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四文字で魔法を創造して  作者: 斗樹 稼多利
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魔法披露


 十歳になったシューゴは普段より早く目を覚ますと、魔法が創れるようになったのを確認し、その場ですぐに魔法を創りだす。

 魔法盤にずっと考えていた魔法をイメージし、その魔法に相応しい魔法名を漢字で書いていく。

 物語の表現方法や、辞書にあった言葉の意味からイメージを明確に固めた魔法を思い浮かべつつ、辞書で何度も調べた文字や言葉を利用して魔法名を書き記していき、次々にシューゴだけの魔法が魔法盤に書き連ねられていく。


「……できた」


 完成した六つの魔法名を見ていて嬉しくなってきたシューゴは、魔法盤を表示させたまま上機嫌にそれを眺める。


「ふふふっ。俺だけの魔法かぁ」


 受け取った全ての辞書を徹底的に読み込み、文字や言葉の意味を調べて組み合わせて作り出した魔法名。

 そうして完成した自分だけの魔法名が並ぶのを見ていると、特別な気分になって笑みを浮かべてしまう。

 しばらくして起こしに来た使用人が、ベッドに座って笑っているシューゴを見て驚き、どうしたのかと困惑するまでその状態は続いた。

 展開している魔法盤は本人にしか見えず、書かれている魔法名も本人にしか見えないため、使用人にはシューゴがベッドに座ってニヤけているようにしか見えなかったのが理由だ。


「もう。何事かと思いましたよ」


 説明を聞いた使用人は、一安心しながらシューゴの身支度を手伝う。


「ごめんごめん。嬉しくてついね」


 使用人に謝りながら身支度を整えると、足早に朝食の席へ向かう。

 既に席には家族全員が着いており、シューゴが来るのを待っていた。


「おお、来たかシューゴ。誕生日おめでとう」


 最初に声を掛けるのはカタギリ子爵家の当主であり、父親でもあるショウマ・カタギリ。

 皇帝と貴族の当主にのみ許されている髭を少しだけ生やしている彼の右手側の席には三人の妻達が、左手側には子供達が座る。

 夫人達は妻としての順番が高い者から当主の近くに座り、子供達は生まれた順に並ぶ。

 それが皇族であろうと貴族であろうと庶民であろうと、家族で食事をする時の慣習になっている。


「おはようございます、父上。魔法が創れるようになったのに浮かれ、少々遅れてしまいました」


 挨拶と共に謝罪をして頭を下げるが、ショウマは気にせず笑みを浮かべ続ける。


「なに、構わないさ。誰だってこの日ばかりはそうなるものだ。気にせず座れ」

「ありがとうございます」


 普段なら遅れれば一言ぐらいは注意を受けるのだが、十歳の誕生日に限ってはどの家庭でも多少の遅れは許されているのも慣習の一つ。

 許しを得たシューゴが他の家族にも挨拶をして席に着くと、朝食が始まる。

 いつもならショウマは仕事で帝国城へ向かうために既に朝食を終えており、家族も夕食以外はバラバラの時間に食事を摂るのだが、休日だけはよほどの事がなければ全員揃って三食を一緒に食べるとショウマが決めている。

 職場では勤勉かつ真面目で通っている男だが、家族を大切にしていて休日はできるだけ一緒に過ごそうとする。一緒に食事をするのもその一環で、ここで普段はあまりできない日常会話を楽しむのが、彼のささやかな幸せの時間となっている。


「ところでシューゴ。聞きそびれていたが、お前はいくつの魔法を創れるんだ?」

「はい。総数が二十七、現時点では八つ創れます」


 隣に座るマサヨシとの会話を切り、左手の甲を見せながら数を伝える。

 するとショウマは感心するように「ほう」と声を漏らし、彼に近い位置に座る第一夫人は面白くなさそうな表情をした。


「あらあら、良かったわねシューゴ。そんなにたくさん魔法を創れて」


 暢気な口調でシューゴを褒めるのは、実母である第三夫人のトウカ。


「お兄ちゃん凄いね」

「おめでとー」


 続けて祝福してくれたのは、二つ年下の実の弟である五男タイガと四つ年下の異母妹である長女ミユキ。

 褒めてはいるが、幼いため何がどう凄いのかを理解していないのは仕方ない。

 とにかく凄いんだなと認識して褒めている。


「それで、もう魔法は創ったのか? まあ遅れて来たから創ったんだろうな」

「はい。とりあえず六つ創りました」

「うむ、それでいい。いざという時に備えて、一つか二つは創らずにおいて損は無い」


 魔法は創れるだけ創るのではなく、有事の際にそれを切り抜けるための魔法を創れるよう、いくつか空きを用意しておくもの。

 特に冒険者や国防軍のような命の危機に関わりそうな仕事に就くのなら、なおさら窮地を脱するための魔法を創れるようにしておくのが一般的な考えとなっている。


「ではシューゴよ、後ほど庭でそれを使って見せてくれ。まだお前も使ってはいないのだろう?」

「分かりました!」


 イメージしながら創った魔法とはいえ、実際に使ってみないと分からないことが多い。魔法名が上手くイメージを表現できておらずに制御が困難だったり、イメージが曖昧で思い描いていたのとは違う魔法になってしまったりというのはよくある。

 特に子供のうちはハチャメチャなイメージで魔法を創るため、そうなってしまうことが多々報告されている。

 他には文字数が少なくてイメージ通りの名前ができず、上手く発動しなかったり暴発したりもする。

 しかしシューゴは文字数の少なさを漢字でカバーしているため、文字数の少なさは特に問題では無い。むしろ問題なのは、その魔法名を口にする事だった。食事中にその事に気づいたシューゴは、魔法のイメージを固めて魔法名を創りだすのに夢中で今までその事に気づかなかったため、今さらながらどうしようと迷う。


(創った魔法名をそのまま言ったら、絶対に怪しまれるだろうし……)


 辞書や文字の事は秘密にして自分だけのものにしたいシューゴは、どうにかできないかと考えているとある事を思い出す。


(そういえば、無詠唱っていう技術があったような……)


 家庭教師から教わった知識の中に、魔法名を口に出さず頭の中で唱えるだけで魔法を発動させる無詠唱という技術があるのを思い出す。

 使うには相当な魔力の制御能力が必要だと教わっていたが、魔法名を口にして追及されたくないシューゴはぶっつけ本番だがこれに頼るしかないと決断した。


(できなかった時は諦めて口に出して、追及を徹底的にかわすということで……)


 かわしきるのはかなり難しいがやるしかないと決意しつつも、できれば無詠唱で発動してもらいたいとも願った。



 ****



 朝食を終えて少し経った後、庭に集合した家族と数名の使用人、さらに授業のために訪れていた家庭教師が見物する中、魔法に耐性のある的の前に立つシューゴは深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「落ち着いていけよ、シューゴ」

「せめて暴発しなければ御の字だな」


 応援するシューイチに続いて、見下しているような発言をしたのは次男のツグト。シューイチと同じく第一夫人の子として生まれた彼は八文字を扱えるため、実母と共に最低数タイのシューゴを完全に見下している。

 どうせ大した魔法は使えまいと思いながら、腕を組んでニヤニヤ笑う。同じような気持ちでいる第一夫人と家庭教師も、表情にこそ出していないが心の中で笑っていた。


「じゃあ、やってみせるね」


 気持ちが落ち着いたシューゴは魔力を制御し、創った魔法の一つを頭の中で唱える。


螺旋廻弾らせんかいだん!)


 神が接触した際に底上げした魔法力に加え、日常生活の中でも動きながら魔力の制御鍛錬を数年していた甲斐もあり、無詠唱で魔法が発動する。

 空中に十数の螺旋回転する鋼の弾丸が出現し、一斉に的へ向かう。

 強烈な螺旋回転をする弾丸は魔法に耐性があるだけでなく、強度もそれなりに備えている的へ次々に命中して貫通していき、遂には的を破壊した。貫通した弾丸と、発射の時間差で破壊された後に飛来した弾丸は的の残骸の上を通過して、その先にある塀に命中してめり込んでいく。


「……あっ」


 塀を破壊してしまった事に思わず声を漏らしたシューゴは、怒られまいかとおそるおそる後ろを振り向く。

 すると、家族も使用人も家庭教師も誰一人として怒っている様子は無く、誰もがポカンとして目の前の光景に唖然としていた。


「あ、あの、父上。塀を壊して、ごめんなさい」


 怒られる前に謝ってしまおうと謝罪をすると、ショウマはハッとする。


「ん? あっ、ああ、あれくらい気にするな。塀なんて直せば済むんだからな」


 怒られずに済んだ事でシューゴはホッとするが、周囲はそうはいかない。


 魔法の威力は使用した魔力の量と質で決まる。

 それに対して魔法の発動そのものは魔力の制御も大事だが、それ以上に魔法を創った際のイメージと書き込んだ魔法名が重要になってくる。

 創りたい魔法を明確にイメージして、それをいかに魔法名として書き表すか。

 イメージはともかく、それを魔法名として表すように書くには文字数が多いほど有効とされている。


 そういった常識が頭にある大人達だが、どれだけ考えても全く分からない。

 たった今、目の前でシューゴが放った魔法は一体どう書いたのか。それもたった四文字で。

 魔法名を口にしていれば知れたのに、あろうことか困難とされている無詠唱で魔法を使ったために全く分からない。

 暢気に凄い凄いと言っているのはまだ幼い長女と五男、それと深く物事を考えないマサヨシぐらい。

 魔法の威力、たった四文字でどう書き込んだのか、どうして無詠唱で魔法を使えるのか。驚いている面々は気になる事がいくつもあって、どれから聞こうか決められないでいる。


「えっと……別の的に次の魔法を使ってもいい?」


 破壊した的の隣にある的を指差して尋ねると、頭の整理が追いついていないショウマは無言で頷く。

 よしと呟いたシューゴは塀を損傷させたことに気が向いていて頭から抜けていたが、無詠唱で魔法を行使できたことに心の中で歓喜する。

 これで文字数の事を追及されず、思う存分に魔法を使えると。

 気合いの入ったシューゴは別の的へ向け、次の魔法を頭の中で唱える。


疾風刃来しっぷうじんらい!)


 「螺旋廻弾」同様、本来の熟語を同じ読みの別の漢字にすることでイメージと結びつけた魔法により、空中に出現した十数数の風の刃が超高速で的へ飛来。

 今度は的を切り裂くように破壊し、その先の塀に複数の傷を刻む。

 さらに続けて使う魔法は――。


(火炎放射!)


 放たれた指向性のある真っ赤な炎が一直線に三つ目の的へ向かい命中するが、指向性の関係か炎は的に当たっても止まらず塀にも当たる。


「あっ!」


 さすがに炎は不味いとすぐに止めたが時遅く、的は燃やし尽くされ跡形も無く塀の一部は真っ黒に焦げていた。

 これは怒られると思い、再度おそるおそる後ろを振り向く。

 ところが振り向いた先の反応は予想に反し、目を輝かせて凄いを連呼するマサヨシとミユキとタイガはともかく、他は全員が唖然としている。

 特にシューゴの魔法を大したことがないと思い込んでいた、第一夫人とツグトと家庭教師は目を見開き口をポカンと開け、信じられないような表情をしていた。


「えっと……。父上、あの焦げ跡は……」

「あっ? あっ、ああ、まあ、あれくらいなら直せるから、気にするな」


 問題は塀が焦げたことではなく、無詠唱で魔法を発動させた上に魔法の完成度が高いこと。

 たった四文字でどう書いたらあれほどの完成度になるのか、誰にも理解できなかった。

 なお、この光景を見ていた神は家族の反応に腹を抱えて大笑いしていた。


「よかった。後の三つは攻撃用じゃないから、もう塀は大丈夫だよ!」


 だから問題は塀じゃないと誰もが思う。


浮遊動盾ふゆうどうじゅん!)


 魔法のイメージに合わせて文字を組み合わせて創った魔法を発動させると、空中に長方形をした板のような形状の盾が複数出現する。

 どれにも縦向きの持ち手のような箇所があり、それを自在に動かして空中停止させたり全方位防御をさせたり、近づけた一つの持ち手を掴んで通常の盾のように扱ったりしてみせる。


「防御用の魔法なんだ。どこから攻撃されても対応できるよう、創ってみたんだよ」


 だから問題はそこじゃないと、誰もがツッコミを入れたかった。

 そうとも知らないシューゴは盾を消し、次の魔法を使う。


(収納空間!)


 魔法を発動させるとシューゴの前方に黒い塊が現れる。

 思わず身構える家族や使用人の反応を気にせず、シューゴは腰に差していた短剣やポケットの中にあった小銭を塊の中へ入れては出してを繰り返す。


「これには生物以外なら何でも入るんだ。物の持ち運びや、倒した魔物とかを運ぶのに便利かなって思って」


 便利なことは便利な上に、こうした魔法を使う商人や冒険者は多く存在する。

 そのため特別凄い魔法とは思わなかったが、四文字でそれをどう創るのかがサッパリ分からない一同は頭を悩ませる。

 最後の魔法を使うために「収納空間」を消したシューゴは、刃を潰してある短剣を抜いて魔法を発動させた。


(身体強化!)


 強化された体が僅かに発光し、力が充実してくるのを感じたシューゴは動き出す。

 ただでさえ素早い動きはもっと素早くなり、筋力の強化に伴って短剣の振りも強くなっていた。

 加えて身体能力だけでなく、身体機能も強化されているため動体視力も反応速度も思考速度も強化されている。

 一通り動いて見せると短剣を鞘に収め、魔法を解除する。


「最後はこんな風に体を強くする魔法だよ。これで全部だけど、どうかな?」


 この魔法もまた、驚くような魔法でもない。

 冒険者や国防軍に所属する者の中には、この手の魔法の使い手が大勢いるメジャーな魔法だからだ。

 文字数的にも「きょうか」と書けば可能なため、ようやく落ち着けた。

 尤も、身体能力だけでなく身体機能も強化されているとは、使っている本人しか知らない。


「どれも良い魔法だ。ところで――」

「ありえない!」


 まずは無詠唱で魔法を使える理由をショウマが聞こうとすると、突如家庭教師の声が響いた。


「何故だ!? 何故たった四文字程度であれほどの魔法が、あの完成度で発動できる! ありえないありえないありえないありえないありえないぃぃぃぃっ!」


 文字数の多さこそ全てという考え方の家庭教師にとって、目の前で起きた光景は信じられなかった。

 頭を抱えて仰け反ってありえないを連呼する姿に、使用人達は危うい雰囲気を感じ取って、そっとミユキとタイガの手を引いて距離を取る。

 予想外の反応にシューゴは戸惑い、マサヨシは腰に差した練習用の剣に手を添え、シューイチも有事に備えて心の準備をする。


「私のような九文字もある選ばれた人間ならともかく、どうしてお前のような四文字程度の低俗な人間があれほどの魔法を使える! 言え! どうやった、なんと書いた!」


 怒りの形相で詰め寄った家庭教師は、襟元を掴んで持ち上げる。

 首が締まる形になったシューゴは答えるどころではなく、苦しさに悶えて足をばたつかせる。


「やめろテメェ!」

「ぐっ!」


 躊躇なく剣を抜いたマサヨシが家庭教師の腕を剣で叩く。刃が潰されている練習用のため、痛みが走っただけで斬れてはいない。解放されたシューゴは地面に落ち、喉を押さえて咽ている。


「何をする!」


 鬼のような形相でマサヨシを睨む家庭教師。彼にすればシューゴだけでなく、自分より文字数の少ない相手は全て格下。

 平均的文字数である六文字のマサヨシも、彼にすれば格下の取るに足らない相手に過ぎないという認識だった。


「そりゃこっちの台詞だ! テメェ、俺の弟に何しやがるんだ!」

「ハッ! たった四文字しか扱えない出来損ないなんか、死のうがいなくなろうがどうなっても――」


 暴言を吐く最中に感じた怒気に家庭教師は震える。

 その怒気の主であるショウマは、ゆっくり前へ進み出て家庭教師に告げる。


「それが貴様の本音か」


 咽ているシューゴに寄り添うシューイチとトウカを守るように立ち、怒りを隠さない様子で家庭教師を睨む。


「い、いや、あの、その……」


 雇い主から睨まれ、しどろもどろになって言葉を出せない。

 対するショウマからすれば、彼をクビにできるチャンスだと思っていた。

 紹介した上司への義理と、これまで直接的に何か暴言を吐いたり暴力をしたりした訳ではないため雇い続けていたが、彼に対する不満は耳にしていた。

 そんな相手が目の前で息子への暴言を吐いたのだから、シューゴには悪いが利用させてもらおうと思ったのも無理はない。


「お前は今日……いや、この瞬間をもってクビだ。昨日までの給料はくれてやる、さっさと出て行って二度とうちの敷居を跨ぐな!」

「ひいぃぃっ!」


 ショウマの剣幕に怖気づいた家庭教師は、全速力で屋敷から逃げ出して行く。

 この件は後に彼を紹介したショウマの上司にも伝わり、その上司はそんな男を紹介して申し訳ないと謝罪。家庭教師を屋敷へ呼び出してきつく叱責した後、二度と姿を見せるなと屋敷を追い出した。

 その後、この家庭教師がどうなったかは誰も知らない。


「大丈夫か、シューゴ」


 家庭教師を追い返したショウマは、心配した様子でシューゴに尋ねる。


「なんとかね。でも、あんなに乱暴な人だったなんて」

「そうだな。前々からシューゴの事を気に入らない様子だったが、文字数至上主義者だったか」


 薄々気づいていながらも、さもああいう人物だとは気付かなかった風に語る。

 まるで以前からクビにする機会を窺っていたのを隠すように。

 シューゴもシューゴで、少し苦しい目には遭ったが思わぬ形で家庭教師がクビになったことに、心の中でざまあみろとほくそ笑む。


「ところでシューゴ。何故お前は、無詠唱で魔法を使えるんだ?」


 無詠唱について尋ねられるが、文字数の件に比べればずっと喋りやすい内容にシューゴは伝える。

 早く魔法を上手く使えるようになりたいのと文字数の少なさを補うため、四年前から日常生活の中でも魔力の制御鍛錬をしていたから、そのお陰なんじゃないかと。

 それを聞いたショウマ達は驚きと共に納得する。長期間そんな事をしていたのなら、無詠唱で魔法を使えてもおかしくないと。


「最初はなかなか上手くいかなかったけど、一年くらい練習し続けたらできるようになったよ」

「いやいや。そんな難しい事を一年も練習し続けること自体、ちょっとズレてるから」


 特に魔法を使えないうちは成果を実感できない上に習得が難しいため、やろうとしても早々に挫折するのがほとんど。そのためシューイチの指摘はあながち間違っていない。


「でさ、成果を確かめるために無詠唱でやってみたら、上手くできたんだ。勿論、できなかったら魔法名を口にしていたよ」


 これは咄嗟に思いついた言い訳にすぎない。

 魔法名を口にして追及されたくなかったなどと言えば、余計に追及されるのは子供のシューゴでも分かる事だからだ。

 特におかしい点も無いため納得してもらえたが、高度な技術と完成度の高い魔法を目にしたツグトと第一夫人は苦々しい表情を浮かべている。彼らもまた文字数至上主義で、どちらも八文字で魔法を創ることができる。

 この二人を除けば家族内で一番数字が大きいのはショウマの七文字のため、二人の中でこの家で一番偉いのは自分達だった。

 ところが最低数タイの文字しか使えない出来損ないと断じていた四男が、自分達より圧倒的な完成度と威力を持つ魔法と高度な技術を見せつけられた。

 それを口惜しく思いつつも、いずれはこの家を出て行くのだからと口に出したい悪態を飲み込んだ。


「さてシューゴ、少しいいか?」

「はい?」

「冒険者として活動するための魔法を使えるようになった以上、本格的に冒険者になるための修業をしてみないか?」

「是非やりたいです!」


 飛びつくような勢いで提案にくいつき、目を輝かせて賛成する。

 子供らしい反応にショウマとトウカ、第二夫人は微笑みながらいい表情だと頷く。


「分かった。では冒険者ギルドと交渉して、お前の戦闘指導をしてくれる冒険者を紹介してもらおう」

「よろしくお願いします!」


 冒険者学校で学ぶのは主に冒険者としてのマナーやルール、心得といったものや実際の野宿を経験する野外授業が大半を占める。

 戦闘訓練もあるにはあるが、冒険者を志す以上は強さは自身で求めて鍛えてこそ。

 それを支援しつつ、活動中に必要となる知識や技術を教える場というのが冒険者学校の考え方。

 そのため学校とは別に誰かしらから戦闘指導を受けるのは、特別変わったことではない。


「よし! なら、それが決まるまでは俺がシューゴの訓練を」

「ちょっと待った、マサヨシ。昨日約束した課題は終わったのかい?」


 シューイチからの指摘の直後にマサヨシは冷や汗を流し、ごめんなさいと叫びながら逃げ出した。


「やれやれ。さあシューゴ、部屋に帰って勉強しよう。家庭教師がああなったから、しばらくは僕が勉強を見てあげるよ」

「よろしく頼むね、シューイチ兄さん」


 平常通りのマサヨシにやれやれと思いつつ、勉強のため異母兄弟は屋敷へと戻って行った。


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