071. 新たなジャンル
「そう言えば、私もおなか空いてたのよね……」
ルルナの腹の音で思い出したのか、フレスカも切なそうに自らの平らな腹を撫でた。孤児院の子供達を送りがてら買い食いしたホビット達はともかく、バルドとエドナは何も食べていない。
「そういや、夕飯食いっぱぐれてたねぇ……」
「あー……作ってあげたいんですけど、材料がもうお肉少しと大水母しかなくて」
「「「大水母!?」」」
「大水母ってあの、海のかい!?」
「食えるのか?」
「あんなものが……?」
「うそだろう……」
水母は毒を持つものが多く、触手に触れると痺れや激痛、それどころか死んでしまう程の猛毒を持つものもいて海の嫌われ者だ。だが大水母はその巨大すぎる図体以外は害が無い。ねばねばとしした触手で極稀に食料と間違えて人を丸呑みして消化してしまうが、極稀なのでそんなに害は無いのだ。
だが、あの透明な見た目は皆毒があると思われ勝ちで、海に面した港町メルクでも進んで食べようとする者はかつて出なかった。他に美味しい魚貝が獲れるのだから、それもそうだろう。
「食べれますよ? 毒が無いって聞いたので大丈夫だと思って、調理してさっき食べました」
「コリコリしてて美味しかったわぁ! お肌がもちぷるになるのよね!?」
「ぅえ!? いや、だからそれはですね……」
「な、なんだって――!?」
「私も大水母食べたいわ、お嬢ちゃん」
相変わらずのお肌に対する女達の食い付きに気圧されながら、マリールはこれは困ったと眉尻を下げた。お腹が空いてるフレスカ達と燃費の悪いルルナの為に作ってやりたいのは山々だが、今は材料も乏しく、それよりも優先させなくてはならない事がある。
「作ってあげたいんですけど、今は、その」
「モルガという女の事なら、俺は知らんぞ。領主の愛人だか知らんが、お高く止まった女という位しかな!」
マリールの言いたい事を察したのか、縛られたままのガルクスが吼える様に言い放つ。それと同時に唾が飛んでくるものだから、間近に立っていたマリールは耐えられず顔をぎゅっと顰め目を閉じた。
ガルクスもなかなかの筋肉達磨だが、いくら筋肉好きとは言え何でも良い訳ではないらしい。
それを見たアエラウェが、さっとマリールを抱き上げてバルドに手渡しながら、呆れを含んだ目をガルクスに向ける。
「十二分に知ってるじゃないの」
「愛人か~……」
「見るからにそれっぽいもんな~」
「美人でおっぱいでかいとさ、大体悪い奴の愛人だよなー」
「それは酷い偏見だと思います! それだと魅惑の雄っぱいを持つ旦那様も愛人にされてしまうという事に…! け、けしからん!! 悪い奴けしからんです!!」
「マリール……」
ホビット達の偏見も酷いが、マリールの反論理由も訳が分からない。
バルドは途方も無く痛む頭に思わず眉間を揉んだ。
「「いや、それはないだろう」」
「そうだぞ、子供。こんな岩みたいな男を誰が愛人になぞするものか!」
「ガルクスは黙ってな!」
エドナが鞭を撓らせガルクスの座る床にピシリと打ち鳴らせれば、ちゃっかりイクスとガウェインと一緒になってマリールにツッコミを入れていたガルクスも、「ひっ」と身を縮こませる。
こんな奴にハウノが殺されたなんて、本当に信じられない程の情けなさだと、エドナは苦々しげにギリリと奥歯を噛んだ。顔面連続蹴りだけでは腹が治まらない。せっかくマリールが喋れる様にと治した顔面を、再び蹴ってやりたいとエドナが右脚に力を込めた時、それを邪魔するように小さな声が上がった。
「違うよ! モルガお姉ちゃんは領主様の事嫌いだって言ってたもん!!」
「……嫌々愛人をさせられてたとでも言うのかい?」
ルルナの言葉に、エドナは剣呑としたままの瞳を細める。怒りを含んだエドナの視線に、獣人であるだけで人族から受けた理不尽な仕打ちを思い出し、ルルナの小さな身体はびくりと跳ねる。
「ああ、ごめんよ。兎の嬢ちゃんに怒ってるわけじゃないんだ」
怯えるルルナに気付いたエドナはガルクスに対する苛立ちを押し殺し、いつもの気の良い野菜売りの笑顔を貼り付ける。それで少し緊張が解れたのか、ルルナはおずおずと口を開いた。
「だ、だって……言ってたもん。領主様は大嫌いだけど、大切な人が探しているものを知ってるかもしれないから、側に居るんだって」
他の孤児院の子供達にも優しいけれど、獣人のルルナにも人族のモルガが優しくしてくれるのが不思議で聞いた事がある。あの時モルガは本当に嬉しそうに、大切な人の事を少しだけ話してくれたのだ。
「大切な人……? 恋人か何かかい?」
「わかんない。けど私と同じ獣人だって言ってた。その人がこの国に来れないから、代わりに探してるんだって」
「……そう言えば、ギルドに来た時も妙な事を聞いてきたな。ザンザ帝国と連絡が取れるかと。――ザンザ帝国と連絡が取りたい訳では無さそうだな」
あの時のモルガは纏っている空気がその時だけ変わったようだった。恐らく、おっとりとした高級装飾店の女店主はモルガが作り上げた人格なのだろう。
「俺達みたいに他国と連絡取れなくなってるってこと?」
「そうなのか?」
「あー。騎士様この国の人だもんな。じゃあ知らないか」
ラルムの言葉にガウェインが知らなかったと呟けば、トートが訳知り顔で頷いた。それからサルムが、不安気に眉根を寄せて口を開く。
「まだ確証は無いんだけどさ、四ヶ月前にランドールに出した手紙の返事来てないんだ。いつもは出して三ヶ月しない内に返事が届くのに」
「確認の為にザンザ帝国にも手紙を送っている。その返信待ちだ」
バルドが補足するように付け足せば、イクスは訝し気に眉を顰めて首を傾げる。たった一月返事が遅れただけで他国と連絡が取れなくなっていると決めつけるには、聊か時期早々過ぎるのではないだろうか。
「偶々ではないのか? 他国との貿易も滞りなく、港からの入国者も途切れてない」
イクスの言葉に、ガルクスと騎士達以外の皆が顔を見合わせる。偶々の可能性も勿論ある。だが、人攫いや盗賊紛いの親玉が領主のこの街だ。モルガの事も考えれば何かあると疑っても仕方ない事だろう。それにゴルデア国の他の街の冒険者ギルドも関わっている。
大人達が話し込んでいる間、不安気に彼等を見上げていたルルナに気づき、アエラウェが目線に合わせる様にしゃがみこむ。アエラウェの女神の様に優し気な微笑みに、ルルナは漸く緊張して詰めていた息を ほぅ、と吐き出せた。
「ねえ、ルルナ。モルガが何を探してるのかわかるかしら?」
「ううん」
それが物なのか、者なのかは分からない。だがモルガが嫌な相手にも媚を売り情報を得ようとしていたのだから、それはとても貴重なものだと想像が付くくらいだ。
アエラウェの問いに、ルルナがぷるぷると首を横に振れば、「そう……」と考え込むようにして頬に手を当てる。
その姿にイクスがまた発作を起こしそうに感動して震えだしたものだから、ガウェインはさっさとこの場から切り上げようと声を上げた。やらなければならない事は山程ある。上に待たせているミケルにも支指示を出さなくてはならない。
「何にせよ、そのモルガと言う女が領主館に居るのなら、我々では対処が出来ん」
「そ、そうだな! 我々が動けるのは、国に捜査令状を請求してからになる」
ガウェインの言葉に己の仕事の本分を思い出せたのか、イクスもはっと顔を上げる。だがキリリとした表情でも時折アエラウェをちらちらと見ているところから、自分の良い所を見せようとしているだけなのだろう。ガウェインは疲れを隠さず溜息を吐いてから、天井へ向かって声を張り上げた。
「ミケル! 聞こえるか!?」
「――はい! ガウェイン先輩!!」
「我々はこのまま地下道から砦へ戻る! お前は先に行って、取り調べの準備をしておいてくれ!」
「わかりましたー! 店も立ち入り禁止にしておきますー!」
「エドナおばさーん! 私はー!?」
ミケルとガウェインの遣り取りが終わると、今度はエレンの声が降ってきた。物足りないがガルクスも痛めつけれたし、マリールもアエラウェも無事だ。目的は果たせたのだから、このまま冒険者ギルドへ戻っても良いのだが。
エドナはちらりとルルナを見て、それからバルドの腕に抱かれているマリールを見た。このまま帰ろうとしても、このちいさな少女達はモルガの身を心配して納得しないだろう。
エドナは困ったと眉根を下げて、恐らくもう決まっている答えをバルド求めた。
「……どうしますかい? バルドの旦那」
「行く」
間髪入れずに出てきた答えに、驚いたのはホビット達だ。今日は朝から孤児院の子供達を連れて森に入って、次々湧いてくる魔獣とも戦った。ハウノの隠れ家も作ったし、帰ってみればモルガを見つけて尾行したりとかなり働いたと思う。それにもうそろそろ日付も変わる。
「ええ~!? まじで!?」
「やめようよ、ギルマス! もう疲れたよー。早く帰って飯食って酒飲んで寝たい!」
「……俺行く」
文句を垂れるホビットの中で、トートだけが厳しい顔で頷いた。その言葉に目を見開いて、ラルムとサルムが「「えぇぇぇ~!?」」と声を揃えて叫ぶ。
それから信じられないとでも言いた気に、探るようにトートに問い質し始めた。
「おま……どうしたんだよ、いつもなら関係ない奴なら見捨てるじゃん!」
「そうだよ、ダンジョンで死にかけ見つけても放置がデフォじゃん。寧ろ囮扱いじゃん!」
サルムが助けてやろうと言っても、トートは「自然の摂理だ」と言って止める。その時を思い出して、サルムは口をへの字に曲げて睨むようにトートを見た。
「人聞き悪いなー。ダンジョン入る奴は覚悟して入るんだから当たり前だろ。助けて自分達まで危険になったら元も子も無いじゃん」
「そりゃ、そうだけどさー……」
実際、まだ冒険者に成り立ての頃は、助けたのに出し抜かれて出口付近でお宝を奪われたり、逆に襲われて命を落とし掛けた事もある。
トートが言う事はいつも正しい。けれど優しいサルムはその正しさが時折納得いかない事があって、不満気に唇を尖らせた。
「……わかったぞ。トート、おまえ、おっぱい姉ちゃんに惚れただろ!!」
じっと探るようにトートを見ていたラルムが、得心したとビシリとトートに指を指す。突然向けられた指先にトートは目を点にして、それから今度は大きく丸くしてから思い切り声を上げた。
「は……はあぁぁぁぁ!?」
「絶対そーだ! なんかやたら気になる気になる言ってたし!」
「まじかよ!? やめとけ人族なんて! 子供扱いされて断られるぞ」
「ち、ちげーし! そんなんじゃねーし!!」
「私も無理だと思う……」
「ルルナまで!?」
「いやー、『おねショタ』ってジャンルありましたし、私はいいと思いますよ? 合法で」
「マリーちゃん、おねしょジャンルって何!? 合法って何!?」
顔を真っ赤にして否定するトートが怪しい。皆の生暖かい目がさらにトートの居心地を悪くして、トートは顔を真っ赤にして「ちげーし!!」と否定し続けたのだった。
お読みくださりありがとうございます。
体調悪くして更新滞っており、せっかく覗きに来て下さったのに申し訳ないです。
なのにブクマ増えておりました。ありがとうございます…(泣く




