011. 乙女心
広場を抜けた商業ギルド周辺は高級店や高級宿屋が多く、商業ギルドに近くなればなる程、大店が増えてくる。行き交う人々も貴族等の富裕層が多く、各所に警備兵が常に配備されていた。このメルクの街では最も治安の良い場所だ。
その中に一軒、特に目立つ店があった。
マネキンに着せられた美しいドレスを引き立てる様にして、きれいな香水瓶や宝石箱等の装飾品が飾られている豪奢な飾り窓のある店を、レースたっぷりのドレスで着飾ったご婦人達が出入りしている。
マリールは瞳を輝かせ、その様子を食い入るように見詰めた。
「ふふ。女の子ねぇ。マリーちゃん、これが済んだら帰りに寄る?」
「え! いいんですか!?」
「いいわよぉ。ね? 何か買っておあげなさいな、バルド」
「……ああ」
「え? ほんとに?? ほんとのほんとに??」
「かまわん。これから飯で世話になるしな」
「……そこは結婚記念に、とか言いなさいよ」
バルドの色気の無い答えに額に手を当てて溜め息をつくアエラウェだが、マリールは嬉しくて大興奮だった。まさかの愛しい旦那様からの贈り物である。喜ばない筈が無い。
「お揃い! お揃いがいいです! 旦那さま!!」
「いいね! 俺達のもお揃いでヨロシク! ギルマス!!」
「やった! 俺欲しいのあったんだよね~」
「俺新しいナイフがいい!」
「……なんでアンタたちまでお揃いで欲しがるのよ…アタシ扇子がいいわ」
「待て。マリールのだけだからな」
「「「「え~!??」」」」
「当たり前だ!!」
「あのう~、店先で騒ぐのはご遠慮くださいませ?」
ぎゃいぎゃいと騒ぐバルド達の声に、おっとりとした声が混ざる。
バルド達が一斉に振り向く。するとそこには、優しそうな垂れ目をした、しゃぶり付きたくなるようなぷっくりとした赤い唇と、その横にある色っぽいホクロが印象的な美女が、店の扉から上半身だけを覗かせ、困ったように微笑んでいた。
「っ。あ、ああ。すまない……」
それを見たバルドの厳つい身体が、途端にギシリと錆びついたような動きになった。子供は勿論、妙齢の女性にも泣き叫ばれて、全力で拒否され続けた人生を歩んできたバルドは、こうして女性から話しかけられる事に耐性を持ち合わせていないのだ。
一方、この美女を見た途端に挙動不審になったバルドに、マリールは思い切り眉を顰めた。バルドが、この女性にはあからさまに動揺している。書類上とは言え、嫁になる自分にはこんな風にどもったり目を逸らしたりしない、バルドがだ。
バルドがこの美しい女性に少なからぬ好意を抱いている事に、ピンときた。女の勘というやつだ。
幼い少女に赤面したり、どもったりしたら本格的に言い逃れ出来ないのだが、八歳の肉体年齢と足して三十七歳の魂年齢を持つマリールは、そんな事には思い当りもしなかった。
「あら、ごめんなさいね。騒がないようにするから、今度お店に寄らせて頂いても良いかしら?」
「ええ、勿論です~。ご来店をお待ちしておりますわ」
アエラウェの微笑に見蕩れて呆けることもなく、美女は愛想良く丁寧に応える。そして半分扉に隠れていた姿をすっかり現してから、丁寧に腰を深く折り、頭を下げた。
そのたわわな胸をぽよんと両の二の腕で挟む形でお辞儀をするものだから、ぽよんな胸が挟まれてさらに盛り上がり、押しつぶされた柔らかそうな谷間が、惜し気もなくバルド達の目に晒される。
バルドは顔を赤くして顔を背け、ホビット達は鼻の下をこれでもかとデレデレと伸ばした。この美女は、まさにホビットの理想を具現化したような、完璧な乳と尻の持ち主だった。
「……ほら、行くわよ!」
アエラウェが呆れたようにトートの耳を引っ張り、引きずるように先へと足を進めると、それと同じようにトートがラルムの耳を掴み、ラルムがサルムの耳を掴んで引きずられていく。
バルドも軽く美女に会釈してから、アエラウェ達の後に続いた。
暫く歩き店から遠ざかると、マリールが拗ねた声音で呟いた。
「……やっぱり何もいらないです」
「ん? 遠慮しなくてもいいんだぞ?」
「ぽよんでたゆゆんになったら買ってもらいますから!!」
「……なるのか?」
「……ぐぬう!!」
確かエルフは男も女も絶壁とかいう話では無かったか。バルドが首を傾げると、マリールは唇を噛み締め涙目になって、ぷいっとバルドから顔を背けてしまった。
何故だか不機嫌そうにむっつりとしているマリールに、バルドは急に機嫌が悪くなったと不思議がる。
そんなバルドにアエラウェは再び額に手を当てて、呆れたと溜め息をついたのだった。
「……ほんっと、乙女心の解らない男ねぇ」
バルドが女にモテないのは、顔と図体のせいだけでは無いかもしれない。