08. バルドのトラウマ
「はい、おまたせしました~! どうぞお召し上がりくださーい! こちら牡丹餅と緑茶になりまーす!」
草の香りを漂わせる緑色の茶は良いとして、問題は木の皿に乗せられた包みの中身であった。包みを開けると現れたのは、ぼてっとした黒い物体。
これは見るからに、アレだった。
「「「……馬糞?」」」
「ちょっと! 思ってても言わないでよ!!」
「食えるの……か?」
「あはは。ポル姐も始めて作った時同じ事言ってました! でも匂いしないでしょ?」
マリールは笑い飛ばすが、匂いはしなくとも見た目が馬糞にしか見えない。『異界の迷い子』が出す珍しい物食べ物を楽しみにしていた男達は、こぞって楽しみにしていた事を後悔した。
「イヤ……。ちょっと、これは、ねぇ?」
「ぐうっ……」
「俺なんか急に用事思い出した!」
「あ! 俺も俺も!!」
「俺も!」
逃げようとするホビット達を他所に、マリールは「いただきまーす」と手を合わせた。それから嬉しそうに、木で出来た匙で馬糞を一口大に切り分ける。割った馬糞の中身は、大半が白くて細かい粒々とした塊で占められていて、でこぼことした黒い部分は外側だけであった。
白くてつぶつぶ。
これは見るからに、アレだった。
「「「……幼虫?」」」
「ちょっと! 言わないでって言ってるでしょ!!」
「虫を……食うのか……?」
「あはははは! ポル姐と全く同じリアクション!! も~違いますよ。麦に似たような、立派な穀物ですってば」
そう言いながら、マリールは満面の笑顔でバルドの口元に匙を運ぶ。
「!?」
「結婚したら甘いものを二人で切り分けて、お互いに食べさせるというのがあるんです。ケーキ入刀はいつか結婚式が出来た時にしたいな~なんて!」
「きゃっ」と、赤くなる頬を隠すように開いている手で片頬を隠しながら、マリールは自分で言った言葉に照れて悶えた。だが、悶えつつも匙を持った手は、しっかりとバルドの口元にぐいぐいと押し付けている。
バルドは今、ぶ厚い唇を引き結び、全身から噴出す嫌な汗と戦っていた。
こんなに嫌な汗をかいたのは、サンドワームと戦って以来かもしれない。討伐ランク最上位のドラゴンではなく、中位のサンドワームである。
バルドはあの時の事を、走馬灯のように思い出していた。
サンドワームは地中から突如現れ地上の餌を飲み込んでしまう厄介な生き物だが、バルドにとってはすぐに倒せる相手だ。
あの日。問題なく討伐依頼を終えたバルドは討伐達成報告の為に、証拠となるサンドワームの髭を切り取ろうと骸に近づいた。
その瞬間。
倒したサンドワームの腹を勢い良く食い破り、大量の小さな白い幼虫がヴゾウゾと這い出て来たのだ。そのあまりの悍ましさに意識が飛んだバルドは、自分の持ち得る最大の火炎魔法で辺り一面を焼き尽くし、討伐達成報告用の部位も魔核も地面も全て溶かしてしまったのだ。その一帯は砂が溶けガラス質に覆われた巨大な窪みに水が溜まり、砂漠のオアシスとして名所となった。
討伐依頼を出した村には怪我の光明とばかりに感謝されたが、それ以来、幼虫系はバルドのトラウマとなっている。目に入ったら即焼き尽くす。躊躇ったら命取りだ。
しかし、これはマリールが作ったものだ。
幼い子供が作った料理を、まさか大人気なく焼き尽くす事も払い落とす事も、ましてこの場を逃げる事も出来ない。結構な死地を潜り抜け、冒険者ギルドの長にまでなった男が、今まさに幼い少女の手で追い詰められようとしていた。
「……こ、これを、本当にポルガラも食べたのか……?」
「そうですよ。最初は皆さんと同じ反応して容赦なく捨てようとしたんですけど、食べ物粗末にするなんて勿体無い!! って説教したら、渋々食べてくれましたね~」
「あのポルガラに説教……」
ポルガラと知り合いだというアエラウェは、ポルガラに説教を垂れたと言う目の前の子供を驚愕の目で見た。しかも、あのポルガラに幼虫入り馬糞を食べさせたと言うのだから。
バルドは顔を背けながら、チラリと匙の上の物体を見る。とてもじゃないが食べられるものには見えない。これを食べたポルガラは、やはり伝説の人物たりえる強靭な精神の持ち主なのか。
バルドは心の底からポルガラを尊敬……いや、畏怖していた。
「でも、食べたら目を真ん丸くして! その後は無言であっという間に平らげてました! うふふふ」
その時を思い出して可笑しそうに笑うマリールに、男達は恐怖さえ覚えてくる。ポルガラと言う人物は、とてもそんな仕打ちをして許してくれそうな人物ではない。
「……そ、それは早く無くしてしまおうと必死だったのむぐぅッ」
「美味しいからです! ほら、お茶も冷めちゃうから早く食べる!」
バルドの往生際の悪さに痺れを切らしたマリールは、喋りかけていたバルドの口の中に容赦なく馬糞と幼虫が乗った匙を押し込んだ。
先程まで大騒ぎだったギルド内は、しん、と静まり返る。
「「「うっわ――……」」」
「……」
アエラウェとホビット達は、まるで汚物を見るような目でバルドを見る。しかし、口の中に匙を突っ込まれたバルドは白目を剥いたかと思いきや、グルンと戻った瞳孔をカッと開き、次には味わうようにゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。
ゴクリ、と喉を上下させたバルドを、一同は静かに見守る。
飲み込んだ後、暫く黙ったまま固まっているバルドに、いよいよアエラウェが効くか分からない回復ポーションを取りに行こうかと、腰を浮かせる。だがそれと同時に、それまで黙り込んでいたバルドが呻くような低い声を漏らした。
「うまい……」
呆けた顔をして、バルドは残りの牡丹餅をじっと見つめる。そうして恐る恐る自ら匙で牡丹餅を口に運ぶと、今度は無言でパクリパクリと食べ始めた。だがバルドにとって小さな牡丹餅は、たった二口程で終わってしまう。悲しそうに眉を寄せるバルドを見て、マリールは自分の分の皿も、そっとバルドの前に押し出した。
バルドが信じられない目でマリールを見れば、マリールは笑顔で頷く。
バルドは「すまん」と小さく礼を言い、今度は4つに切り分け、大事そうに味わいながら食べていった。
バルドが食べ終わるのを見計らい、マリールがにこにこと微笑みながら緑の茶を手渡せば、それを受け取って喉を潤し、バルドは「ほぅ」と息をつく。
厳つい顔を誰が見ても判る程に、ゆるゆるに緩ませていた。
「「「「……」」」」
それを見たアエラウェとホビット達は、本当に恐る恐る、馬糞……ではなく牡丹餅を極力小さく切り分け、口に入れた。口に入れるなり皆が一様に目を見開く。マリールはその様子に、悪戯が成功したような顔でにんまりと目を細める。
「「「……!!」」」
「ね? 甘くて美味しいでしょ?」
「……こんなに甘い食べ物初めてよ。蜂蜜よりも甘い。なのにくどくない……」
「……甘いが不思議と食べれるな。この白いのも弾力があって、食感も面白い」
ホビット達に至っては、あれほど拒否していたというのに今は真剣な表情で牡丹餅を食べている。最後の一口をいかに長く味わうかの議論を交わしながら、仕舞いにはお互いの最後の一口の奪い合いまで勃発した。
それを眺めながら、残る三人はマリールが淹れた緑茶を口にして、ほぅ、と揃って息をつく。
「……本当に美味しかったわ。この変わったお茶もスッキリしてて飲みやすいのね」
「ああ……ありがとうな、マリール」
「えへへー。気に入って頂けて嬉しいです! 他にも多分、珍しい物作れるんで。食べてくださいね!」
「ああ、楽しみにしてる」
褒められてにこにこと嬉しそうにしているマリールの頭を、バルドはまた優しく撫でる。バルトのごつごつとした大きな手に、マリールは猫の子の様に自らぐりぐりと頭を摺り付けた。
そんなほんわかと和んでいるバルドとマリールを頬杖をついて眺めながら、面白くなさそうにアエラウェが呟く。
「……ちょっと、かなり羨ましいわね。私がお嫁さんに貰えば良かったかしら」
「そうっすよ! ギルマスだけなんてずるいっすよ~」
「俺もマリーちゃんの料理もっと食べたーい!」
「同じく!」
アエラウェとはまた別の意味でバルトが羨ましくなったホビット達は、口を尖らせて文句を垂れる。最後の一口争奪戦は、お互いの一口を奪い合い幕を閉じたようだ。
「あ、なら皆さんの分も作りますよ? このお台所使っても良ければ……」
「まあ、本当!? 勿論いいわよね、バルド?」
「ああ、マリールに負担がなければかまわない。マリールさえ良ければ、食堂を任せたいくらいだ。給金も出すぞ」
「ほんとですか!?」
「ああ」
薬を売る事も出来ず、路銀が底を尽きかけていたマリールは、仕事が貰えるのが嬉しいと喜んだ。だがマリールは何かに気付いたようにハッと顔を強張らせ、段々と眉尻を下げる。
「で、でも私、特技の料理スキルがちょっと特殊で……」
「あら、料理スキルまで持ってるの?」
「ああ、そういえば確か謎の……」
「マリーちゃん、私にもタグ見せてくれるかしら?」
「はい。これなんですけど……」
マリールは首にかけていたタグを再び引っ張り出すと、アエラウェに手渡す。記されている内容に、アェラウェもやはり無言である。
「………」
「無言になるのは分かる」
「俺等も無言になった」
「そんで「は?」ってなった。つーか今気づいたけど、タグの石の色変じゃねえ?」
「い、石の色なんて良いじゃないですか~。今の話題は料理! 料理スキルについてですよ!!」
タグの表面には小さな石が嵌められているのだが、これはタグに登録する際に魔力を流し、持ち主の判別をさせる為のものだ。元は透明だったその石は、持ち主の魔力を流すと持ち主の色へと染まる。魔力は魂の性質を表し、その色で大体の性質がわかると言われていた。
問題のマリールのタグの石の色は、マリールの瞳と同じ翡翠色に、何やら土留め色と色んな色が線状に絡まり合ったものが、蜷局を巻いたようにぐるぐると巻き付いているようだった。正直見たことが無い程に汚い色あいだ。
マリールは石の色について触れて欲しくなかったのか、石の色に首を傾げるホビット達を敢えて無視し、料理スキルに話題を戻そうとしたのだが。
タグを見たまま難しい顔で無言のままのアエラウェに、マリールは気不味そうに眉を寄せた。きっとあまりのポンコツ料理スキルに呆れてしまったのだろう。石の色にどん引かれている訳ではない。きっとそうだ。
「私の料理スキル、料理の不具合確立30%なんです……。その、どうしても隠し味というか、もう一工夫を入れたくなって。あと、石の色は、なんかそのぅ……変……というか、態……というか?」
恐らくアエラウェが疑問に思った箇所は、料理の不具合確立だけではないだろう。マリールがゴニョゴニョと何やら濁している石の色も気にはなるが、「創造」という謎の特技まであるのだ。こちらも触れてもいいのか躊躇うほど謎だ。
だが取りあえず今は、マリールの言うように、この料理スキルだ。「失敗」ではなく、「不具合」とは何だろうか。「不味い」とか、「焦げた」とかのレベルでは無いのだろうか。
考えれば考える程、気になる「不具合」について、バルドは素直に聞いてみる事にした。
「……その、一工夫を省くことは出来ないのか?」
「その一工夫が、大成功率70%の鍵なんです! こう、どうしても新しい扉を開けてチャレンジしたい欲求が我慢できず!!」
「なかなか縛りがあるんだな……」
「だ、大丈夫です! 失敗したものは責任を持って私が美味しく頂きます!! 貴重な食材は無駄にはしませんから!」
バルドの神妙な面持ちに、マリールは慌てて自己弁護をする。愛するバルドに、メシマズ嫁なんて思われたくないので必死である。
世には失敗した料理を旦那に率先して食わせる嫁も居るが、マリールはバルド愛が強いので、そんな事はしないのである。
いまのところは。
「あらぁ、面白いじゃない? 失敗に当たった人には当たりの景品出すとかすれば」
先程まで難しい顔をしていたアエラウェが、軽い口調で賛成を表した。コロリと変わった表情に、バルドも呆れたように溜息をつく。
「景品って、おまえな……」
「食事処として、ギルドの一部を一般にも開放すれば良いわ。マリーちゃんの絶品料理と、ちょっとした娯楽も味わえて大繁盛間違いなしよぉ! 私憧れてたのよね、お洒落で可愛いカフェ経営!!」
良い事を思い付いた!と、アエラウェは両手を叩いてはしゃぐ。
少女趣味全開の冒険者ギルドが、今まさに少女向けカフェ兼、冒険者ギルドへと進化してしまう事が決定した瞬間だった。きっともう、かろうじて依頼だけは受けに寄ってくれていた冒険者達は、この街のギルドには寄り付きもしなくなるだろう。
「冗談は止せ! これ以上冒険者が寄り付かなくなったら、この街の冒険者ギルドは閉じることになる!!」
焦ったバルドがアエラウェに待ったをかけるのも無理は無い。この街から冒険者ギルドが無くなれば、この街の孤児達は隣街の冒険者ギルドまで行かなくては仕事が貰えなくなる。隣街の孤児院がこの街の孤児達を受け入れてくれれば問題は無いが、そんな余裕はどの街の孤児院でもないだろう。
「じゃあ! 冒険者ギルドの食事処らしく、冒険者向けにこの薬を景品に……!!」
「「「「「それは駄目(だ。」」」」」
「……はーい」
良い事が思い付いたと、あの飴玉のような薬の入った瓶を掲げて名案を披露するが、満場一致で素気無く却下されてしまった。
マリールはしょんぼりと薬瓶を掲げた手を下ろす。
この国でとんでも効果の薬が作れるマリールの存在がばれれば、マリールの存在自体も消されてしまう怖れがあるとは言え。薬術士としては、自分の作った薬を広める事を諦めら切れない。自分であれこれ試して完成させた薬は、我子のようなものなのだ。
マリールは「いつかこの国でも、日の目を見れる日が来たら良いなぁ」と、手にある薬瓶を見つめて肩を落としたのだった。




