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四文字で魔法を創造して  作者: 斗樹 稼多利
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プロローグ


 昔の中国風の建造物と服装をした人々が生活しているチージア帝国。

 その領土にある漁業と交易が盛んな港町のある海と、採取物と野生動物が多く存在する山に挟まれた町の名は、領主の姓をそのまま付けたカタギリタウン。

 周辺にあるいくつかの村や集落、小さな町を含めた領地を運営しているのは、普段は代官に領地運営を任せて帝都で仕事をしているショウマ・カタギリ子爵。

 彼には三人の妻と子供が五男一女いて、領地へ向かう際には妻一人とその間に生まれた子供を順番に連れて行っている。

 今回は第三夫人と、その間に生まれた四男と五男を連れて来ていた。


「ふんふん」


 その四男であるシューゴ・カタギリは屋敷に着くやいなや書庫に突入して、鼻歌を歌いながら本を読み漁っていた。

 父親は到着早々に代官と打ち合わせを始め、母親は疲れてしまった五男と部屋で休んでいる。

 特に疲れておらず、打ち合わせに参加する必要も無い五歳児の彼は、到着早々に趣味の読書をしていた。

 普段住んでいる帝都の屋敷でも暇があれば本を読み漁り、部屋や書庫で本を読んだまま寝落ちして使用人や父から注意された回数は、両手どころか両足の指を足しても足りないほど

 この日も例に漏れず読書に耽り、夕食の頃に使用人が探しに来るまで本を読み続けた。


 翌日、シューゴは屋敷の外に本を持ち出して読書をすることにした。

 たまには外に出ろと言った父としては、外に出て遊べと言ったつもりなのだが、シューゴの脳内では外に出れば本を読んでいてもいいに変換されてしまった。

 その姿を見た使用人が報告した際、各組合との会合に出席する準備中だった父親が溜め息を吐き、頭を抱えたのは言うまでもない。

 屋敷の裏にある雑木林の中。何冊もの本を詰め込んだリュックを背負って歩くシューゴは、ちょうどいい木の根に腰を下ろして本を読んでいく。

 本に集中するシューゴはまるで周囲の景色に溶け込んでいるかのようで、付近を通った小型の野生動物も彼をチラリと見ただけで去っていく。

 そんな彼に意図的に近づく人物がいる。


「こんな所でまで読書とは、君は本が好きなのかな?」


 突如かけられた声にハッとして顔を上げると、そこには外套を纏って杖を持った人の老人が、髭を撫でながら穏やかな笑みを浮かべていた。


「うん、大好き」


 目を輝かせて満面の笑みを見せるシューゴに老人は数回頷き、外套を広げて肩に掛けている鞄を開ける。


「よければこの本を君にあげよう。わしにはもう無用の物じゃからな」


 差し出されたのは数冊の分厚い本。

 それはシューゴにとっては宝の山のように見えた。


「いいのっ!?」

「ああ、いいとも」


 満面の笑みを浮かべたシューゴはそれを受け取り、一番上の本を手に取って開く。

 ところが途端に怪訝な表情を浮かべる。

 次々にページをめくっていっても表情は冴えず、やがて残念そうな表情を浮かべて老人に告げる。


「お爺ちゃん、この文字読めない」


 書かれているのはシューゴが知らない文字ばかり。

 せっかくの宝の山も、読めなければ何の意味も無い。


「ふぉっふぉっふぉっ。当然じゃ。それはな、わしの一族の間にだけ伝わる文字なのじゃ」

「じゃあ、読み方教えて」

「ああ、いいとも。じゃが生憎わしも暇ではなくてな、魔法でこの文字に関する知識を君にあげよう」


 そう言ってシューゴの頭に手を乗せると、淡い光が老人の手を包む。

 笑みを浮かべた老人の発動した魔法は、老人の頭の中にある文字の知識をシューゴへと写す。

 一度に大量の情報が流れ込んだことでシューゴは少し頭痛を覚えるが、それも僅かな時間だけ。

 痛みはすぐに治まり、次の瞬間には新しい文字を覚えたことに笑みを零し、さっきは読めなかった本を読んでいく。


「読める。読めるよ! 凄いやこの本、知らない言葉がたくさんあって、その意味が書いてある」


 見たことも無いその文字は、たった一文字でも数文字分の読みを持っており、それらを組み合わせたことで作り出した多くの言葉の意味が書き記されていた。

 それを読んでいくシューゴの表情は驚きに満ち、目だけでなく表情そのものが輝いて見える。


「ふぉっふぉっふぉっ。その本にはな、わしの一族に伝わる言葉の意味を全て記してあるのじゃ」

「この本全部に!?」

「生憎と全部の本がそうではない。そっちの本には、一族に伝わる全ての文字の読み方と参考までの言葉を記してある」


 指摘された別の本を開いてみると、老人の言う通り無数の文字が並び、その文字の一つ一つが持つ複数の読み方が記されていた。


「ねえ、本当にいいの? こんな物もらっても」

「いいとも。じゃが一つだけ言っておく。さっきの魔法の影響で、お主はこの文字と言葉の内容を誰かに伝えることができんのじゃ」

「ふうん」


 それがどういう意味か分からず、また深く気にしない辺りはまだ五歳児だった。

 同時に、なんか自分だけの秘密っぽくてカッコイイと思っていたりする。

 貴族であっても読書が趣味であっても、やはり男の子はそういうのに憧れるものである。


「それはきっと、お主の将来の役に立つ。しっかり読んでおくんじゃぞ」

「うん!」


 最後に老人はシューゴの頭を一撫ですると、笑いながら去って行く。

 その背中を最後まで見届けることはせず、もうお別れは済んだとばかりにシューゴの目は本へと向いていた。

 爛々とした目でそれを読む姿を振り向いて確認した老人は、一瞬でその場から消える。

 次に彼が出現したのは、白一色が広がる空間にある泉の傍ら。


「お帰りなさいませ」

「うむ、戻ったぞ」


 老人の帰りを待っていた白い服を纏った女性が一礼し、老人から外套と杖と鞄を受け取る。

 外套の下に纏っていた上着を脱ぐと、その下から女性と同じ白い服が現れる。


「留守中に変わった事はあったか?」

「何事も無く……ああいえ、訂正します。あの神代行の処罰が執行され、神権を剥奪の上、記憶を消去して不幸なだけの人生十週が始まりました」


 受け取った外套と杖を片付けながら女性が告げた内容に、老人――神は妥当な処罰かと呟く。


「全くバカな奴だった。ミスを隠そうとせず、正直に報告して適切な対応をしていれば、下級神への降格で済んだものを」


 残念そうにため息を吐いた神は、泉に映るシューゴの様子を見ながらかつての出来事を思い出す。


 ****


 事の起こりは六年前。

 全てを統率する神が、新たに神界で働く者達の研修で挨拶をするにあたり、いずれは自身の後継者にと考えていた将来有望な補佐の一人に留守中の代行を頼んだ。

 ところが、その代行を頼まれた男は大きなミスを犯してしまう。

 本来ならばまだ死ぬ予定ではない人物を、誤って死亡させてしまったのである。

 通常ならばこうした場合、魂が輪廻転生する前にそれを回収して対象者へ謝罪し、次の人生で多少優遇した人生を歩めるように説明と手配をして同じ世界へ輪廻転生させ、最後に神や他の補佐達に報告をして処分を受ける。

 ところが彼は今回のミスによって、これまでに積み上げてきたキャリアに傷が付くのを恐れた。

 魔法や生命といった一部の事柄にしか関われない下級神から、下級神の管理を任される中級神、そして複数ある世界の一つを任される上級神にまで昇進して、遂には次期神候補として選ばれた証である神補佐の地位を得た。

 ところが今回のミスは、下級神への降格を免れない類のミス。


(ここでミスが発覚すれば、また一からやり直しになってしまう)


 おまけに、こうしたミスは降格後の再昇進に影響が出る。

 その事に恐怖心を覚えた彼は、ミスをした場合の対応どころか報告も謝罪もせず、やってはならない行為に走ってしまう。


 隠蔽工作


 彼は死なせてしまった人物を、自分が管理を任されている世界で死んだ事にして、この事実を隠そうと考えた。そのために魂を自身の管理する別世界へと密かに移動させ、新たな命として輪廻転生させた。

 そして書類をねつ造し、あたかもミスが無かった事にした。ところが、慌てていたために重要なことを忘れていた。

 どのような形であれ魂が別世界へ移動した場合、異世界転生転移管理局によって記録を取られていることに。


「すまない。地球が存在する世界の管理をさせている上級神を呼んでくれ」


 戻って来た神が留守中の書類を確認している最中、異世界転生転移管理局から二つの世界間における魂の移動に関する書類を発見した。

 数年に一回はあるのでこれ自体は珍しくはないものの、両世界から提出されているはずの書類が全く無いことを不思議に思い、秘書に命じて魂が元々いた世界側――地球を管理する上級神を呼び出させて書類の事を尋ねた。

 勿論、その上級神が異世界転生の件など知るはずがない。

 対象の魂は代行者が自分の管理する世界で死んだ事にして、魂の移動など無い事にしようとしていたのだから。


「そのような事など私は知りませんし、部下からも報告を聞いていません」


 これを切っ掛けに地球の生命を担当する下級神と死を担当する下級神、彼らの上司の中級神も呼び出され聞き取りを受けたが、異世界への魂の移動の話など身に覚えがあるはずがなく、誰もが首を傾げるばかり。

 しかも詳しく書類を見直してみると、その魂は代行を頼んだ者の世界で死亡し、輪廻転生した事になっている。

 怪しいと判断した神は神界警察へ連絡を取り、虚偽を見抜く力を持つ人物を派遣してもらい留守中の書類を確認してもらった。


「神様、これらの書類は全て捏造されたものです。この魂は送られた先の世界の住人ではなく地球の住人で、それも正当な理由で亡くなったのではありません」


 こうして留守中の不正が発覚。

 代行を頼んでいた神補佐は拘束され、裁判にかけられることになった。

 しかし困ったのは、既に輪廻転生されてしまった魂の扱いだった。

 魂の状態ならば、回収してお詫びも込めて通常より好待遇の人生を送れるよう手配すれば済むのだが、既に一つの命として母体に宿ってしまった以上はどうにもできない。


「こうなった以上、わしらが彼にできることはほとんど無いな」


 この事件に関する緊急会議で神はそう発言した。

 魂の状態の頃に干渉するならまだしも、母体に宿ってしまった後では、ちょっとした幸運程度しか与えることができない。

 それはこの場にいる誰もが理解している。


「同意します。それと一つ報告があります。先々代の神様の頃にも似たような事例が起き、その際に定められた規則を見つけました」

「ほう。それは?」

「我らの至らなさで粗雑に扱ってしまった魂の持ち主に、前世で持っていた知識を一つだけ思い出させることとする、です」


 この規則を定めた先々代の神は、今回と同じく部下の不正で別世界へ輪廻転生させられた魂に対し、食文化が遅れているからという理由で調理に関する知識を神託として授け、その人物に思い出させた。

 後にこの人物は食王とまで呼ばれ、世界一の料理人として名をはせたと記録されている。


「では今回もそれに則り、彼に知識を思い出させよう」

「しかし、何の知識にしますか?」


 なにせ思い出させることができる知識は一つだけ。慎重に選ばなければ、自分達が幸福になるように手を回しても無意味になりかねない。

 どうしようかと腕を組んで悩む中、転生先の世界で魔法を司る下級神の女性が小さく挙手する。


「あ、あの……提案があるのですが」

「なんだね、言ってみなさい」

「はい。私達が管理している世界の魔法が独特なのはご存知かと思いますが、そのために役立つ知識が一つだけあります。それは――」


 魔法神が説明する内容を聞き、全員の表情が明るいものになっていく。


「なるほど、それがあったか」

「それに確か彼に与えられたのは……うん、いいじゃないですか。これなら彼のためになる」


 全員が賛成する雰囲気に神は頷き、魔法神の提案で決定する旨を下す。

 彼らはさらに話し合いを重ね、知識を思い出させるためにはある程度育ってからでないと脳が受け付けないため、五歳ぐらいになったら思い出させることに決定。

 ただ、神が直接やると言うとさすがに反対が出た。しかし神は、自分があの補佐に代行を頼んだ者のせいでこんな騒ぎになったのだから、自分が責任を持って執行するのは当然と主張。最終的にそれは受け入れられ、会議は終了した。


 ****


 あれから月日は流れ、誤った輪廻転生をさせられた大学生の片桐修吾は、異世界で奇しくも同姓同名のシューゴ・カタギリとして生を受けた。

 そして五歳になるのを待って、ようやく訪れた接触の機会を利用して前世の知識の一つを思い出させた。


「しかし良かったのですか? 知識だけでなく、あんな物まで渡してしまって」

「あれくらいの物なら問題無いさ。お詫びの品としてのちょっとしたオマケだ。それに、他人には伝えられないよう細工はしておいた」

「そうですか。ちなみに、こっそり身体能力と魔法力を底上げしたのもオマケですか?」


 内密にやったことを指摘され、明後日の方向を向いて黙り込む神に秘書の女性は図星かと判断する。


「まあ別にいいですけど。底上げと言っても三割増しくらいですし、本来なら本人の望む人生を歩めるようにしていたのですから、それくらいは問題無いでしょう」

「そ、そうじゃろう!」

「ですが、黙ってやったのはいただけませんね。後で始末書をお願いします」

「……分かったわい」


 いじけた表情と口調で返事をした神は、シューゴの右手の甲を拡大して泉に映した。

 そこには向こうの世界の住人なら誰にでもある、地球ではローマ数字に当たる記号が浮かんでおり、シューゴの右手には四という数字が浮かんでいる。


(本当ならその数字を弄ってやりたかったが、こればかりは干渉できんのでな。だから代わりに、その知識と本を有効活用しなさい)


 最後に嬉々として本を読む表情のシューゴを見た神は、秘書に促されて仕事へと戻る。

 指を鳴らして泉に映る光景を消す最中、神が渡した数冊の本のうち三冊の背表紙が映った。

 そこには国語辞典、広辞苑、漢字辞典と日本語で書かれていた。


(そのために、日本語に関する知識を思い出させたのだからな)


 シューゴ・カタギリ。

 前世は文系の大学で日本語研究に関するゼミに所属していた大学生、片桐修吾は漢字検定一級だったという点から導き出した今回の処置。

 彼は自分が異世界へ転生したことも、日本語の知識が前世のものとも、申し訳ない気持ちの神々に見守られているとも知らず、ただ目の前に積み重ねられた辞書を好奇心のまま読んでいた。


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