022. 肉は野菜です
「は――……もう。紛らわしいったら!」
アエラウェの誤解を解き、漸くバルドが開放されたのは、マリールのお腹が遠慮がちに鳴いたからだった。
それに釣られるようにホビット達の腹が、バルドの腹が、最後にアエラウェの腹が、見事に朝から輪唱を奏でてしまった。
マリールは「朝食作りますね」と、照れ笑いしながら鼻血を拭く。
「すみません、私がバルドさん(の雄っぱい)が好き過ぎた為にご迷惑を……」
「えっ!? え、ええ。まあ、ええ……」
「マリーちゃん、八歳児なの自覚しようか」
「というか女の子なの自覚しようか」
「おっさんにセクハラする少女って……」
「……」
全員が憐れんだ目でマリールを見るのは、仕方ない事だろう。
人形のように真っ白く可愛らしく、あげくに生命力30と言う脅威のか弱さで、中身が凄く変態だ。
あのタグの奇妙な色は、この変態という魂の本質が表されているのかもしれない。
「あ、朝食パンでいいですか?」
「「「肉」」」
「肉があればそれで」
「肉がいい」
「ぐぬぅ」
朝から肉とは驚きの胃腸の持ち主達である。
常に肉に偏っていそうな男達に、きちんと野菜も食べさせてあげたい。だが、昨日買った肉はまだ残ってはいるが、葉物野菜は全て晩飯で消費してしまったのだ。
野菜を広場へ買いに行こうにも、この冒険者ギルドから少し離れている。これではお腹が空いているのに、直ぐに作る事が出来ない。
マリールは唸る様に呟いた。
「野菜も欲しい……」
「ええー? 肉だけで良くない?」
「肉が野菜だと思えば良くない?」
「ていうか肉って野菜なんじゃない?」
「野菜なら、近くに店があるぞ。……そう言えば隣の肉屋から干し肉用に以来を頼まれてたな」
「あら、じゃあピピ角牛ね。依頼に出しとくわ」
バルドが昨日、昼飯の帰りに受け、すっかり忘れていた依頼を思い出す。
干し肉はどんな肉でも作れるが、筋肉質で脂が少なく、直ぐに水分を飛ばせるピピ角牛が良く利用される。
ピピ角牛はその名は可愛らしいが体長はバルドの背よりも高く、長過ぎる体毛は毛皮としては不向きで、干し肉の他に刈った毛糸を撚り、糸として利用されていた。
気難しい性格で人を寄せ付けず、飼育には向いていない為、野生を狩るしかない。
「あ、俺らやりたい!」
「「やるやる!」」
「ええー? アンタ達じゃ無理じゃない? あの大きさ……、どうやって持って帰るのよ」
ホビット達の小さな身体では、例え倒せたとしても、とてもじゃないが運べないだろう。
それにホビット達の持つ収納鞄は収納容量がそれほど大きくない上に、ガラクタで一杯になっている。
アエラウェが無理だと言えば、ホビット達はくるりとマリールを取り囲んだ。
「マリーちゃん! 一緒に行こう!」
「へ!?」
「マリーちゃんが来ればギルマスも来るじゃん!」
「よろしくギルマス!」
「……おまえらなぁ」
「仕方ないわねぇ。それじゃ受理しとくわ」
バルドが居れば安全に狩れるし、運ぶのもバルドの収納鞄に入れて貰える。だが、常ならばホビット達が頼んでも、バルドはそんな事で依頼に付いて来てくれる事は無かった。
けれどバルドは今、マリールから離れられない状態だ。それならばと、マリールを巻き込んでのバルド釣り上げ作戦である。
ホビット達の作戦にバルドが呆れていると、アエラウェがあっさりとマリールも連れてピピ角牛狩りに行くのを許可してしまった。
生命力30ではあるが、バルドも居るし、あの不思議鞄があればきっと大丈夫だろう。
「何故こんな事に!?」
野菜が欲しかっただけなのに、何故かピピ角牛狩りにマリールも行く事になってしまった。
マリールが唖然としていると、トートが「まぁまぁ」とマリールを宥め賺す。
「あの山、マリーちゃんが好きな草一杯あるよ。俺達の故郷で見かけない草も」
「……え?」
マリールが興味を示したので、トートはさらに畳み掛ける。マリールが行きたくないと言えば、バルド釣り上げ作戦は失敗だ。
「あんま草に興味無いけどさ。ピピ角牛の水のみ場、色んな種類の草生えてるよ」
「……水場がある山なんですか? 人が作った水場ではなくて?」
「うん」
「行く! 行きます!!」
「「「そう来なくちゃ!」」」
山に自然の水場があるのはとても珍しい。
俄然行く気になったマリールに、ホビット達は手を叩き合った。
「それじゃ、まずは顔を洗って腹ごしらえと、お弁当作らなきゃですね!」
朝食の他に、お弁当作りも追加だ。
マリールが顔を洗いたいと言うと、アエラウェが皆に浄化魔法をかけてくれた。
淡い光が収まれば、風呂に漬かって磨き上げたようにぴかぴかのすっきりだ。
「ふわぁ……私も浄化魔法使えたらなぁ」
「そうねぇ。殺菌も出来るし、色々便利だものね」
野宿の時に使えれば、いつでも綺麗で清潔だし、川の水も安心して飲める。
マリールも一応光の性質持ちなのに、眩し過ぎる光は危険だという理由で、養い親から使用するのを禁止されていた。
羨んでてても仕方ないと、マリールはバルドに向かって両手を伸ばす。
たった一日一緒に居ただけですっかり馴染んだ抱っこのポーズだ。
「旦那様! 野菜買いに行きたいです!」
「ああ、なら行くか」
バルドは言われるがままにマリールを片腕に抱き上げて、冒険者ギルドの入り口の扉を引き開ける。
すると。
「……ちょっとね、バルドの旦那。言いたい事があるんだけどね?」
冒険者ギルドの扉の前に、野菜売りの女店主率いる近所の主婦達が、額に青筋を浮かべ、腰に手を当ててバルドを睨め付けていた。




