046. 明日のお弁当
「いやぁ、美味しいですねぇ! このタルト!」
凄く嫌そうな顔をしたホビット達が、商人と従者の二人を連れて戻ってきた。今は皆揃って中庭で楽しい夕食タイムだ。
何かを察したバルドが、ホビット達に同情するような視線を送った。ホビット達は何時になく静かだ。
だが無言でも食べるスピードは速いので、美味しくはあるのだろう。肉は勿論、野菜たっぷりのタルトやガレット、藻のようなスープまでも平らげている。サラダはまだ手付かずだか。
「お野菜たっぷり入ってて! ねえ、旦那様?」
「っ……あ、ああ!」
やたら機嫌の良い従者に対して、商人の方はどこかぎこちない。
そんな二人に目を向ける事も無く、アエラウェは肉を次々と平らげていった。形の良い唇は少ししか開いていないのに、目の前の肉がスルスルと魔法のように消えていく。
「お口に合って良かったです。えーと、従者さん?」
そう言えば、名前を聞いていなかった。マリールが聞けば、従者と商人は慌てて姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「命の恩人に対して、これは大変失礼致しました。私の名前はギーアと申します」
「私はモーリスと申します。匿って頂いた上に、こんなに美味しい食事まで。本当にどうやってこの恩をお返しすれば……」
「あらやだ。無料で扱使うに決まってるじゃないの。マリーちゃんの薬に救出費、それに宿泊費に衣類や浄化代。おまけに食費。マリーちゃんの薬だけでも一生かかっても返せないんじゃないかしらぁ?」
アエラウェは商人、モーリスがとてもお嫌いなようだ。当たりがとても冷たい。
これでもかという程縮こまってしまったモーリスに、マリールは苦笑いを零した。
「薬の御代は気にしないで良いですよ? だけどそのー……お二人にお願いがあるんです」
「はいぃ! 何なりと!!」
「二度も拾っていただいた命です。マリールさんの為なら、主にトドメを刺すのでも何でも」
ギーアは物騒な事を言い出した。モーリスのせいで二度も死ぬ目にあったギーアの中で、多少なりとも遺恨が残っているのかもしれない。
マリールはどうしたものかと困ってしまったが、まずは要望を伝える事にした。
「いや、モーリスさんも反省してるみたいですし……。お願いと言うのは、飴作りをお二人に手伝って欲しいんです。ギルドから出す事が出来なくて申し訳ないんですけど……」
「ええ、勿論ですとも。精一杯作らせて頂きます!」
「出れないのは承知しております。唯、このままお世話になると言う訳には……」
死んだ事になっている自分達は、この国にいる限り外へ出る事が出来ない。恩を返すどころか生活の為に働く事も出来ないのだ。助けてくれたメルクの冒険者ギルドに、このままずっと世話になり続けるなんて事は無理だろう。
ギーアが心苦しそうに言うと、バルドが大丈夫だと頷いた。
「それなら、あと三週間もすればザンザ帝国と連絡が取れる。その時にマリールを逃がすつもりだから、お前達も一緒に逃がそう」
「ほんとですか!?」
「……っ何から何まで、本当にありがとうございます!!」
この国から生きて出られるかもしれない事に、モーリスもギーアも涙ぐむ。
二人が無事ザンザ帝国に行けたなら、今度は些細にも欲に惑わされず、まっとうに生きて行くことだろう。
だがマリールは、自分を逃がすと言うバルドの言葉に、僅かに顔を曇らせていた。
その僅かに見せた心の機敏に、気付いたのはアエラウェだけだったようだ。アエラウェはマリールを気遣わしげに見て、話題を変えようと口を開いた。
「明日か明後日にも飴作りを指導してくれる人が来るから。宜しくお願いするわね」
「あ、ならさ、エドナばあさんが来る前に、月桂樹森から引っこ抜いてきた方がいいんじゃね?」
「……明日は孤児院の子供達が依頼を受けに来る日だったな? 俺が引率して、ついでに月桂樹を持ち帰ろう」
孤児院の子供達は、週に一度依頼を受けにやってくる。メルクの冒険者ギルドに冒険者が寄り付かなく、引率者になってくれる者が少ないのもあるが、普段は教会で雑用をこなしていた。
「そうね。だけどマリーちゃんは危ないから、連れてっちゃ駄目よ? 孤児院の子供達の面倒を見ながら、マリーちゃんも守れないでしょ?」
「……ああ」
「そんな……! 旦那様と離れるなんて……!!」
マリールはバルドと離れるのを嫌がったが、バルドはマリールを森へ連れて行く気は無かった。
ピピ角牛狩での出来事もある。恐らく森で珍しい薬草やスライムなんかを見つけては、あちこち移動してしまうだろう事が目に見えて想像できる。
もう背負い鞄をマリールから離す気はないが、またうっかり怪我人や死にかけの獣なんかを見つけた日には、自分がボロボロになっても助けてしまうだろう。
あんな姿になったマリールを、バルドはもう見たくはなかった。
「マリーちゃんは、私と草飴の瓶に使うリボンを一緒に選んでもらいたいの。ほら、商業ギルドに行く途中で見てたじゃない。あのお店よ。男達連れてじゃ、すぐ飽きて騒ぎ出して落ち着いて選べないじゃない?」
「……はい」
マリールも、あのお店は凄く興味があった。飾り窓にディスプレイされていた小物もドレスも、どれもとても可愛い品物だらけだった。
だけど愛しの旦那様であるバルドがあの店の胸の大きな美女にデレデレとしていたから、商業ギルドの帰りに行くかと聞かれても、意地でも行きたくなかったのだ。
けれどアエラウェと二人なら、バルドとあのおっぱいさんを合わせなくても済む。マリールは渋々という具合に、アエラウェの誘いを承諾した。
「――エドナが来るとしても、昼過ぎから夕刻頃だろう。それまでには帰るから、良い子にしてるんだぞ」
バルドが子供に言い聞かせるようにマリールの頭を撫でるものだから、マリールは拗ねた様に小さな唇を尖らせて、こくりと頷いた。
明日の予定が決まってからは、ホビット達も漸く気を持ち直したのか、いつも通り賑やかな食事となった。
バルドが酒樽まで出してきて、マリールがあんなに沢山作った料理は全て平らげられていく。やはり肉が足りなかったらしいが、男達は注意せずとも野菜もきちんと食べてくれた。
マリールは酒の肴を追加しようと再び背負い鞄の中を覗き、頭を悩ませた。
「うーん。何つくろう……。そうだ、ツマミ作るついでに明日の朝ごはんとお弁当の分も一緒に作っちゃおうかな。まだほんのり土釜も温かいし……」
「手伝うぞ?」
「ほんとですか? あ、そうだ! 孤児院の子供達って何人居るんです? その子達の分も作ろうと思うんですが」
「いいのか? そうだな……依頼を受けに来る子供は五人だな」
「なになに? まだ何か作るの?」
「俺も手伝う!」
「俺もー! 捏ねるの面白かった!」
ほろ酔いのバルドとホビット達まで手伝ってくれるというので、マリールは再び調理を開始する。
酒の肴には、まだ大量に残っている芋の千切りで、先程作ったガレットの小さいものを沢山。野菜が残り少ないので、今度はチーズと塩胡椒だけを乗せた。
それに腸詰肉をそのまま焼いて、焼けた先から摘んで貰っている間に、マリールは明日の分を作り始めた。
大きなボウルに、ミンチにしてもらった肉と玉葱の微塵切り、葉野菜の残り、繋ぎの卵、ガランガーとニンニクの微塵切りを少し。醤油、酒、胡椒、木の実油を適量入れて混ぜ合わせる。これで肉餡の準備が出来た。
続いてホビット達が捏ねてくれた生地を、三十九等分はいちいち計るのが難しかったので四十等分にして丸め、薄く四角く伸ばした上に先程作った肉餡を乗せる。それをくるくると巻いて両端を閉じた。
それから縦に起こして生地が破れないように、上からゆっくりと押し潰していくと、丸く平たい形になった。
ホビット達が面白がって手伝ってくれたが、押し潰すと生地が破れてしまった為、押す係りはマリールの役目となった。
成形が済んだ生地はバルドに土釜で焼いてもらう。
「マリーちゃーん。餡が余った!」
「あ、じゃあ、似た様なもので申し訳ないんですけど……」
残った肉餡の風味を変える為に、シナモン、グローブ、花椒、フェンネル、スターアニスを適量混ぜる。
それからホビット達に作ってもらった生地を再び作ってもらい、これもまた時間進行のポケットで寝かせてから四十等分にして丸める。
今度は丸く厚めに伸ばした生地に、肉餡、それからチーズや千切りの芋に葉野菜、思い思いの材料を乗せて貰って、包んで貰った。いつの間にかモブスカやギーアまでもが参戦している。
不器用なアエラウェは中に入れる具材を選ぶのみ参加するようだ。
「生地の真ん中を厚めにして、こう、肉餡を押し込むようにすると、自然と生地が伸びてきれいに包めます。それからこんな感じで捻って閉じて、閉じ口が下になるように鉄板に置いてください」
「こうですか?」
「む、難しいですね……」
「そうです、ギーアさん。良い感じ! モーリスさんのは……ちょっと貸してください。――はい。これで続きをどうぞ」
「出来ました!」
自分で作ったものが判るように、木の実や葉、マーク等をつけて貰う。再び時間進行ポケットで発酵をさせ、これに溶いた卵黄を塗って、炒った白胡麻を散らす。これもバルドにお願いして焼いて貰う。
丁度先に焼いてもらっていた生地が、肉とニンニクの良い香りを漂わせて美味しそうな焼き目を付けて焼き上がった。
男達の喉から、唾を飲み込む音が同時に聞こえる。
「すごく……美味しそうね」
「ああ……酒に合いそうだ」
思わず手を伸ばしたアエラウェとバルドに、マリールはピシャリと叱りつける。
「駄目ですよ。これは明日のお昼の分です!」
だが、諦められなかったのか、ホビット達が子犬のような目でマリールにねだった。
「マリーちゃん、ちょっとだけ味見も駄目?」
「ちょっとだけ!」
「はしっこだけ!」
「良いですけど、明日の分が無くなりますよ? 明日は朝昼作りませんからね!」
「「「そんな~……」」」
朝の分と昼の分、それぞれ一人当たり三つずつ。本当は一つずつ余っているが、小さくてとても皆で分け合える量じゃないので味見は無しだ。
マリールは男達に盗み食いされないように、焼き上がった生地をささっと時間停止ポケットに仕舞っていく。次に焼く生地も同様だ。
こんなに良い匂いを嗅がせておいて、何て酷い拷問だろうか。
明日の朝までの辛抱だと、男達は溢れてくる涎を飲み込みながら、じっとマリールの背負い鞄を見詰めていた。




