蜘蛛の巣
魔物の領域に足を踏み入れたシューゴ達は、討伐目的のバインドスパイダーの下へ向かっている。
途中でアングリードッグに遭遇はしたが、難なく撃退してついでに討伐証明も回収。
張られていた糸による罠も「浮遊動盾」を先に接触させて罠の位置を把握して回避していくが、相手も移動をしているためなかなか遭遇できないでいた。
「バインドスパイダーの位置はどうだ?」
「五体とも、また少し移動をしているようです。これはひょっとして、糸による罠を仕掛けた場所を巡回して、獲物が掛かっていないか確認しているのでは?」
何度も移動し、向かう先に必ず罠が仕掛けられている状況から導き出したシノブの考えに、否定する反応は無い。
「だとしたら、罠の付近で待っていた方がいいか?」
「シノブの考えが正しければ、動き回るよりもその方が利口かもね」
「でも、いつ来るか分からないよ?」
待ち伏せの場合はアカネの指摘した通り、いつ来るかを知っておかないと無駄に時間を費やしてしまう。
ましてや魔物の領域では、いつ別の魔物が襲ってくるか分からない。
何度も襲撃を受け、その度対処していてはたまったものではない。
「シノブ、これまでの動きから次の位置の予測とか……できないのか」
尋ねている最中に明後日の方向を向き、吹けもしない口笛を吹く素振りをする様子から無理だと察したシューゴは思考を巡らせて次の手段を考える。
コタロウから教わったようにあらゆる側面から自分達の能力を加味し、状況も考慮した上で思考を巡らせているとある事に気づく。
「そうだ。これまでにバインドスパイダーがいた位置を逆回りに行けば、遭遇率は高まるかも」
バインドスパイダーが罠の位置を巡回して確認しているのなら、相手の動きと逆回りをすれば遭遇率は上がる。
他に良い手段が浮かばないためそれを実行することになり、四人は辿ってきた道を戻る。
その間にもバインドスパイダーの位置を確認すると、徐々に接近していることが判明。
最初の索敵で引っかかった位置でしばし待ち、向こうから近づいて来たところを逆に襲撃した。
(浮遊動盾!)
木の上を移動する相手に届くよう、足場として利用するための「浮遊動盾」を出し、それを使ってバインドスパイダーに接近した前衛三人が武器を振るう。
「せい!」
「ふっ!」
「はぁっ!」
短剣二本による首に近い節の切断、剣による頭部両断、細剣による額への刺突。
不意を突かれた三体のバインドスパイダーはこれらの一撃で倒され、残る二匹は逃走しようとしたがアカネが同時に放った二本の矢が飛来。一体は見事に胴体を射抜いて絶命させたが、もう一体は脚を一本撃ち抜かれただけに終わり逃走を続ける。
「アカネ、「とおくをみる」で見失わないようにしてくれ。剥ぎ取りは俺達がやる」
「わかった。「とおくをみる」」
遠方を見る魔法で逃げたバインドスパイダーを見失わないようにしつつ、討伐証明である触覚と素材となる糸を体内から回収する。
バインドスパイダーは移動や罠の設置に使うための糸を常に体内で生成しているため、胴体を開けばある程度の量の糸が確保できる。
それらを回収して「収納空間」へ入れている最中、アカネが戸惑いの声を上げた。
「えっ? どういうこと?」
「どうした」
最後の糸の塊を入れて「収納空間」を解除したシューゴの問いかけに、困惑した様子で説明する。
「さっきの逃げたバインドスパイダーが、洞窟みたいな所に入ったの。しかも、他のバインドスパイダーもいた」
説明を聞いてシューゴの頭に浮かんだのは、その洞窟がバインドスパイダーの巣になっている可能性。
バインドスパイダーは捕まえた獲物をその場で食べるのではなく、巣へ持ち帰って仲間と共有して食べる。
記憶の中にある資料の情報からそれを思い出し、その事をコトネ達へ説明した。
「ということは、あの中にはたくさんバインドスパイダーがいるんですね! さあ、いざ!」
既に巣穴へ突入する気満々のシノブが剣を手に走りだそうとするのを、後ろ襟を掴んで止める。
「待て待て待て。どのくらいの数がいるのかも確認せず、無暗に突っ込もうとするな」
「いやですが、あの中に捕らわれた誰かがいるかもしれませんし、一刻も早く」
「だからって無暗に突っ込んで、数に押されて負けたらどうすんだって!」
掴んでいた後ろ襟を強く引いてその場に留め、「まものをさがす」で何体のバインドスパイダーがいるのかを調べさせた。
洞窟の中にいるのは二十体。移動している動きからして洞窟はさほど入り込んでおらず、通路の先にある空間も二つくらいと推測。奥に抜け道の有無が気になるが、動きの様子から無いと判断した。
そこまでは問題無かったのだが、ここから手詰まりになってしまった。
「中に人がいるのかいないのか、調べる方法が無いわね」
コトネの言う通り、中に人がいるかいないかで対応も変わってくる。
いないのならば、極端な策としては入り口から「火炎放射」を放って殲滅する。しかし、いるとなれば救助を考慮しなくてはならない。
乱暴な冒険者の場合、仮に人がいたとしても既に死んでいると決めつけ、深く考えずに魔法を放ってしまうことがある。もしもそれで生きていたら、恨みを残して死んでしまうことでアンデッド化してしまう可能性が高い。
アンデッド系にあまり良い記憶が無いシューゴ達は、それを避けるために内部を調べたいのだが調べる手段が無い。
(こういう時にトシキがいないんだもんな)
トシキの「しゅういをしる」ならば、こうした際の調査にも役立つのだが生憎とトシキはいない。
「ごめんね。私の「とおくをみる」じゃ、洞窟の中までは見えなくて……」
「とおくをみる」は基本的に視力の強化のため、木や枝や茂み程度ならその先を見れるが洞窟や建物の壁の向こうまでは見えない。
(こうなったら、突入するか。洞窟内の構造は大体掴めているし、二十体くらいならなんとかなる)
こうした巣を放置しておくと繁殖して数が膨れ上がり、新たな縄張りを確保するために魔物の領域の拡大に繋がりかねない。
実家の領地でそうなることを阻止し、活躍してツグトの気を引く囮としての仕事をこなすためにシューゴは巣への突入を決意した。それを伝えるとシノブは大喜びして剣を構える。
「洞窟内では火の魔法は避けるように。やばくなったら即時撤退。バラバラに分かれないよう、しっかり隊列を組んで維持。シノブは間違っても一人で先走らないように」
注意事項を確認し、隊列の順番を伝える。
先頭は攻撃力のあるシノブ、二番目は前後に指示出しをしやすいのとシノブを止めるようにという理由でシューゴが、最後尾には弓矢を使うアカネとその護衛のためにコトネが付く形で決まった。
巣の中に糸による罠があるとは思えないが、万が一を考慮して「浮遊動盾」をシノブのやや前にも用意しておく。
シノブに持たせておくことも考えたが盾は使い慣れていないからいらないと拒否したため、こうした形を取ることにした。
「最後にもう一つ。シノブは間違っても一人で先走らないように」
「それさっきも言いましたよね! 何で二度も言うんですか!?」
「シノブは間違っても一人で先走らないように」
「また言った!?」
突入前の緊張がこのやり取りで和らぐ。
適度に力が抜けたシューゴ達は、まるで見張りのように洞窟の入り口辺りでうろついている一体のバインドスパイダーをアカネが弓矢で仕留め、そのまま突入。
遭遇するバインドスパイダーをシノブが斬って捨て、討ち漏らしをシューゴが仕留めてアカネが弓矢でフォローする。
どうやら巣の中には糸を張っていないようで、「浮遊動盾」は何にも引っかからずに進んでいく。
やがて通路が直進と左折に分かれている場所に到着する。
「分岐点だ、止まれ!」
シューゴからの声に全員が止まる。
勢い余ったシノブが転びそうになるが、辛うじて堪え切った。
「シノブ、残りのバインドスパイダーは?」
「ちょっと待ってください。「まものをさがす。バインドスパイダー」……直進する方には三匹、左の方には五匹です」
「背後からは?」
「いますけど、全部死亡なので私達が倒したのばかりです」
背後からの襲撃は無いと判明し、シューゴ達は左の方へ進む。
普通ならば数が少ない方を先に倒すべきなのだろうが、そうしている間にもう一方から来た数が多い方に背後から襲撃されるわけにはいかない。
そうした判断から左へ進み、天井も高い広い空間内にいた五体のバインドスパイダーを倒していく。
すると通路の方から這う音が聞こえ、もう一方にいたバインドスパイダー三匹が姿を現した。
それに反応したのはアカネに迫る一匹を倒したコトネ。
「任せて! 「だいちのとげ」!」
通路から出て迫るバインドスパイダー達は、魔法によって地面から突き出て来た棘に貫かれて絶命する。
「これで全部か」
数の上では全てを倒した後、念のためにシノブに調べさせたが生きているバインドスパイダーはいなかった。
「ここは……うっ、どうやら食糧庫のような場所のようだな」
空間内を探っていたシューゴが見つけたのは、バインドスパイダー達の食料となってしまった生物の亡骸。
戦っている時は気づかなかったが、壁際には積み上げられた骨の山と糸に絡められたまま死亡している魔物や冒険者があった。
その中には食べかけだったり、抵抗したため殺されたのか体が変な方向に曲がっていたり、苦悶の表情を浮かべているものもある。
「うぶっ!」
それを直視したアカネは吐き気を催し、端の方へ駆けていって嘔吐する。
シューゴも発見直後は胃の中のものがせり上がる感覚を覚えたが、どうにか飲み込んで堪え切った。
あまり見ていたくないものから視線を外そうとすると、我慢が限界に達したシノブとコトネも端の方へ走って嘔吐した。
魔物は倒してきたが人が死んだ姿を見るのは初めて。しかもかなり凄惨な光景にとても耐えきれなかったようだ。
「しばらく休もう。剥ぎ取りはその後だ」
シューゴの判断に気分が悪そうに頷いた三人は、壁に背を預けて呼吸を整える。
そこへ歩み寄ったシューゴは「収納空間」から人数分の水袋を取り出して手渡す。
「……ありがとう」
水を受け取ったコトネ達は揃って口を濯ぐ。
気分の悪さから顔色は冴えず、すぐには動けそうにはないのが窺える。
シューゴも嘔吐こそ耐えたが気分は悪く、水を少量だけ含んでゆっくり飲んでいく。
「やっぱり、同じ死んでいるのでも魔物と人だと違うんだね」
「そういえば先生も言っていたっけ。形は様々だけど、人の死を目の当たりにするのは冒険者の通過儀礼の一つだって」
まさにそれを実感し、餌になってしまった人々の亡骸が脳裏から離れず気分が冴えない。
休憩はだいぶかかりそうだとシューゴが思って俯いた直後、通路の方から物音が聞こえた気がして顔を上げる。
「? どうかしたの?」
隣に座るコトネから声をかけられたが、じっと通路の方に集中し続ける。
するとまた、何かが蠢くような音が聞こえた。空耳じゃない。そう判断したシューゴは、何が来たのかと思考する。
仮に外に出ていたバインドスパイダーがいたとしても、ついさっき洞窟内にいないのを確認したばかり。さほど俊敏でないバインドスパイダーが、こんなに速くここへ来るとは考えにくい。人だとしたら死んでいる大量のバインドスパイダーを見て、何も喋っていないのは不自然。
だとすると何なのか。それを考えていてある可能性が浮かぶ。直進する通路の奥に「まものをさがす」で探知できていない、バインドスパイダー以外の何かがいたという可能性が。
「っ! 警戒しろ、何かが来る!」
掛け声に反応して全員が水袋を放り、武器を構える。
魔法による攻撃は通路の崩壊に繋がる恐れがあるため通路内へ放つのを避け、通路からこの空間に現れると同時に魔法を放てるように魔力の準備をしながら警戒する。
やがて近づいてくる音が大きくなってくると、コトネ達の表情にも緊張が走る。
バインドスパイダーがこれほど多くいる洞窟において共生する魔物か、または餌にされそうなのをシューゴ達の襲撃により助かって逃げようとしている魔物か人か、または奥に卵があってそこから生まれたバインドスパイダーの幼体か。
どれが来ても対応可能なように構えていると、通路から大きさも形状も人の物ではない手が出てきて壁を掴んだ。
「人じゃ……ない? 魔物!?」
シノブが呟いた通り完全に魔物だと分かり、意識は完全に戦闘へと切り替わる。
何が出てくるのかと身構える四人の前に、それは壁を掴んで手で体を前へ持って行くようにして姿を現した。
「なっ!?」
通路から身を乗り出すようにして現れたそれは、下半身が四本の脚がある蜘蛛、上半身は胸の膨らみを隠すように毛が生えていて蜘蛛の頭部を持った人と似た形状をしている。
こうした一部が人の形状をしている蜘蛛系の魔物は、バインドスパイダーのような蜘蛛の姿そのままな魔物よりも上位種で強い。
「撃てぇ!」
思わぬ魔物の出現に驚いて僅かに反応が遅れながらも魔法攻撃の指示を出し、ハッとしたコトネ達もそれに従う。
「やいばをとばす!」
「しっぷうのや!」
「いかずちつき!」
(疾風刃来!)
剣を振り抜いたシノブの斬撃、アカネの放つ複数の風の矢、雷を纏わせた細剣を突き出して放つコトネの雷撃、そしてシューゴが無詠唱で放った複数の風の刃。それらがほぼ同時に魔物へ迫る。
通路の崩落を避ける為に威力は落としたが、四種の魔法を同時に浴びればそれなりのダメージはあるはず。後は弱ったところを一気に叩く。
そのつもりだったのだが、現れた魔物に驚いて反応が数秒遅れたのが致命的だった。
「――」
声なのか鳴き声なのかよく分からない声を発して右手から放った糸を天井に付着させ、その糸を体内で巻き取っているかのように引いて自身の体を上へ持ち上げた。
魔法は魔物の下を通過し、通路の奥へ命中して轟音を響かせるが今のシューゴ達はそれどころではない。
逆さまになって天井に張り付いた魔物は糸を天井から外し、シューゴ達へ敵意を向けて叫ぶ。
「――! ――!」
何を言っているかは不明だが、同胞を殺されて怒っているのは明らか。
しかしその怒りを向けられているシューゴ達は、予想外の魔物の出現に余裕が無かった。
いつもなら真っ先に飛び掛かるシノブも今は剣を構えて攻撃に備え、コトネとアカネは武器を構えてはいるが微かに膝が震えている。
それに対してシューゴは魔物を観察し、相手がどんな魔物なのかを急ぎ思考していた。
(アラクネにしては上半身に蜘蛛の名残があるし顔は完全に蜘蛛。クイーンスパイダーに酷似しているけど、あれは腕と脚が六本で目が四つあるはず。つまり四本足で目が二つのあいつはクイーンの一つ手前の――)
早口言葉を述べるように外見的特徴を観察し、魔物に関する本を読んだ知識から該当する魔物を思い出す。辿り着いた魔物名は、プリンセススパイダー。
上半身が人型になっている蜘蛛の魔物の中では最弱だが、倒すためには最低でもDランク冒険者が五人は必要な魔物。
急ぎ撤退すべきだとシューゴは判断した。
「あいつを倒すのは難しい、ここはて――」
指示を出す前に怒りを露わにしたプリンセススパイダーが仕掛ける。
逆さまに天井に張り付いたまま、両手から糸の塊を数発放つ。それは途中で蜘蛛の巣のように広がってシューゴ達へ迫る。
「ちいっ!」
思考していたお陰で冷静でいられたシューゴは、咄嗟にそれを回避するがコトネ達はそうはいかなかった。
「このくらい斬って、ぶあっ!」
まだ冷静な方かと思っていたシノブも冷静ではなかったようで、迫り来る粘着性の糸をあろうことか斬ろうとして糸に絡められて壁に磔にされる。
「す、すばやく、あうっ!」
「ひゃあっ!」
膝が震えていたコトネとアカネも同様で、魔法で自身を強化しようとしたコトネは魔法が間に合わず、アカネは逃げようとしたが足がもつれてよろける。そこへ蜘蛛の巣が命中し、二人も壁に磔にされてしまう。
「ちょっ、マジかよ!」
せめてシノブぐらいは回避すると思っていたシューゴは、三人が揃って拘束された現状に動揺を隠せない。
自分がプリンセススパイダーを引き付けている隙に、シノブに二人を救出してもらって撤退。
その計画が崩れたシューゴの選択肢は二つ。
一つは動けない仲間を見捨てて自分一人で撤退する。もう一つは、一人でプリンセススパイダーを倒す。
「――!」
恨みの籠った声を上げながら放たれる糸を回避しながら二つを天秤にかけたシューゴは、捕まって身動きが取れないコトネ達を横目に見た直後に「浮遊動盾」を階段のように出現させて駆け上り、天井近くでプリンセススパイダーと相対する。
彼が選んだのは戦うこと。
生き残ることの重要性はコタロウからも教えられ理解していたが、それ以上に仲間を見捨てるのが嫌だった。だからこそ決断した。逃げて一人だけ生き残るのではなく、戦って全員で生き残る道を。
「勝負だ、蜘蛛女!」
格上相手に勝つため、洞窟の崩落を心配して威力を抑えていた魔法も全開でいく。
そう決めたシューゴは両手に持った短剣を構え、乗っている「浮遊動盾」をプリンセススパイダーへ向けて動くよう操作する。
迎え撃つかのようにプリンセススパイダーも鋭い指先を揃え、逆さまのまま天井を這って移動する。
やがて、接近した双方が繰り出す短剣と鋭い指先が甲高い音を立てて衝突した。




