031. 間抜けの門番
黄昏時のオレンジと青が混ざりかけた空を、鳥が群れを成して飛んでいく。
行きよりも帰りの方が早く感じるもので、バルド達は日暮れ前にはメルクの山側にある門前へと到着していた。
「ギルマスまじスゲーな……。マリーちゃん見つけた時もだけど、毛皮(二人入り)とマリーちゃん担いで俺等の速さに付いてきてる」
「む。いや、どうも今朝から調子が良くてな……」
「そういや俺も、何時もより身体軽いなーとは思った」
「あ、俺も俺も! 腹減る頃には普通になってたけど、ピピ角牛に追いかけられてた時なんか、何時もより速く走れた気がする」
「えー? 追っかけれてたからじゃないかー?」
「「そっかー!」」
追われると不思議と逃げ足の速さも増すものだしと、トートが胡散臭げに言えば、ラルムもサルムもあっさりと納得してしまう。
そんなことを話しながら門の列に並び順番を待っていると、出掛ける前には一人で立って居た顔馴染みの門番ではなく、見覚えが無い新顔の門番が数人立っているのが見えた。
「あれ? 朝のおっさんじゃないぞ」
「ほんとだ。……何かあったのかな? なんか門番の数多くなってるけど」
「――不味いね。チェック厳しくなってるみたいだ」
「ああ……」
前に並んでいる旅人は、荷物を全て拡張鞄から出させられ、確認されている。この街に住む自分達がそう見咎められる事は無い筈だが、警戒するに越した事は無い。
バルドは眠るマリールの頭までを、マントですっぽりと覆い隠した。
バルド達の順番がやってくる。不遜な態度の門番がバルドとホビット達をじろじろと眺めながら、片手で持てる小さな石版を手に聞いてきた。
「門をくぐる目的は?」
「冒険者ギルドの依頼だ。山でピピ角牛を狩ってきた。今朝も門番にはそう伝えている」
「……合ってるな。通って良いぞ」
顔馴染みの門番が、今朝の記録をきちんと残しておいてくれたのだろう。バルドが門番にタグの表面を見せながらそう説明すれば、あっさりと通してくれた。
――だが。
「――待て。山に行ったと言っていたな? 何か変わった事は無かったか?」
通り過ぎたバルドの背に、門番が声を掛けて呼び止める。
探るようなその視線に、バルドは顔色を変えずに振り向いた。
「……人がスライムに捕食されているのを発見した。残っていた部分は焼いて、墓標も建ててある。回収出来たタグは一つだけだ」
「見せろ」
バルドは助からなかった人物のタグを拡張鞄から取り出し、門番へと投げて渡した。
門番はそのタグの裏表を念入りに確認すると、他の門番に何かを耳打ちして、バックラーを一回り大きくしたような石板を持って来させた。
石板には獣の頭が掘り込まれていて、その獣の目には天眼石が嵌め込まれている。真実を見抜くと言われる、目のような模様が特徴の石だ。
そして獣の丁度口の部分に穴があり、門番はこの石板の穴にバルドのタグと手を入れるように促した。
「一人分だけか?」
「……タグはそれしか回収していない」
「……本当のようだな」
タグを回収したのは一人分だけだから、嘘は言っていない。
今は何の反応も示さない石板の獣は、嘘を言えば忽ちその口を閉じると言う。これも過去に現れた『異界の迷い子』が作成したものらしい。
門番は続けて、バルドの腕の中に眠るマリールに目を留めた。
「……その子供は?」
「俺の家族だ。タグもあるぞ?」
バルドがそう言えば、門番が哀れみと蔑みを混ぜて鼻で笑う。
「なんだ、嫁にでも逃げられたか? ああ、子供のはいい。このタグは此方で商業ギルドに届けておこう」
「ああ。助かる」
亡くなった者を発見した場合、身分証明証であるタグを持ち帰り、亡くなった者の所属ギルドに届ければ、親族から謝礼が届く事もある。
だがバルドは門番の言うままに、回収したタグをすんなりと託した。
後に続くホビット達も、一緒に狩りに行く事が記録されていたので、タグを提示するだけで済ませる事が出来た。
門から離れた途端に、ホビット達が門番に向かって舌を出す。
「なんだぁ、あれ?」
「……あのタグの人を探してたのかな?」
「どうでもいいけど、スッゲー感じ悪いやつだったな!」
「「「あとマヌケ!」」」
「……」
子供だからと良く調べもしない門番の事は、マリールから聞いていた。だがそれにしても粗略過ぎる。
肩に担いだ毛皮(二人入り)とマリールについて深く追求してこなかった事には助かったが、なんとも蟠るものが残った。
嫌な気分を打ち消すように、トートが明るく声を出す。
「帰ろ、帰ろ~! そんでどっか食いに行こう!」
「昼飯も食わずに、もう晩飯の時間じゃないか! 俺はら減って死にそうだよ~……」
「でもさ、夜になったらエドナばあさん来るんだろ?」
飲食組合の当番長を、エドナが今夜連れて来てくれると言っていた。ならば冒険者ギルドに戻るのが遅くなる訳にはいかない。
気にするホビット達に、バルドは言った。
「マリールが起きてくれるとも分からないし、お前等は適当に食べて帰れ。俺は先にギルドに戻る」
「やったー! ギルマスの奢り!!」
「「ゴチになりまっす!!」」
「おまえらなぁ……」
調子の良いホビット達に呆れながら、バルドは自分の身分証明証タグとは別の、半欠けになったタグを取り出してトートに手渡した。
このタグは所謂、家族カードのようなもので、使用金額の上限を設定し、自分以外の者に買い物を頼む為に渡すものだ。自分のタグと半欠けのタグを重ねれば、頭に浮かべた使用可能額が半欠けのタグに反映される。
「んじゃ、ギルドで食べようぜ。ギルマスも腹へってるっしょ? 皆の分適当に買ってくよ!」
「エドナばあさん達の分もいるかな?」
「多目に買ってけばいいんじゃね? 残ったら俺等で頂こーぜ!」
「じゃあ、頼んだぞ」
「「「了解っす!」」」
ホビット達は揃ってバルドに敬礼すると、あっという間に港側へと消えていった。
ホビット達は恐らく肉しか買って来ないだろう。マリールが起きたら野菜が無い事に怒り出しそうだ。
まるでエドナが二人に増えたようだなと、バルドはふ、と頬を緩め、帰路を急いだ。
バルド達が通過して暫く後、森側の門に騎士鎧の男が現れていた。
「――順調か?」
「っ、ガルクス様! ええ、何時も通りに例の者達が荷物と共に通過しました。我々も頃合を見て交代します」
「そうか」
ガルクスは門番に報告を受けて、満足そうに口元を歪める。
機嫌が良さそうなガルクスを見て、門番はそっとガルクスに近づくと、周りに聞こえない様に耳打ちして続けた。
「――それと。本日は森で予定があったので、山に捨てたのですが」
「山にか」
「はい。ですが、先程回収されて届けられました」
バルドが回収して来たタグを、門番がガルクスに見せる。
ガルクスはそのタグを手に取り、翳す様に眺めると、その視線を門番へと戻した。
「拾った者は何と?」
「スライムに捕食されていたので、このタグしか回収出来なかったと」
「――残りの二つもタグごとスライムに溶かされたのかもしれんな。タグの報告は貴公に任せる」
「は!」
「話を聞く」のにも飽きて明け方には連れて行かせたが、山ならば直ぐに獣や魔獣の餌食になった事だろう。
スライムが食い残しを捕食していたと言うのなら、残る二つをわざわざ回収しに行かせる事も無い。
ガルクスはタグに興味を失くし、次の「話し相手」が現れるのに期待するのだった。




