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お薬いかがですか?  作者: ほる
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018. マリールと割れた魔石


「あ、お酒も良いですけど、スープも冷めないうちに飲んでくださいね~」


 すでに酒が進んで顔を赤くしたホビット達は、マリールの言う通り素直にスープに口を付ける。すると、酔っ払ってうねうねしていた背筋が、途端にピシリと姿勢良く立ち上がった。


「……っあっまーい!!」

「うお、うめぇ! 甘いのとしょっぱいのが絶妙!!」

「そんで濃厚!!」

「これ不思議だったのよね。粉にお湯入れただけでスープになるんですもの……。やだ、すごく美味しい……」

「ああ、それになんだか暖まる……」

「えへへ、これも野菜と牛のお乳で作ったスープを乾燥させたものなんですよ。旅の途中、宿が無くて野営する時に便利なんです!」


 自作粉末スープで酔っ払いの酔いも醒ませた事に、嬉しそうに顔を綻ばせるマリールとスープを見比べて、アエラウェは急に真面目な顔つきになった。


「――これ絶対売れるわよ。商業ギルドのどこになるのかしら……?」

「飲食組合じゃないか?」

「そうよね……。草飴の登録と、ここで食堂を開くので、どの道登録しなくちゃだし。その時、一緒にこの粉末スープのレシピ登録もしてきたら? これなら薬と違って命狙われるなんて事も無いだろうし」

「ああ、そうだな」


 何だかマリールを置いてけぼりにして、どんどん話が進んでいく。

 マリールがオロオロとしてバルドとアエラウェの会話を聞いていると、アエラウェは手元のカップをじっと見詰めて、ぽつりと呟いた。


「――これ、量産できたら凄い儲けになるわね」

「え、無理です! そんな売るほど沢山作れません! スープ作るだけで腕痛くなっちゃう!」


 まさか大量生産しなくてはならなくなるのかと、マリールは首をふるふると振って嫌だと主張する。

 アエラウェはそんなマリールを安心させるように「大丈夫よ」と微笑んだ。


「ああ、レシピ登録したらね、その製造方法を使ったらお金を払う事になってるのよ。薬術士組合もそうだったでしょう? だから、マリーちゃんが作らなくても他の人に作って貰えば良いの」

「レシピ登録せずに販売許可だけで製造会社を立ち上げて、マリーが会頭になっても良いが……。レシピはどうしたって漏れるものだからな、登録しておいた方が良い」


 バルドとアエラウェはそう言うが、マリールは気が乗らないようだ。製造方法を考えて頭を捻らせる。



「え……。でも乾燥させる工程で、自然乾燥だとなかなかの時間が掛かるし、衛生的にも難しくないですか? 私の場合は時間経過が付いた真空袋ですぐ乾燥させられますけど……。あ、でも栄養とか考えずに水分だけ取り除くなら、水か火魔法で出来るのかな? それとも風魔法? 密閉容器の中に材料を入れて風で乾かすとか出来るのかな?」


 マリールはせっかく適正があっても魔法が使いこなせない為、それぞれの魔法について詳しくは無い。だから思い付く限りの液体を粉末にする方法を口にしてみたのだが、バルドとアエラウェは押し黙ってしまった。


「「……」」


 水魔法で水分だけを抜く事が出来るなんて、聞いたことが無い。

 火魔法で水を蒸発させることは出来るが、恐らく火魔法のコントロールに長けたバルドでさえも、スープを煮詰めて焦してしまうか、消し炭にしてしまうだろう。

 風魔法ならば可能性はある。密閉容器の中だけで風を起こせる者が居たならば。


「あ、なくなっちゃいますよ?」


 バルドとアエラウェがマリールのチートっぷりに無言になっている内に、ホビット達が料理を食べ尽くしていた。

 あれだけ大量に作った料理が、見事に消えている。


 マリールは自分の分をしっかり皿に選り分けていたので、ゆっくり食べていたが、大皿から直に食べていたバルドとアエラウェは、空になった皿を悲しそうに見つめた。


 二人があまりに悲しそうなものだから、見兼ねたマリールは椅子からぴょん、と跳び下りた。


「お酒の当てなら、まだ油も残ってますし。この芋の揚げ物作りますよ? お肉も焼くだけなら」

「す、すまん」

「ごめんなさいね、マリーちゃん。手伝うわ」

「すみません、アェラウェさん。火とか水とか自分で出せたら良いんですけど……」

「いいのよ。でも私達が居ない時に困るでしょうから、明日にでも魔石買いに行きましょ」

「……あー……、その、ですね」

「なぁに? お金なら大丈夫よ?」


 言い淀むマリールにアエラウェが首を傾げる。

 魔石ならメルクにも売っているし、マリールの為ならばちょっと値の張る高ランクの魔石を買ってあげてもいい。と、バルドは思うだろう。アエラウェはバルドに買わせる気満々だった。


「私の魔力がですね、ちょっと大きすぎて、普通の魔石じゃ耐えられなくて、ですね。すぐに割れてしまうんです。薬術以外の事だと、ほんとコントロール出来なくて……」


 魔石を使う際、微かな魔力を通す必要があった。

 例え魔法が使えなくとも、この世界の生命は多かれ少なかれ魔力を持って産まれてくる為、使いたいと念じるだけで良い。


 しかしマリールの場合は魔力が表示不能という謎の数値な上、何故か薬を作る時以外、魔力コントロールが出来ない。

 魔力がいくらあっても使いこなせない弊害が、魔法が使えない者の為に作られた魔石をも、使えなくしていた。


「ここに来るまで使ってたのも、ポル姐に貰った魔石で。凄く珍しいもので、どこの店にも無くてですね……」

「割れた石はまだあるの? 見せてもらっても良いかしら?」

「あ、はい。これなんですけど、復元も出来ないんですよね……元が何がどうしてこうなってるのか分からないから」


 アエラウェに言われて、マリールはスカートのポケットから、小さな巾着を取り出した。巾着から丸めた厚手の布を取り出すと、テーブルの上に置き、丁寧に広げていく。


 そこに包まれていたのは、真っ二つに割れてしまった透き通る深い海の青と、角が小さく割れた、血の色をしている二つの結晶だった。

 だが赤い結晶の中には、トゲトゲが集まったような石が内包されている。こんな結晶は見たことが無かった。


「あ、手で直接触らない方が良いですよ?」


 マリールは軽く言ってのけるが、バルドとアエラウェは石を見た途端、数歩後ずさっていた。


「これって……」

「……龍血石と胆礬か?」

「「「!?」」」


 それを聞いたホビット達も、驚きの俊敏さで壁際まで飛び退いた。トートもラルムも青褪め、泣き出しそうな程に怯えたサルムが、ラルムにひしとしがみ付く。


 二つの割れた魔石に、バルド達は一気に酔いが覚め、額に汗までかいていた。


「――龍の涙と龍の血が結晶化したものだな。まあ、確かに龍なんて滅多にお目にかかれない。この石もな」

「お目に掛かったら、まず死を覚悟するわね……」


 龍血石と呼ばれる赤い方の石は辰砂とも呼ばれ、熱に触れると毒の霧が発生し、その霧に触れたものは死んでしまうと言われている。

 青い石は胆礬と呼ばれ、水に漬ければ毒素が水に溶け出し、その水を飲んだ動植物は弱り命を奪われる。


 この二つの石は、とある国で戦争が起きた際に使われ、使用した軍も敵対した軍も死に絶えさせた事がある。


 特に龍血石には龍の魔力が多く蓄積されているとして、国は勿論のこと、魔術関係者や怪しい宗教団体がこぞって欲しがる代物だ。


 そんなものを魔石として使用出来た事に驚きである。


「え、ちょっと待って、御伽噺の『ポルガラと龍』って、まさか……」

「あれって従えてるんじゃなかったっけ!?」

「まさか、血と涙を採取する為に飼ってるってこと……?」


 ポルガラ伝説の一説を思い出して、ホビット達がどよめいた。だとしたら、ポルガラと言う人物は、なんて残酷なのだろう。


 だが、マリールはそんな怯えるホビット達に大袈裟だと笑いながら、それは違うと手をひらひらと横に振った。


「そんな御伽噺にまでなってるんですか~。でもこの石、違うと思いますよ? 龍は龍でも龍人さんので、その……大変言いにくいんですが、その石は血ではなくて……いや、血なのかな……?」

「血じゃない血なの?」

「え、ナニナニ?」

「鼻血?」

「血じゃないって言ってるじゃないの……。でも何かしら?」

「血じゃなくて血って何だ? どっちなんだ?」

「ええと、絶対秘密にしてくださいね……?」


 相変わらず要領を得ないマリールのヒントに、バルド達の頭はこんがらがる。


 だが、マリールがとても言いづらそうにしながら告げた言葉は、思っていたよりも衝撃的な内容だった。


「赤い石は龍人さんの尿路結石の石、だそうです。青い石は、その時に流した涙だそうで……」

「「「「「は??」」」」」


 マリールが少し申し訳なさそうに正体をばらすのは、きっとその龍人の恥ずかしい下の話でもあるからだろう。プライベートな事を知らない人にばらされている事を知った時程、居た堪れなさと言ったら無い。


「ほら、女性もなるけど、男性の方が結構罹る病気あるじゃないですか? おしっこ出すとこに石が詰まって出せなくなって、すっごく痛くて血尿が出る病気……」

「あ、ああ……」

「俺の父ちゃんなってた」

「俺の叔父さんも」

「兄ちゃんなってた。すっげえ痛過ぎて、痛がりながら笑ってた」

「……」


 バルド達にも身近にツライ目に遭っている者が居るようだ。


 腎臓内で作られてしまった腎結石が尿路に落ちて詰まってしまい、腹の痛みや排尿時に激痛を齎し、血尿を出す。石は自然に排泄する事もあるが、最悪死に至る病として男達を震え上がらせる病だった。


 高い寄進をして回復術士に治してもらっても、一度出来てしまうと再び出来やすくなる、厄介な病だ。回復ポーションは傷や病を治せるが、この病に対しては、痛みを一時的に和らげるだけに留まっていた。体内で自ら生成させてしまったものだからかもしれない。


「あれで出来た石です。多分赤い部分が血尿の結晶だと思います…。だから触るの気をつけてくださいね? 一応除菌してありますけど、気分的に……」


 男達は尿路結石の石を魔石にしてしまったポルガラと、それを持ち歩くマリールに畏怖し、尿路結石を魔石にされてしまった龍人に、只々同情したのだった。



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