魔女レポート ~ 森の番人 前編~
「くそっ・・・結構重いな・・・・」
復活した男は、本棚の横に置いてあった小さな丸テーブルを外に運び出していた。
手作り感あふれるそのテーブルは、まん丸ではない。
大木を輪切りにしたような、自然な形。
けれどもトゲトゲはしていなかった。
ちゃんと削って磨いたのであろう、滑らかさ。
趣のある、良いテーブルだ。
ただ見た目よりも重い。
体はまだ痛むが、随分マシになった。
この程度の作業ならできるだろうと、頑張っている。
やりたいことはまだまだあるのだ。
痛みなどに負けてなるものか。
よく筋肉痛に音を上げる男だが、いつも喉元すぎれば頑張れた。
へこたれない。
若干引きずりつつも、無事に家の前、眺めのよい広場に設置した。
続いては椅子。
窓際に置いてある椅子には、背もたれがなかった。
そのため、四角いテーブルにセットされた椅子の1つを持ち出していた。
ゆっくりするのだ、背もたれは欲しい。
家の中には2つあるが、男は1人。
運び出すのは1つでいい。
助かる。
「たった1人」に自然と感謝。
「たった独り」でも十分、幸せ。
そう考える男は、誰かがいたら手伝ってもらえる事に気付かなかった。
確かに男は十分、幸せ。
気付かなければ、寂しくもないだろう。
「はっ・・・はぁっ・・」
息が上がる。
だがもう少し。
ここが踏ん張り所だ。
男は顔を真っ赤にして頑張った。
「・・・はーっ、設置、かんりょーっ」
なんとか運び終わり、持ってきた椅子に座って机に突っ伏した。
そのままじっと荒い息が整うのを待つ。
時間をかけて落ち着いた頃、体を起こして背もたれに背中を預けた。
太陽の光を反射する湖面を眺める。
その向こうには緑の木々。
所々、そして時々光っていた。
「やっぱりきれいだな・・・・」
どれだけ眺めていても飽きない。
今日は徹夜することに決めていた。
どうせベッドでは寝られないのだ。
かといって、暗い中、外で寝るのは論外だ。
夜の森は危険だ。
もう1つの安全安心マイホーム、大草原が恋しかった。
家の中で、夜を過ごすつもりにもなれなかった。
まだ灯り対策ができていないのだ。
もちろん火を出して、視界の確保はできる。
だが閉め切った家の中で、一晩中、火をつけておくのはやるべきではない。
外でキャンプファイアーするのが妥当なところだろう。
家を戸締りし、玄関だけを開けておくつもりだった。
危ないモノが来たら、家に飛び込んで鍵をかける。
その為に苦労して、テーブルに椅子も出した。
快適な一晩を過ごせるだろうと期待している。
よし、完璧。
安全対策もばっちりだ。
素晴らしい景色が、男の満足感をさらに増した。
十分に満喫してから立ち上がり、家に入る。
すぐに数枚の紙を手にして戻ってきた。
魔女の手紙だ。
続きをゆっくり読みたかった。
ちゃんと指輪も持ってきている。
元通り、椅子に腰かけて読む体制に入った。
前のめりで、テーブルに肘をつく。
1枚目は昨日読んだ手紙。
2枚目以降は報告のような、いわゆるレポートだった。
レポートと言っても、要点をまとめたお堅いソレではない。
知っている事、思ったことを、話すようにそのまま書いてあるようだ。
「魔女レポートってか・・・・」
どこから読んでも良さそうだと判断する。
パラパラとめくりながら、お目当ての1枚を探した。
「番人がどうたら書いてたよな・・・・」
手紙でも、それらしきモノについて書いてあったと思い出す。
念のため、1枚目の魔女の手紙を確認した。
すぐにお目当ての箇所も発見。
番人と呼ばれている木で間違いない。
男が探していたのは、信号木に関する事だった。
もう少し詳しい事が知りたい。
あの3色の果実は、人間が食えるモノなのか。
料理人として、ぜひとも知りたかった。
魔女レポート、お目当ての紙を発見。
ちゃんとしっかり書いてあった。
早速読み始める。
「・・・・・・なるほどな」
ちょっと休憩。
情報量が多すぎた。
頭の中で整理したい。
紙を手に、背もたれに体重を預けた。
やはり山を越えると、ちゃんと人の住む街があるらしい。
朗報だ。
そして街との間にはまたもう1つ森があると。
地形的には、まあ普通だろう。
ただしどんなに頑張っても、誰もこの森を抜けて山に入ることができない。
それが山の向こうの森。
山を超えて、こちら側に人が来ない理由がわかった。
だから惑わしの森。
いつからか、そう呼ばれるようになったそうだ。
その森に番人よろしくそびえ立つのが信号木。
こちらを、惑わしの森の番人と呼ぶらしい。
方向感覚を失った者は皆、森の番人、大樹の下へ帰ってくる。
番人からは、離れられない。
だがこの木の周囲、見える範囲には危険な獣も虫も出ない。
寄るもの全てを護ってくれる。
寄らば大樹とはこの事なのか。
この木の下では、昼でも夜でも誰もがゆっくり寝る事ができる。
だから番人。
親しみをこめてそう呼ばれるらしい。
男は同じ所を読み返しながら、何度も頷いた。
おおいに納得する。
るんランるんと、異常なパワーに喜んで走り回った時の事を思い出す。
あの時どんなに走っても、信号木に戻ってきてしまった。
もちろん、男がいたのは惑わしの森ではない。
山を越えたこちら側の森だ。
だが同じ3色の実がなる信号木。
理屈は一緒なのだろう。
しかし魔女も番人番人と呼んでいるが、ちゃんとした名前はないのだろうか。
ツバキとか、うめとか、さくら。
良い名前だと思う。
ついでに、日本の色とりどりの木々に思いをはせた。
四季折々に花を咲かせる木々。
いつもスクーターで近くを通るたびに、季節を感じさせてくれた。
年が明け、新春、春本番ときて、夏ならば。
さるすべり、これだろう。
まあ日本でも、さるすべりと名付けた人はすごいと思う。
サルが滑るほどツルツルした木だから、さるすべり。
濃いピンクや白い花が咲く木。
きれいな花を見ると、夏だなあと思う。
正式な名前は違うのだろう。
学名というのか。
たが男が知る名はさるすべり、その1つだけ。
森の番人とは、さるすべりと同じような発想なのかもしれない。
護ってくれるから番人。
皆がそう呼ぶ。
それ以外のちゃんとした名があっても、知られていない。
日本のさるすべりと一緒。
そうかもしれぬと予想する。
見知らぬ世界の人々と仲良くなれる気がした。
「さて、と・・・・・・・」
休憩終了。
頭の整理もすんだ。
背もたれから体を離し、紙を持ったまま机に両肘をつく。
続きを読み始めた。