074. 乙女の収納鞄
何だかんだと全員で行く方向に話が纏まったようだ。ラルムもサルムも仕方無いと、不承不承にも付いていく事にしたらしい。このまま帰ってマリール達に何かあったら目覚めが悪すぎる。
今日はもう帰れそうにないと、エドナはやれやれと肩を竦めた。それから放ったらかしにしていたエレンに向かって、数十メートルも高い天井へと声を張り上げる。
「エレーン! 店の仕入れ用食材、何か持ってるだろ? 投げておくれでないかい――?」
「――あるにはあるけど、私はどうすればいいのー?」
「アンタは店でもギルドでも戻って待っといておくれ! 夜が明けてアタシが帰らなかったら、ハンス達と直ぐにこの街を出るんだ! いいね!?」
「でも……!」
「いいから、とっとと食料寄こしな!!」
まるで飢饉で追い込まれ盗賊に身を窶した村人のように、食料だけを要求してくるエドナに、エレンは むぅ と口を尖らせる。
エドナはいつもそうだ。中途半端に巻き込んで、少しでも危険があれば最後まで手伝わせてくれない。
けれど今回ばかりは引く事は出来ない。何としてもエドナを連れ帰り、ハンスと添い遂げて貰わなければ自分が次に進めない。
これは自分の為だ。何せ自分は、そろそろ嫁ぎ遅れと誹られる年齢に差し掛かっているのだから。
エレンはそう自分を励ますように結論付けると、すくりと立ち上がり、落とし穴の底を睨みつける。それから「えい!」と可愛らしい声を上げて、自ら穴に飛び込んでしまった。
店の前に集まっていた野次馬を散らして、侵入禁止用の魔道具を設置していたミケルがその声に振り返ると、エレンの長い焦げ茶の髪先が床に吸い込まれて行くのが見えた。
「え、ええぇぇぇぇぇ!?」
ぎょっとしたミケルが手にしていた魔道具を放り投げ、飛びつくようにエレンを掴もうと穴の中に手を伸ばすが、間に合う筈も無い。伸ばした手の先には、穴に落ちたエレンがみるみる小さくなっていく姿があった。
「ガ、ガウェイン先輩ー! 女性が穴に飛び込みましたー!!」
ミケルの声に驚いた一同が天井を見上げると、捲りあがるスカートを必死で押さえながら落ちてくるエレンが見える。
「アエラウェ!」
「はい、はい」
穴の底に近づくにつれて押さえても丸見えになっているスカートの中に、イクスとガウェインがそっと視線を外し、バルドの目はマリールの小さな手で塞がれた。
何としても見ようと目を見開くホビット達の目は、三人纏めてエドナの鞭が巻き付き目隠しされて、同時にガルクスは眼孔という急所に蹴りを入れられ、のた打ちまわっている。エドナの脚力で蹴られては眼球が破裂してもおかしくないだろうに、筋肉達磨は何とか持ちこたえたようだった。
アエラウェの操る風に乗って、ふわりと降り立ったエレンはスカートを軽くはたいて整えると、アエラウェに頭を下げた。
「ありがとうございます、アエラウェ様!」
「それはイイんだけどね。エレンまで来ちゃったら連絡出来なくなるじゃないの……」
「あ……」
冒険者ギルドに匿っているモーリスとギーア。それに山に隠れているハウノと連絡が取れなくなってしまった。自分達が帰れなくなった時には、直ぐに逃げるよう伝えて欲しいとエドナも確かにそう言っていたのに、あまりの言い様に腹を立てて衝動的に行動してしまったのだ。
エレンがしゅんと項垂れて、無言のままのエドナをちらりと窺うと、エドナはこれ見よがしに盛大に溜息をついて見せた。
「……まったく。来ちゃったもんは仕方ないけどね。いつも言ってるだろ、後先考えて行動しろと」
「……エドナおばさんに言われたくない」
「うっ」
ハウノが殺されたと聞いて、真っ先に突っ走ってしまったのはエドナじゃないか。そうジト目で見てくるエレンにエドナは跋が悪そうに顔を背けてゴホン、と咳ばらいをすると、ルルナを親指で指し示した。
「兎の嬢ちゃんが腹減ってるんだよ。ついでにアタシもフレスカもバルドの旦那もね」
「……ああ、それで」
店用に仕入れた食料はかなりの量だ。それを請求してくるとは一体どんな長期戦を見込んでいるのかと思えば何のことは無かったと、エレンは安堵の吐息を漏らした。
「何か片手でぱぱっと食べれるもんないかい? 移動しながら腹に入れられるような」
「冒険者ギルドに行く前に、生の肉と魚は店に置いてきたから……常温保存できる固パンと干し肉くらいしかないわ。あとは小麦粉と根菜。調理しないと食べれないものばかりよ」
「んじゃ、固パンだけでも出しとくれ」
エレンは頷くと、エドナの身体に隠れるようにしてスカートをまくり上げる。女性が大容量の収納鞄を持ち歩く際は、服の中に隠す事が多いのだ。
エレンが太もものガーターベルトに括り付けた収納鞄から、両手で抱える程の大きなパン籠をひとつ取り出し、さっとスカートを整えると、エドナが場を切り替えるように両手を二度叩き、バルド達に振り返った。
「さあさあ! 時間も無いし、歩きながら食べとくれ。んで、とっとと行きましょうかね!」
エドナの号令で、皆がパン籠に手を伸ばした。日持ちがするように極力水分を少なくして作られた固パンは噛み千切るのにも苦労するが、携帯食として冒険者にも騎士にも馴染み深いものだ。ガルクスが自分にもよこせと喚いていたが、そんなのは勿論無視された。
捕えられていたガルクスの部下達は未だに気を失っていて、移動させるのは困難だった。ガウェインは彼等を一纏めに縛り上げ、ホビットが作った簡易の檻に入れた。一通りの手続きを終えた後に連行する予定だ。一応は兵士の端くれ、三日くらいは飲まず食わずでも生きていられるだろう。
ガウェインは檻に向けて結界石を発動させると、イクスに告げる。
「自分は逆方向の道を確認しながら砦に戻ります。――イクス先輩、くれぐれも頼みます」
「ああ、任せてくれ!」
やたらきらきらとした表情で胸を張るイクスを何か物言いたげに見詰めてから、ガウェインはその身体をくるりとバルドに向けた。
「く れ ぐ れ も、頼みます」
「あ、ああ……」
強く念を押してくるガウェインの気迫に、バルドは身じろぐ。そんなバルドに深く頭を下げてから、ガウェインは一人別方向へと駆けて行った。




