、信号実 ~アオ~



赤い信号実はおそろしく旨かった。

言葉ではうまく言い表せないこの旨さ。

全然、食い足りない。

お代わりしたい。

でもまずは次だと、男はぐっと我慢した。



うすれていく警戒感。

高まる期待感。



はたして次の青い実は。



齧ると、皮がプチンとはじける感触がした。



「・・・・・・・っ」



危ない。

ぷゅっと中身が飛び出しそうになった。

慌ててジュルっと吸いあげる。

ほんの少しだけ、パチパチ、チリチリとはじける感覚。

若干の刺激をもたらす水分が、一気に流れ込んでくる。


それとは別に、小さないくつもの塊を感じた。

しかし赤い実と違って、勝手に溶ける事はない。

その1つに歯を立てるとやわらかく、さらに甘い水分があふれた。

この甘さの中には、はじける感覚はない。



「・・・・・・」



無言で味わう。

目を閉じずともわかる。

この味は知っている。


産地直送。

とりたて、もぎたて。

めったに食べれぬ、高いやつだ。

パティシェの妹が採算がとれないと、泣く泣く諦める味。


果実の王様。

もしくは女王様。

プリンスでもプリンセスでもいい。

果物界の頂点に立つ味だ。

ひれ伏したい。

ずっとに口の中にいてほしい。

永住権を差し上げたい。



名残惜しく思いつつも、男は口の中の果実を飲み込んだ。



間違いない。

自信を持って断言できる。



そう、これは。



「マスカット?・・・・・ぶどう?」



アカに続いてアオも陳腐。

もっと良い表現はないのか。

食レポ能力、どうなってんだ。



自覚しつつも、だがしかし。

今度は負けたと思わなかった。

悔しいとも思わない。

この分析は正確だと自信がある。

料理人のプライドをかけてもいい。



「・・・・・だってそうなんだもの」



いやいや。

いつからオネエになった。



同僚がココにいれば、ちゃんとツッコんでくれるはずだった。

大工である父親譲りの大柄な体。

ある意味、オネエとしての正統派かもしれない。

男は何かに目覚めたのか。

悪いモノでも食ったのか。

本気で心配してくれるに違いない。

ついでに料理人のプライドにかけずとも、誰もがわかりやすい味と言ってくれるだろう。



次の一口を行く前に、男はかじった断面をじっと見た。

本家本元に比べてはるかに小さい信号実、3口もあれば食べ終わる。

その前にちゃんと観察しなければ。



キリっ。



効果音が似合いそうな表情だ。

若干の動揺がオネエ口調に出たようだが、男はとても真剣だった。

目の高さに持ち上げ、角度を変えつつ無言でみつめる。



「・・・・・」



赤い実とは違って、皮と実の違いがわかる。

こぼれそうな、たっぷりの水分。

手の平に出してみると、うすく青に色がついている。

いや、水色か。

ソーダ色と言うのがぴったりだ。

カタクリ粉を溶かしたような、ほんの少しのとろみがあった。


その中に、楕円形の塊がいくつか浮かぶ。

皮を剥いたぶどう、そのもの。

マスカットのような鮮やかなグリーンではない。

巨峰を剥いて出てくるような、透け感があり、濁りもある。

大きさはまちまちだった。

デラウェアのような小さなモノ。

立派な巨峰の大きさのモノ。

大きなものには、黒い種が入っているのが見えた。

噛んだ時には気付かなかった。

まあ毒ではないらしいから、大丈夫だろう。



ソーダ水に浮かぶブドウたち。

ブドウだけのフルーツポンチ。

名付けて。



「仮面ブドウ会!」



よし、ゴロもいい。

やるな、オレ。



いやいや、仮面ってナニ。

誰もツッコんでくれないのをいいことに、ぴったりな表現だと満足する。

ちなみに、勤めているイタリアンレストランではベテランの男。

採用されたメニューは多くとも、メニュー名の提案は常に却下されていた。

命名権は未だにもらえていない。

当然だろう。



「・・・・・・」



しかし、改めて不思議な実だと思う。

齧った途端に、持った感触も変わっていた。

ふにゃりと形を崩した実に、ふさわしい繊細なやわらかさ。

気をつけないと、握りつぶしてしまう。

これがどうやって木の一部のように硬くなるのだろうか。



そっと皮だけを少し齧ってみた。



「・・・・・・」



実よりも若干、味が薄い。

甘みを、クセのない浄水でうすめて膜に加工したような味だ。


次は、ソーダ水だけをすすってみる。



「・・・・普通に微炭酸だな」



冷たく冷やせば、さらに旨いはずだ。

ワインになる前の、極上のぶどうジュースに炭酸を加えたらこうなるだろうか。

ほんの少しのとろみが、さらに微炭酸を長く味あわせてくれる。

久々に感じるジャンキーな味が嬉しかった。

懐かしさすら感じる。

日本が、そしてワインが恋しい。

炭酸と言うジャンキーさを残しつつ、明らかに高級品の味だった。



赤と青、どちらが好きかと言われれば。



「こっちのほうがいいな」



こんな高級品を比べることなどおこがましいが、これは男のドストライクだ。

旨い。

何がイイって、青は1つで2つの味が楽しめる。

赤は旨いが、皮も実も果汁も全部、同じ味だった。

青のほうが断然おもしろい。

しかも炭酸。

この世界にふさわしい、トンデモ果実。

気に入った。



旨いモノを食った人が踊り出すのを見る事がある。

イタリア人は特にそんな印象が強い。

ピザを一口、咀嚼しながら立ち上がって踊るイメージ。

日本のタレントさんだって、そういう姿をみせてくれる時がある。

大袈裟なと言うつもりはない。

本当にうまいモノを食ったときは、じっとしてなどいられない。

男には今、その気持ちがよくわかった。

むずむずしてくる。



踊るというより、ダンシング。

一口食べて、ダンシング。

ダンスではなく、ダンシング。

日本語よりもカタカナ語、さらにはついでに進行形。



踊れるものなら踊りたい。

だが、男にそんな心得はなかった。

踊れぬかわりに、男の首は、うんうんうんうん。

無意識に動いていた。



「ヨー」 「キョー」 「ヨー」 「キョー」



鳥たちの声が聞こえる。



「ヨー、キョーダイ」

「ヨー、キョーダイ、ヨー」



空耳も聞こえてくる。

この味にぴったりな鳴き声だ。。

ここはヒップホップがふさわしい。



はじける炭酸を味わいつつ、男は踊る自分を想像した。


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