将武その4「兄の目指した道」
『余を穿くのだ、千代子よ!!』
金色に光り千代子を守った兄のトランクスは徳川 家康と名乗り、千代子の心に響く声で自分を穿けと言ってきた。
これが将武パンツ、榊原 村正へ対抗出来る武器。兄が託したトランクスは、葵 竹康として戦うための武器だったのだ。しかし……
「し、喋った……パンツが喋った!!」
当たり前の反応だ。いま現在、鼓帝架というパンツとは決して言えないモノを見てしまったせいでもう驚かないとは思ったが、しかしパンツが話しかけてきて、しかも自分にしか聞こえぬ声で、
自分の名前を言いながら『穿け』と言ってくるのだから驚かない方が難しいのである。
「やっぱりタケちゃんも将武を持ってたのね……しかもその将気…イイわ…相当すっごい力を隠してる。燃えるわぁ…!でもがっかりよタケちゃん……将武を穿かずにこの学校で安全にいられると思ってるのかしらァ?アタシら将武使いにとって、将武を身に付けずにいるのは銃弾が飛び交う戦場で裸でいるのにも等しい……平和ボケしちゃったのねぇ。」
榊原は如意棒の如くその長く伸びた鼓帝架『榊原 康政』を縮め、30センチほどの長さまで収めながら落胆のため息をつく。そして、尚更鋭さを増した戦意に満ち満ちた瞳を千代子へ向けて、宣言する。
「そしてアタシはそんなあんたを逝かせなきゃ気が済まないわ!いやなら穿いて……アタシと戦うのよぉッ!!」
再び空気を突き上げ貫くような音と共に鼓帝架を伸ばして襲ってくる榊原。今度は、千代子の身体が動いた!!
「きゃぁあっ!?」
反射的に階段へと飛んだ千代子。思わず素の声が上がり、冷や汗が背筋に伝う。手にはトランクスが握られていた。
兄に付き合わされていたヒーローごっこと、二重生活で女子校舎、男子校舎を行き来してきた事によって鍛えられた運動神経が、ここに来て役に立つ。逃げなきゃ。当たったらやられる……!千代子は校庭へと足を早め走っていると、トランクスがまた話しかけてきた。
『何をしておるか!!敵に背を向けるなど……!はやく余を穿いて戦うのだ、それがお主の兄……竹康の望みぞ!!』
竹康。このトランクスは、徳川 家康は
兄の名前を言った。兄を知っている。ならば…
「お兄ちゃんを知ってるの…!?いまどこにいるの!?なにしてるのっ!?」
『それは言えぬ、だがいまは逃げるときではない。余を穿き、彼奴を打ち倒すのだ!!』
「やだよ!喧嘩なんて全然したことないし…!!お兄ちゃんの使用済みで、喋るパンツなんて穿きたくない!!」
ただでさえ、変態と言うしかない見た目の榊原に追い回されていて恐ろしいのに。
挙句の果てには兄のトランクスが「穿け」なんて、近頃見る夢と同じ事を言うのだからたまったものではない。
「逃がさないわよォタケちゃァん!!女の子みたいな声もカワイイけど……もっとアタシを昂らせてくれなきゃ面白くないじゃないのよぉ!」
追いつかれ、後ろから榊原は自身の鼓帝架を振り回し廊下の備品を、窓ガラスをバラしていく。割れたガラスは剣豪が切ったかのようで、『解体屋のバラ』という異名を物語っていた。
榊原の攻撃を走りながら、振り向かずに避けていく千代子。時折突き出してきた鼓帝架を走り高跳びのように華麗に跳んで、次々にかわしていく。
将武・徳川 家康はそんな千代子の身のこなしに驚くも、やはり彼女を叱咤した。
『逃げてばかりでは彼奴を退けぬぞ千代子!!』
「ならどうしろって……!!」
『余を…!』
「それは絶対にいやだ!」
漸く昇降口が近づき、千代子の表情に安堵が混ざる。早く、早く、はやくはやくこの物凄い竜巻のような風から逃げて……
竜巻のような、風……?
それは迫り来る榊原から吹き乱れていた。榊原 村正の鼓帝架を中心に紫の将気と、小規模の台風のように旋風が巻き上がる。
「これは避けさせないわよ…!!絶頂してあげる!!」
まずい、あれを食らったら……確実に!!
「風語・銃卍獄ッ!!!!!!!」
旋風と共に鼓帝架が大砲を撃つかのような音を伴いながら一直線に襲いかかり、昇降口のガラス戸と、校庭の砂を巻き上げ圧倒的なる破壊空間を齎し、校庭はまるで恐竜が尾を叩きつけたかのように、地面が抉れていた。
「勝負ありね……って、いない…逃げ切ったと思ってるだろうけど……ウフフ…感じやすいのよ、アタシの将武は…見つけてあげるんだから、タケちゃん。」
榊原の攻撃を振り切り、千代子は体育倉庫へ息を切らしながら逃げ込んで、鍵を内側からかけた。部活を終えた運動部が鍵をかけ忘れたのか、運良く駆け込み、隠れることが出来た千代子は切らした息を整えながら、膝を着いた。
「た、助かった…ここでやり過ごそう……」
『無駄だ、将武同士は引かれ合う。直にここがバレて、今度こそやられるぞ。この狭い場所であのような技を食らっては無事では済むまいて。』
ここもすぐにバレて、あんな恐ろしい技を受けて、そんなことしたら確実に千代子は吹っ飛ばされる。病院送りだろうか……そんなことになったら、自分が千代子だということもバレて、兄が築いた不良としての道も折ることになる。きっと、そんなことになったら…
「……やだよ。……そんなのやだ。」
お兄ちゃん、助けて。
膝を抱え、泣いた。逃げることなんてできない。勝ち目のない喧嘩に降参して、こんな二重生活からも逃げてしまいたいのに、いざそうしようとしても、身体が言うことを聞かないのだ。
『兄の竹康は、逃げずに立ち向かう筈だぞ。』
追い打ちをかける家康の言葉。
「私はお兄ちゃんじゃないもんッ!!…私、喧嘩なんか全然したことないし…あんな怖い3年の先輩…勝てるわけないよ…」
『ならば千代子、なぜお主は竹康としてここにいる?』
「……なぜって」
兄はヒーローになると胸を張って言い続けた。なのに不良となって、挙句にいなくなってしまった。それでも、いつか帰ってくると信じていて、千代子は竹康としての学校生活を愚痴を言いながらも、今日まで守ってきた。
ヒーローになると言ってきた竹康は、なぜ不良になってからもあんなに輝いていたのだろう?
知りたかった。竹康がどうしてこの道を選んだのか。竹康の目指したヒーローとは、どんなものなのか。幼い頃からの夢を語り続けた兄。
一番、自分の近くにいたヒーローの見た目を真似れば、いつかわかるんじゃないかって。
そう信じて……
自分は、兄ではない。
兄でなければ戦わなくてもいいのか。違う。
兄でなければ逃げていいのか。違う。
兄がいなければ、自分すらも守れないのか。
違う。
葵 千代子は、葵 千代子にしか助けられない。
「ねえ、家康さん……お兄ちゃん、どうして不良なんかになっちゃったの?」
立ち上がって、ベルトを外しながら…千代子は家康に問いかける。
その問いに、家康はこう言った。
『人がなぜパンツを穿くのかと同じ質問だ……。大切なモノを、守る為だよ。』
――。
――――。
轟音と共に一角獣に打ち破られた体育倉庫の扉。
榊原が扉を破壊したのだ。旋風を纏う鼓帝架は凶悪に反り立ち、横一文字に真っ二つにした扉を貫き崩す。
「隠れんぼはもうおしまいよォタケちゃん。それとも、負けを認めて金ピカ将武パンツ共々降参なんてするんじゃ………あぁ?」
榊原の眼前に映るのは、黄金。逆立って金色に煌めく髪と、揺らめく黒の長ラン。
体育倉庫を照らす、眩き光。
凛と射抜く、蒼の眼差し。そして…
腰に輝く東照の如き、紅の葵紋ッ!!
『葵の卍所、ここに来たれりッ!!!!』
高らかに声をあげる将武・徳川家康。
そう、葵 千代子は、遂に……穿いた!!!
「おっ立ててるんじゃあねぇぞサカリバラ……本気は、ここからだッ!!!!」
漲る勇気。溢れ出す闘志は黄金に!!
――いざ、尋常に将武ッ!!!!!
「イイ……イイわ、イイわぁ!!ムェラムェラと、燃えてきたわァッ!!!」
純白の下衣が鼓帝架に集中する旋風と鎌鼬と共に刻まれ、腰まで破けた下衣もそのままに榊原はその将武を曝け出す。
彼も本気の必殺技を繰り出すつもりだ。
千代子は黄金の将気を右手に集中させ、凝縮させる。本気の一撃を、今こそ解体屋に!!
「風語・銃卍獄ゥッ!!!!」
吹き荒ぶ破壊の紫旋風。強大なる於亀の一撃は、白き真空に射抜かれた。
将武・榊原 康政の先端にめり込む右の拳。それは鉄をも貫くほど硬き鼓帝架を打ち砕き、
真空の衝撃波は榊原 村正を、体育倉庫もろとも吹っ飛ばす!!!
そして唸る葵の必殺拳、叫べ、その名は!!
「魅流苦風槍ッ!!!!!!!!!!」
轟音と、爆風と、腹が捻れる感覚とともに榊原 村正は吹き飛んだ。腸が内側で捻転する痛みに、恍惚として笑いながら。
「(嗚呼ッ!!!これよこれ……!!!実に燃え…燃え………ッえ?)」
薄れる意識。決した敗北。硬い地面と砂の香り。砕け折れた鼓帝架。
倒れた榊原に、生徒が駆け寄る。
「いったいなんの騒ぎだ!?」
「榊原だ!!3年の榊原 村正が倒れてるぞ!!」
「体育倉庫も粉々だ!!!」
騒ぎの中に、葵 千代子の姿はもうなかった。
目を覚ました榊原は、保健室のベッドに仰向けになっていた。気を失っていたのか…彼は砕けた鼓帝架を見る。修復ならば問題無い。体力と、将武の布が残っていればいいのだ。
「……口では、ああ言ったけれど…なぜかしらね。燃え『滾らなかった』。」
燃えたけれど、燃え滾らなかった。
葵 竹康に感じた違和感が、眉間に皺を寄らせる。
気を落ち着かせる為、榊原は胸ポケットにしまっていた煙草とライターを取り出そうとして、やめた。
確かめなくてはならない。
この違和感の正体を……。
保健室のドアを、榊原の舎弟が開けた。
破けた白ランの下衣のスペアを持ってこさせたのだ。
自分を気遣う舎弟の顔を見遣り、ニィ……と頬を緩ませて笑う。1時間ほど経過し、衣服を乱した舎弟を一人残して、榊原は保健室を後にした。
立ち入り禁止の黄色のテープで囲われた片付けの終わっていない体育倉庫の残骸の前に、彼は立った。あの黄金の将武パンツ…あの力ならば……『あの男』も。
ふと、散らばった残骸の片隅に落ちた『それ』が気になって、榊原は拾い上げた。それは、女子の生徒証。
榊原 村正は、星の瞬く夜空の下で意味深に微笑むとその名を口にした。
「1年…葵 千代子……ねぇ。」
榊原 村正、敗北――。
次回も尋常に、将武!!!!
榊原 康政の幼名は於亀、あるいは亀丸だったそうな……
榊原なくして、学パン!!はありません。次回も登場すると思いますが、次回はギャグ多めに行きます。
乞うご期待!!