魔女レポート ~森の番人 後編~
はたして魔女が番人とよぶ信号木の果実は食べられるのか。
今まで読んだ所には、何も書いていなかった。
食えるのか食えないのか。
早く知りたい。
この部分を探して、先に読みたくなってくるほどだった。
はやる気持ちを抑えつつ、男は魔女レポートを順に読み進めていく。
『 同じ木を家のそばで、育ててみたかったの。
誰もこの木のことは、よくわからない。
いつから森に居てくれたのか、誰も知らない。
世界にたった2本だけ。
そんな特別な木。
それで3本目を家に植えたいなんて、贅沢だよね。
でも欲しかった。
私と違って夫はあんまり戦えない。
生まれながらの学者肌なの。
よく生きてこられたと思うわ。
だから夫が研究に打ち込めるようにしたかった。
野菜は畑でとれるけど、やっぱりお肉もお魚も食べたいし。
湖の近くには獣は来ないから、私が捕りに行くつもりだった。
お魚だってそう、ここでは獲れない。
あんなにきれいな水なのに、湖にはお魚が一匹もいないの。
だから近くの川に行くしかないのよね。
その時、安心して留守を任せられるように。
夫と、そしていつかは授かりたい私達の子供も。
護ってほしかった。
ここにも番人に居て欲しかった。
まあ湖の周りには危険なモノは寄ってこれないから、気持ちの問題なんだけど。
でもどうしても欲しかったの。
見ているだけでもほっとするし。
幸いここの土ならどんな種を植えたって、すぐにちゃんと育つから大丈夫だろうって思ってた。
でも番人はやっぱり特別ね。
どの種を埋めてもだめだったの。
3つの果実の種がそれぞれ違うから、イロイロ試したわ。
1つずつ植えたり、3ついっぺんに植えたり。
小さい種を大目に植えたり、ちょっと間隔をあけてみたり。
乾燥させた種や、実から取り出したばかりの種。
果実をそのまま埋めてもみたわ。
頑張ったの。
でも芽も出なかった。
夫が来たら相談しようかと思ったけど、いつこっちにこれるかわからなくなって。
待っている間、ダメもとでいろいろ試した。
種じゃなくって、番人そのものに来てもらうことにしたの。
惑わしの森はちょっと遠いから、楽園側の番人の所に行った。
枝を少しもらおうと思った。
切る前に、ちゃんと話しかけてお願いしたわ。
私たちの家にも来てくださいって。
だからちょっとだけ枝を切らせてくださいって。
一生懸命お願いした。
私は植物と話ができるスキルは持ってない。
まあスキルがあっても、番人とは話せないって聞いた事があるわ。
だから話しかけても、通じないのは十分承知だった。
単なる自己満足ね。
でも必死だった。
必死で、この特別な木を傷つけてしまう言い訳をしていたという所かしら。
不思議よね、果実ならばいくつ採っても何も思わなかったのに。
採取依頼もあるし、皆だって当たり前のようにもらっていく。
慣れていない人が木を登るときに、枝が折れてしまったりもするでしょうし。
でもわざわざ枝を切るっていうのは違うのよね。
すごい罪悪感。
だからごめんなさい。
お願いしますって深く頭を下げた。
そうして頭を上げたらね。
目の前に枝がふわりと落ちてきたの。
もっと重いはずなのに、ふわって。
慌てて手を出したら、両手の手の平におさまった。
葉っぱも実もついてなかった。
すぐ折れてしまいそうな細い枝。
嬉しかった。
認めてくれたんだって思ったわ。
番人からの授かりものだって。
だからお礼を言って、大事に持って帰った。
ちゃんと土に植えようと思ったの。
種の代わりね。
でもいざ土を掘って埋める直前になると、違和感が出てきてしまって。
なんかこれじゃないって感じ。
土の中に枝を埋めるのって、骨を埋めるみたいで縁起悪いなって。
ちょっと嫌な気分になったの。
だって枝はちゃんと生きていた。
すごく細いけど枯れ木じゃない。
なのに埋めるのって、おかしい。
枝が息をできなくゃなるんじゃないかって。
妙に心配しちゃったのよね。
だから半分埋めて、半分は土の上に出す事にしたの。
ちゃんと息ができるように。
縦にね、半分から下を土に差した。
畑の野菜は特に水をあげなくとも育つんだけど、ちょっと不安で。
湖の水で毎日水やりをした。
でも1晩経っても、3日経っても、何も変わらなかった。
枯れるわけでもなかったし、良くも悪くもね、変化がないの。
毎朝起きるとすぐに、見に行ってたわ。
7日目に見に行ったらね、急に育ってた。
私の身長2つ分にちょっと足らないぐらいの大きさ。
嬉しかったわ。
今はそれから何日か経つけど、大きさは変わらない。
果実も番人ほどの大きな実じゃなくて、片手で包み込めるぐらいかな。
ちゃんと3色あるけどね。
楽園の番人の子供が、湖の番人として来てくれたのかしら。
もうこれ以上、大きくはならないのかもね。 』
男は1つため息をついた。
魔女の苦労が伝わってくる。
やはり信号木はこの世界でも、特別な木なんだと納得した。
魔女の体格は、着る予定で誂えたという白い服からだいたいわかる。
当時で、魔女の身長2つ分に足らないくらい程度だという。
ここの信号木は3メートルちょっとに見えた。
やっぱり大きくは育たなかったという事か。
護ってくれるとは知らぬとも、信号木を発見してほっとしたのは男も一緒だった。
魔女が頑張ってくれてよかった。
ここに居てくれてよかった。
心からそう思う。
それで結局、3色の実は食えるのか。
集中力が途切れたのは少しの間だけ。
男はパンクしそうな頭を整理しつつ、読み進めた。