将武その2「解体屋、推参!!」
東乱楠高校は、男子校舎と女子校舎に分かれており、ヤンキー、所謂…不良たちが大半を占めるこの高校では、女子は女子校舎で授業を受けている。
いま居るのは男子校舎、時間は昼休み。
屋上で安らげる唯一の時間。
今日もお昼は大好物、黒ごまつぶあんぱん!
ああ、我が家の味……
あおいベーカリーの自家製もちもち生地に、
ちょんちょんと乗った黒ごま…焼きたてを朝に食べたけど、ちょっと冷めてもこのもちもち感。ほっくり甘い小豆の味をじっくり堪能できるこの時間…ああ幸せ!
「タケの学ランには慣れたか?チヨ」
幼なじみの男子と、今日は二人きり。
「ぜんぜんだよ、カッちゃん」
三河 忠勝。彼は兄と、千代子を知る数少ないこの高校の生徒で、2年生。
私は小さい頃、よく遊んでもらっていた。
小学六年生までは、パン好きが行き過ぎて、時折パンをオカズにご飯を食べようとしては注意されて、彼のおかげで矯正されたのだった。
今は両親が仕事の関係で海外にいて、祖父母の古本屋を手伝って暮らしてる。ヤンキーではないけれど、不良たちからは『本屋の忠勝』なんて呼ばれて一目置かれている。
「いつまでこんなこと、続けなきゃいけないのかなぁ…」
「さあな。でも、タケのことだ。ワケもなしにチヨにこんなこと任せたりしないだろ。不安なのは分かるが、オレもフォローするからさ。そうクヨクヨすんなよ」
忠勝の言葉が染み渡る。あんぱんをかじりながら、私はそんな彼の優しさに甘えて、不安と愚痴を零し始めた。
「この前の桶狭間高校の時も、結局座ってるだけだったし……いやそりゃ、喧嘩なんてそんな好き好んでしたくないよ?…でもさぁ…この先そういうのが増えてって、殴ったり、蹴ったりとかが普通になるって思うとなんだかなぁ…」
忠勝は飲んでいたお茶のパックを萎ませたり、膨らませたりしながら私の愚痴を聞いている。時々うんうん、と頷いてるのを見ると、ついつい止まらなくなってしまう。
「お兄ちゃん、なんで不良なんかになっちゃったんだろう。しかもすごい有名な不良なんだよ?ずっとヒーローになるんだーって言ってたじゃん?…今頃どこで何してるのかなぁ。お兄ちゃん帰ってくるまで、不良やっていられるかほんとに不安だよ……」
「たっ、大変だぜタケの兄貴ィ!!」
「聞いてくだせぇタケの兄貴ッッ!!」
舎弟の宇佐見 兵吉と樺地 正男。騒々しく現れた2人組の1年生が、屋上で昼休みを過ごす千代子の前に現れた。
2人は現在の竹康…もとい千代子が入学し、竹康としての二重生活1日目に絡んできて、そして舎弟になった。喧嘩慣れしていない千代子がなぜ2人に勝てたのかと言うと…
「……メシ時は屋上入ってくるんじゃねぇッつったろうがァァ!!!」
激昴する竹康の姿をした千代子は、樺地と宇佐見に襲いかかる。
そう……樺地と宇佐見は入学とともに葵 竹康を倒し、名をあげようと絡んだはいいが…
タイミングが悪かったのだ。食事を邪魔される事を酷く嫌う千代子が買った多量のあんぱんの入った袋を蹴飛ばし、逆鱗に触れてしまいボコボコにされたのである。そして舎弟となって、今に至るという事だ。
「あー……こりゃ大丈夫だなチヨ」
何も心配ないな、と忠勝は食べ終わった弁当の箱のフタをしめた。
「「ひゅ……ひゅみまひぇんタケの兄貴…」」
殴られて真っ赤に両頬と鼻を腫らした、愛と勇気を友とする戦士のような顔になった宇佐見と樺地。宇佐見は屋上の床にリーゼントを、樺地はデコをつけて土下座をする。
「……で、何が大変なんだって?」
顔上げろ、と2人に促しながら、竹康としての口調で話題を振った。
まず初めに口を開いたのは樺地。
「やべぇっすよ兄貴…その、宇佐見と連れションしてる途中で聞きかじったんスけど、近々、兄貴のもとに『解体屋のバラ』が来るそうですぜ。」
「バラ?」
小首をかしげる千代子を見て、宇佐見が顔を上げた。
「榊原 村正、3年をまとめてる番長ッス!!」
榊原村正、通称『解体屋のバラ』。彼が暴れた場所では、散乱したモノや、敗北した不良たちの衣服が綺麗に、機械で切断されたようにバラバラにされている事がその異名の由来となっている。
忠勝の知る限りでは、元総番長の織田 忠光が服役してからというものの、竹康とも友好的な関係ではあったが、この様子だと、ただ事ではないだろう。情報が必要だ。
「ああ、3年の先輩か。榊原 村正…でも一体どうしてタケのところに来るんだよ?」
忠勝がそう尋ねると、2人は話を続けた。
「先日の桶高へのカチコミで話があるそうで…」
「野郎、桶高の時は全く手を貸さなかったくせに急に……きっと兄貴をぶっ倒して名をあげようと調子付いてるんですぜきっと!」
「そうだとしたらタケの兄貴、早速ぶっ飛ばしに行きやしょう!!先手必勝ってやつっすよ!」
宇佐見と樺地が、竹康を奮い立たせようとするが…中身は千代子。喧嘩慣れしていない中で、しかも相手は3年の先輩。流石にまずいだろうと忠勝がフォローに入ろうとするが
「そう事を急くこともないだろ。向こうからくるってんなら、話は早い。迎え撃って、返り討ちにするまでだ」
まだ聞きかじった程度。ならば落ち着いて対処するのがいい。千代子なりに考えたはいいが…返り討ちとは、その自信はどこから来るのだろう。
しかし2人はそれで納得したのだろう。感激の視線を千代子に向けていた。
「さ、流石タケの兄貴だぜ!!突っ込むだけじゃない!!」
「織田が服役中の今、東乱楠のアタマはタケの兄貴しかいねぇ!!将武パンツ持ちだろうが返り討ちだ!桶高のときみてぇに、どっかり構ええてくだせぇ!タケの兄貴!!」
そう言って2人は屋上を後にして、忠勝が開けっ放しの屋上のドアをしめた。
「カッちゃん、将武パンツって?」
千代子の首がまた傾いた。そこに忠勝が早速補足をする。
「歴史に名を刻んだ武将の魂を込めた下着のことだ。陰陽師の安倍さんが鬼を褌に封じたのが始まりで、戦国時代の終わりまで続いたんだよ。榊原先輩はたしか……『榊原 康政』。」
「……なんで褌なんかに?」
「御札足りなくなっちゃったから」
話についていけない千代子に、忠勝が補足をして、続けた。
「御札が足りなくなって、自分の褌を使ったんだけど…その鬼の魂を封じ込めた褌を穿いたとき、陰陽師の安倍さんはこう言ったんだ。『すごく漲る!』って。それが、将武パンツの歴史の始まり。そこから各国の猛将たちはその言い伝えを信じて、自分の褌に血文字で家紋を描いて、次世代にその褌を受け継いできたんだよ」
「その榊原って先輩がそれを持ってるって言うこと?」
「そう。将武を穿いた人は、物凄い力を持ってるんだ。チヨ、返り討ちにするって言ってたけど……なにか対策は?」
「…………ううう…たすけてカッちゃん……」
「その場のノリでか…助けてやりたいけど、今日はオレも用事があってさ。婆ちゃんたちの仕事手伝わないと。ごめんな。」
半泣きで助けを求める千代子に、忠勝は手を合わせて断ってしまう。こうしている間にも榊原は自分を探しているだろう…だが、言ったからには迎え撃つしかないのだが……
「…お兄ちゃんが運良く帰って来てくれたり…しないよなぁ」
ヒーローになるって言ったくせに。妹が辛い時に来ないなんて……千代子はため息をついて、晴れた空を見上げた。
――。
ところ変わって、1年生の教室が並ぶ廊下。
宇佐見と樺地は声高々に話していた。
「タケの兄貴はああ言ったけどよ…その『解体屋のバラ』をオレたちふたりで倒せば、めっちゃ褒められるんじゃあねぇか?」
樺地はそんな提案を宇佐見に持ちかけた。
「そいつぁいい案だな樺地!ほかの連中も集めてフクロにしてやりゃいいんだ!そうすりゃ大手柄もとれるし、タケの兄貴も功績を認めてくれるはずだぜ!」
「葵 竹康の懐刀に宇佐見と樺地あり!ってな!」
「「打倒!榊原 村正だぜ!!」」
そう意気込む宇佐見と樺地。2人に迫る者に気付かぬまま高らかに笑っていると……
「あら、アタシが……なんだって?」
2人にかけられた、その言葉。振り向いた宇佐見と、樺地。そして響き渡る、野太い悲鳴。
「「アッーーーーーー!!!!!!!」」
ズボンも、パンツも……自慢のリーゼントも切り刻まれた見るも無残な2人。その2人を見下ろし、妖しく笑う白ランを着た男。艶やかな跳ね髪をかきあげて、女性的に、口元を吊り上げながら、笑う。
「待ってなさい、タケちゃん…いまのアタシは…ビンビンと燃え滾ってるんだから」
3年、榊原 村正、突入!!!