047. 乙女先輩
少女趣味な内装のお陰で冒険者達が寄り付かず、来ても人目を憚って早朝か夜遅くにしか来ないというメルクの冒険者ギルドに、その日は朝から可愛らしい声が響いた。
「「「「依頼を受けに来ましたー! 開けてくださーい!」」」」
きっと「せーの」で合わせて声を出したのだろう。その可愛らしい子供達の揃った声は、孤児院の子供達が来るのを今か今かと待ち構えていたバルドが扉を開けた途端、超音波の泣き叫ぶ声へと変わった。お漏らしまでしてしまった子供も居る。
その声を聞きつけて、朝食の支度をしていた主婦達がお玉や包丁を握ったまま、わらわらと冒険者ギルド前へと集まって来てしまった。
主婦達のバルドへ向ける視線は、先日マリールを嫁として紹介した時から厳しい。午前中は野菜売りをしているエドナも、その中に混じって呆れた様に目を眇めていた。
「バルドの旦那……」
「……すまん」
自分にマリールが安心しきって懐いてくれるものだから、バルドは自分がどんなに女子供に怖がられる容貌をしているのかを失念してしまっていたようだ。出会ってたった四日目なのに、マリールの存在はアクが強すぎた。
しょんぼりと肩を落とすその背中に、マリールが飛びついてよじ登る。
その筋肉の山を登るのは、マリールには難しい挑戦だったのだろう。登り切れずにずるずると滑りながら地面に着地してしまった。
一体突然どうしたのかと、バルドが困惑する。
「マ、マリール……?」
マリールは悄気るバルドが恐くない事を、子供達にアピールするつもりだったのだ。だが、失敗してしまって気恥ずかしく、コホリと小さく咳払いした。
「旦那様、この子達が?」
「あ、ああ」
マリールが泣く子供達を見ると、十歳くらいの男の子が一人、八歳くらいの男の子が一人、六歳くらいの男の子が二人居た。聞いていた人数よりも一人少ない。
「あれ? 五人じゃなかったです?」
マリールに言われて子供達を改めて見れば、もう一人居る筈の子供が来ていないようだった。バルドは一番年長らしい少年に話しかける。
「マルク。ルルナはどうした?」
「ひ……っ!? ル、ルルナは二日前くらいに出掛けたまま、帰って来ないよ……」
「帰って来ない!?」
「っ……!」
マルクはバルドに話しかけられて、顔を青くしながらも何とか答えた。だが、帰って来ないと聞き、心配で少し強くなってしまった語気で聞き返すバルドに、怖くて耐え切れなくなったのだろう。マルクは喉を詰まらせ、泣く寸前の音を漏らし始めた。
「ひうっ……! う、ふぇ……っ」
「わー! ちょ、待ってて!」
マリールは慌ててギルド内へと走って行ったかと思うと、何故か皿を手に戻って来た。皿の上に乗っているのは、昨夜焼いておいた朝食用の、肉餡が入ったパンだ。
そのほわりと湯気を立て漂う美味しそうな匂いに、今にも泣きそうだったマルクも、火がついた様に泣いたままだった他の子供達もピタリと泣き止んで、一斉に皿に盛られたパンを見つめた。
「今日皆が来るって聞いたから、作っておいたのです。出掛ける前に一緒にたべましょう!」
マリールが笑顔でそう言えば、子供達はやっとマリールの存在に気がついたのか、ぽかりと口を開けてマリールを見つめた。そうしてみるみると頬を染めて、恥かしそうにこくりと頷く。
小さなマリールに先導されて、子供達がギルド内へと入っていく。何事かと見ていた主婦達は、軽く肩を竦めて顔を見合わせ、それぞれの家へと帰って行った。
「――まあ、バルドの旦那。嬢ちゃんが居ればさ、その内に孤児院の子供達もわかって懐いてくれるさ。がんばりなよ?」
「……ああ」
エドナがバルドの腕を軽く叩いて、野菜売りの店へと戻って行く。
バルドは口元を少し和らげて、マリールと子供達の後姿を眺めた。
バルドがギルド内に戻れば、ホビット達と子供達が一緒になって、腹を鳴らせながらテーブルに置かれた皿を食い入るように見ていた。
お漏らししてしまった子供も含め、アエラウェが浄化魔法で綺麗にしてやったようだ。子供達は皆、先程よりもかなり身綺麗になっている。
「あ、旦那様! はやくはやく!」
「ああ、すまん」
マリールが手招きするので近付けば、子供達はビクリと身体を震わせる。それをトートが目敏く見つけ、皿に盛られた一つを指差してから、自慢気にこう言った。
「これ俺が作ったんだぜ! すごいだろ!」
「俺のこれこれー!」
「俺のはこのマークのな!」
トートに続き、サルムとラルムも得意げに自分達が作ったパンを指す。すると子供達はホビット達を尊敬の眼差しで称えてくれた。
「すごいなぁ……!」
「これなんて言う食べ物なんだ?」
「見た事無い……」
「僕も……」
子供達がいつも食べるのは、教会で出される硬いパン。買う事はできないが、広場の屋台でも、こんなに美味しそうな香りを漂わせるパンは見た事がなかった。
「これはですねぇ、胡椒餅っていう、お肉と野菜を包んだパンです! 冒険者ギルドの皆さんと包んだんですよ。そしてあそこに居るギルドマスターさんが、今日来る皆の分も焼いてくれました! はい、皆さんお礼を言いましょー!」
マリールがバルドに向かって手を向ければ、子供達は恐々とだが小さくお礼を言ってくれた。
バルドは緊張した面持ちで、それにこくりと頷く。子供に何かをして礼を言われたなんて事は、マリールと、それから血の繋がった弟と妹達以外には初めてかもしれない。
バルドは何やら、じん、と胸が熱くなるのを感じていた。
バルドが感動しながらマリールを見ると、マリールは既に朝食の準備を整えていて、アエラウェとホビット達が配膳を手伝っている。
胡椒餅の他にも今朝一番でエドナが持って来てくれた採れたての野菜で作った大盛りのサラダ、それに細かく刻んだ野菜たっぷりのスープも配られた。
孤児院では見た事も味わう事もなかった料理が目の前に並べられている。子供達はきらきらと輝かせた瞳で、じっと料理を見つめていた。
「さあさあ、今日は森に行くんでしょう? 沢山食べて力付けて頑張ってきてくださいね! どんどん食べましょうー! いただきます!」
「「「「「「「いただきまーす!」」」」」」」
「「いただきます」」
最初は恐る恐る、けれど一口齧った途端に、子供達は掻きこむ勢いで食べていった。それをマリールとアエラウェとバルドが、微笑まし気に眺め目を細める。
ホビット達は「うめぇうめぇ」と、まんまるの鞠羊のような鳴き声を上げながら、胡椒餅を堪能している。胡椒餅に夢中で、野菜は相変わらず肉が食べ終わるまで手付かずだ。
夢中で食べている子供達に、アエラウェが優しく声をかける。
「今日はこの、ギルドマスターが付き添いで付いて行くの。見た目と違って優しいおじさんだから、我慢して一緒に行ってくれるかしら?」
アエラウェの言葉に、子供達がピタリと食事の手を止める。強張った顔が、バルドと一緒に行くのは嫌だと言外に主張していた。
するとホビット達が、楽しそうに手を上げる。
「「「俺等も行くー!」」」
「兄ちゃん達、強いのか?」
「俺達とそんなに年違わなそうだけど……」
「「……」」
「ギルマスよりは弱い」
「でもオマエラよりは強いぞ」
「そうだぞ。安心していいぞ」
子供達は訝しげだが、ホビット達も一緒に行ってくれると言うのでほっとしたようだ。流石に付き添いがバルドだけでは嫌だったのだろう。ずっとびくびくしていなくてはならない。お漏らしもまたしてしまうかもしれない。
「お昼のお弁当に、この胡椒餅と同じようなパン、肉餅をギルドマスターさんに預けましたから、皆で仲良く食べてくださいね?」
昼もまたこんなに美味しいパンが食べられるのか。マリールの言葉に、子供達は瞳を輝かせてこくこくと頷いた。
「……ちび達にも食べさせてやりたいなぁ。ルルナも今日来ていれば、このパン食べれたのに」
ふと子供達の一人、一番小さな身体のティーヨが寂しそうに呟く。すると他の子供達も釣られるように、みるみると気を落としてしまった。
「あら、そう言えばそうね? ルルナはどうしたの?」
いつも自分をきらきらとした瞳で見上げてくる少女。その子だけが今日居ない。何か教会で違う仕事でもしているのだろうか。
アエラウェが首を傾げると、バルドが子供達に代わって言った。
「二日前から帰って来ないんだそうだ」
「……二日前から? どこに出掛けてたか分かってるの?」
バルドの言葉に、アエラウェが目を見開いて、マルクに視線を向けた。
「商業ギルドの近くにある、女が好きそうな店あるだろ? ルルナはあの店の窓に飾られてるやつを眺めるのが好きなんだ。多分そこに行ったんだと思う……。あの辺は貴族や金持ちが居るから、行くなって言ったのに」
「そう……」
孤児の子供が薄汚いと貴族の不興を買ったのか、それとも人買いに攫われたのか。何にしても、このメルクでは孤児が一人居なくなろうが、誰も気に止めてくれはしない。
マリールが不安そうにアエラウェを見上げると、アエラウェは安心させるように、にっこりと笑って見せた。
「今日この子、マリールちゃんと一緒に、そのお店に行く予定だから聞いてみるわ。だから貴方達も気をつけて依頼を完遂させてくるのよ?」
「ほんとか!? ありがとう! アエラウェ様!」
「「「ありがとう!!」」」
子供達にも様付けで慕われるアエラウェは、天使達に慕われる慈悲深い聖母のようだ。
マリールが崇高な絵画を鑑賞するように、その様子を眺めていると、ラルムがふと、気になっていた事を口にした。
「そういやさ、なんでおまえら「いただきます」って知ってんの?」
「孤児院に一度だけ来た、変な回復術士のねえちゃんに教えて貰った」
「焦げたクッキーとか持って来てくれてさ。苦いとこもあったけど美味しかったよ」
「おねえちゃんの回り、教会の偉い人やきらきらした人が、回りにたくさんいたなぁ……」
「おひめさまみたいだった」
子供達の証言にマリールは目を大きく開き、震える声で確かめる。
「…それは、まさかの」
「『異界の迷い子』って言ってたよ」
「テンプレ来たぁー!」
「「「ナニソレ」」」
一体どれだけこの世界に居るのか判らない『異界の迷い子』達。
教会には『乙女先輩』が囲われているようだった。
お読みくださりありがとうございます。
評価も頂いてました! 優しい先生ありがとうございます!!
明日もがんばれます!




