010. 三人の騎士
馬fu…ではなく、至高の甘味・牡丹餅を食べてから、話し合いで決まった方針を早速実行するべく。
冒険者ギルドの扉には「外出中」とサインをかけて、バルドとマリールは婚姻届を提出する為に、冒険者ギルドを出て広場まで来ていた。
婚姻はお互いの合意を証明し、お互いの所属ギルドに報告をする事で国民情報が書き換えられる。そして婚姻には保証人が必要なので、アエラウェも一緒だ。
アエラウェはエルフなので目立ちたくないと、街に出る際は地味な色味のマントフードを深く被っているが、地味フードを被っていても美人オーラが漏れまくっていた。むしろ隠す事でその美しさを倍増させていると、マリールは大絶賛だ。
その後ろには面白そうだからと、ホビット達も続く。
バルドもアエラウェも出かけるとなると冒険者ギルドは無人になってしまうが、いつも早朝に依頼を受けた冒険者達が、依頼達成の報告に来るのは大体夕方頃なので問題ないらしい。早めに戻ってきた冒険者達も、バルドとアエラウェが居なければ適当に出直してくれるそうだ。まあ、今は依頼を受けて出ているのは一人しか居ないのだが。
バルドが長を務めるこの街の冒険者ギルドはかなり柔軟というか大らかというか、要するにいい加減である。
商業ギルドはと言うと、こちらはルールでカチカチに固まっており、違反者には罰則も厳しい。その癖一部では金品で都合を付ける輩も居るのだが、そんな彼等は金を持たない者にはとことん厳しかった。
貴族間では恐ろしく年の離れた婚姻も、政略や家同士の結びつき等でままある事ではあるが、市井の間では滅多に無い。バルドは商業ギルドの窓口で一体どんな扱いをされるのかと、もう既にげんなりしていた。
冒険者ギルドと商業ギルドは街の広場を挟んで対角線上にある。冒険者ギルドのある山側は武器防具等の鋳造所や革工房等と肉屋、それに庶民向けの小さな店がポツポツと点在し、人の通りもまばらだ。
対して、商業ギルドは広場を挟んだ港のある海側にあった。海に面した見晴らしの良い高台には貴族達の住宅や別荘があり、商業ギルドの周辺は貴族向けの高級店や輸入問屋等が並んでいる。メルクの華やかな部分は、すべて港側に集約していると言っても過言ではない。
広場は他国や地方から出稼ぎに来た行商人の屋台や路地売りが所狭しと並び、珍しい屋台も多いので食事時になると買い物客でごった返す。
ちなみにバルドが良く子供に泣かれて通報されるのは、ここ広場か商業ギルド側だ。
今は昼過ぎで人もそれ程は居ないが、小さなマリールが逸れたり攫われない様にと、バルドはその逞しい腕をマリールの腹に廻し、荷物のように小脇に抱きかかえた。
すると、それに気付いた広場に居た人々は皆一様に眉を顰め、ひそひそと何かを話しながら、訝しげにバルドとマリールに注目し始めた。
当たり前である。
「ちょ、ギルマス! その抱え方は不味いって!」
「また警備兵呼ばれるって! あ……。もう遅いかも……」
「せめて抱っこの方が! ほら、こんな感じで!」
「ほんっと、女心の分からない男ねぇ……」
「む……。すまん。こうか?」
バルドはホビット達に言われ、今度はマリールの頭を自分の肩に凭れさせ、片腕で尻を支えるように抱え直した。
しかし既に遅し。先程まで荷物のように小脇に抱えられていたマリールは、乙女心が傷ついたのか、下唇をきゅっと噛み締めて、只何もない一点を見つめている。バルドと目線を合わせようともしない程、相当傷付いたようだ。
「す、すまん。ああ、ほら、あそこの蜜漬けでも食べるか? 買ってやるから機嫌直せ。な?」
一向に視線を合わせようとしないマリールに、バルドは慌てて機嫌を直そうと、あたりの屋台を見回した。目に入ったのは、この辺では珍しい果物の蜜漬けの屋台だ。
バルドは早速マリールを抱いたまま蜜漬けを買いに走った。甘味で子供の気を引こうとする様も、正に人攫いである。
蜜漬けを売っている屋台の恰幅の良い女店主は、顔に大きな傷がある厳ついバルドにぎょっとして、その腕に抱き上げられている小さなマリールを見て、さらに大きく目を見開いた。
バルドは何種類かの果物を串切にしたものを串に刺した蜜漬けを注文すると、店主のタグとバルドのタグを合わせて会計を済ませた。
女店主は注文通りに串に刺した蜜漬けをマリールに直接手渡すと、バルドに聞こえない様に気を遣いながら、マリールにこっそりと耳打ちをする。
「……お嬢ちゃん、この人ほんとに父親かい?」
マリールはキョトンとした顔をして、ふるふると頭を横に振る。
父親ではなく、旦那だからだ。
だが、それを見た女店主は思った通りだったと顔を青くして、バルドに向かって指を差し、思い切り叫んだ。
「あ、あんた! 怪しいと思ったら、やっぱり人攫いかい!!」
「なんだって!?」
「誰か騎士さん呼んできて! 早く!」
「子供が攫われようとしてるぞ――!!」
蜜漬け屋の女店主が叫ぶなり、周辺に出ていた屋台の店主やら客やらもが一斉に叫び出す。警備兵を呼びに駆けて行った者以外は、皆がバルドを逃すまいと囲みこんだ。
「ちょっとアンタ! その子を離しな!」
「ほら、お嬢ちゃん! 早くこっちに!」
「待ってな、すぐに警備兵の騎士さんが助けに来てくれるからね!?」
「ちがうの、私の旦那様なの!」
正義感溢れる人々に一斉に言われ、マリールはまた頭を横に振る。そうして「ね? 旦那様!」と、マリールは照れ笑いをしながらバルドを見上げた。
これに今度はバルドの表情が無である。
少し離れた所では、アエラウェとホビット達が腹を押さえ、肩を震わせて笑いを堪えている。どうやら赤の他人を決め込み、傍観する事にしたようだ。これは助けを求めても無駄だろうと、バルドは早々に諦めた。
店主たちは助けようとした子供のまさかの発言に、皆が呆けた顔をして、はっとしたように直ぐにまた騒ぎ出す。
目の前の男は人攫いどころか幼女を無理矢理嫁にする変態だったのだ。
「ただの人攫いでなくて変態だったのかい!?」
「嬢ちゃん……親に売られたか騙されたんだね? 可愛そうに……。さ、もう大丈夫だよ。おじちゃん達が助けてあげるからね。良い子だからこっちへおいで?」
「そうだよ、アタシらが守ってやるからね?」
人々はバルドからマリールを救おうと、一斉に手を伸ばす。こっちへ来いと自分に向かってくる無数の手に恐怖を感じ、マリールはぎゅっとバルドの首にしがみついた。
そこへ。
「何をしている!」
やっと警備兵が辿り着いたようだ。バルドとマリールを囲む人々を掻き分けて、現れたのは警備兵の軽鎧を身に付けた騎士が三人。生真面目そうな長い黒髪の騎士が先頭を切り、その後ろに、薄茶色の癖毛がふわふわとしているどこか頼り気がない少年騎士と、短く刈り込んだ赤毛の、身体が大きな青年騎士が続いた。彼らの登場に、人々はやっと救世主が現れたと、わっ、と歓声を上げる。
「騎士さん! この子こんなに小さいのに、この男の嫁にされてるんだ! 早く助けてやっておくれ!!」
「かわいそうに、この男にすっかり騙されてるのよ……」
「もう随分と洗脳されてるようなんだよ! とんでもない極悪人だ!!」
口々に助けてやってくれと言い募られて、警備兵達は件の男に目を向ける。するとそこにはお馴染みの鬼岩顔が、うんざりとした表情で立っていた。毎日顔を合わす警備兵も、またうんざりとした顔でバルドを見る。
せっかく今日はまだこの鬼岩顔を見ていなかったと言うのに、この男を見ない日は果たして来るのだろうか。
「……またアンタか」
黒髪の騎士が額に手を当てながら、深い溜め息をつく。だが直ぐに何時もと違う違和感に気付き、訝し気に眉根を寄せた。
毎日毎日、雨が降ってようが嵐が来ようが人攫いだと騒がれ、通報されるのが日課という迷惑極まりないこの男が、今日は何時もと違い、その腕に本当に子供を抱きかかえていた。しかも子供は泣く事もなく、ただ不安そうにバルドの首にしがみ付いている。
「――すまんが、急いでるんだ。手短に頼む」
バルドが軽い調子で肩を竦ませると、それを見た人々がまた騒ぎ出した。
屋台の店主たちは出稼ぎでこの街に来ているので、滞在も短期間だ。大商人であれば冒険者ギルドに護衛の依頼を出す事もあるが、個の小さな商人である彼等は、所属する商業ギルドならまだしも、あまり関る事が無い冒険者ギルドの長であるバルドの事は、案の定知らないようだった。
「何言ってるんだい! ふてぶてしい!」
「騎士さんにしっかり罰を受けるんだよ! 二度とこんな小さな子に手を出そうなんて思わないように、ちょん切ってもらえばいい!」
「お嬢ちゃん、大丈夫だよ? すぐに助けてもらえるからね?」
マリールが違うと言って首を振っても、彼等は一向に信じてくれない。それどころかマリールのせいで、バルドが幼女趣味で変態な上に人攫いの極悪非道なゲス野郎だと罵られている。しかも今、正に、警備兵達に犯罪者として捕まってしまいそうだ。
マリールは泣いたら余計にバルドの立場が悪くなるからと、必死で涙を堪えていた。だが、自分のせいで謂れのない罵りを受け続けるバルドに申し訳なくて、もう今にも涙腺が決壊しそうで限界だ。
「ふぇっ……」
「はーい。そこまでー!」
マリールが耐え切れずに泣き出しそうになった時、パンパン、と手を叩いて周りの注意を引き付けてくれたのは、アエラウェだった。
つい今しがたまで、赤の他人ですという具合にホビット達と離れた場所で傍観していたが、泣きそうなマリールに気付き、やっと介入してくれる気になったらしい。
「ごめんなさいね、お騒がせして。この男、これでも冒険者ギルドの長なのよ……。これ以上いじめるのは勘弁してやってくれるかしら?」
アエラウェが深く被っていたマントのフードをそっと外すと、まだ高い位置にある陽の光をアエラウェの白い肌と白銀の髪が反射して、きらきらと輝いて見える。
突如現れた美貌のエルフに、広間に居た人々どころか、警備兵達も目を瞠った。
エルフの国から滅多に出ない美しいエルフが、何故かこの街に住み着いていることは、離れた街にも他国にも広く知れ渡っていてた。アエラウェの知名度は冒険者ギルドの長だというのに子供に泣かれ、犯罪者扱いをしょっちゅうされているバルドよりも遥かに高い。
そしてこの場のほぼ全ての人々が、アエラウェを美女だと信じ切っていた。美声とは言え思いっきり低音なのに。
「アエラウェ様!」
生真面目そうな黒髪の騎士が、風のような素早さでアエラウェの前に跪く。そして感極まったように潤ませた瞳で、アエラウェを見上げた。彼もアエラウェの美しさに傾倒する、信奉者の一人のようだ。
「アエラウェ様にこんな場所でお会いできようとは……。このイクス、これ以上の喜びはありません」
「――あら、イクス。久しぶりね? 挨拶は結構よ」
イクスはうっとりとした瞳で、アエラウェの手を取り、その美しくも骨ばった指先に口付しようと手を伸ばす。だが、アエラウェは触れられる前にさっと手を引っ込めてしまった。
冷たい態度のアエラウェに、イクスと呼ばれた騎士は、まるでこの世の終わりを知ってしまったかのような悲しげな表情をして、胸を押さえ心臓が締め付けられるような苦しみに耐えていた。
そんなイクスの様子にまるで気が付いていないように、アエラウェは街の人々に聞こえるよう、その低く心地よい美声を響かせる。
「人攫いなんかじゃないよ? この子はさるお方からの依頼で、冒険者ギルドが預かったの。この子の身を守る為に、暫く冒険者ギルドの長が伴侶として守る事になってね。……ああ、勿論、白い結婚よ? 私が手出しなんてさせないわ。だからどうか、この子の身を守る為と思って、二人を見守ってあげてくれないかしら?」
慈悲深い聖母のように優しい眼差しでマリールを見つめてから、少しだけ眉を寄せ、困ったように人々に微笑み懇願するアエラウェに、皆が皆揃って呆けたように見惚れ、一様にコクコクと頷いた。
「……ありがとう。それじゃあ、これからもこの二人を宜しくお願いするわね?」
そう微笑んでから、アエラウェはバルドの背中を押して先を急かした。
助かったと安堵の息を吐くバルドの耳元で「借しだから……ね?」と囁き、耳にふっと息を吹きかけるアエラウェに、バルドはとんでもない借りを作ってしまったと、背筋を凍らせた。
それを間近で見ていたマリールは、バルドの腕の中でぷんぷんと怒った。
「っもう! アエラウェさんったら! 旦那様を誘惑しないでくださいよ――!」
だが怒られたアエラウェは笑いながら、マリールのぷくぷくとした頬をぷにぷにと突く。
「あら~。嫉妬しちゃって! か~わいい~!」
マリールもアエラウェのぷにぷに攻撃から逃れようと顔をあちこち背けるが、バルドの腕の中という狭い稼動域ではぷにぷにされ放題であった。
「……やっべ、なんかアレ、すっげえ睨んでない?」
「あの騎士さん、アエラウェさんが男なの知らないのかね?」
「ああいう真面目そうなのって、思い込みも激しそう……」
ちらちらと背後を気にしながら、ホビット達もバルド達の後を追いかけていった。
イクスはアエラウェの後ろ姿が遠く小さくなっても、ずっとその場に立ち見つめ続けた。一向に動こうとしないイクスに、見兼ねた赤髪の騎士が、肩を叩いて持ち場に戻ろうと歩き出す。
「行くぞ」
「……ああ」
それでも名残惜しそうに、イクスはもう既に姿が見えないアェラウェの消えた方角を只一心に見つめている。そんなイクスを心配そうに振り返りながら、少年騎士も赤髪の騎士の後を追いかけていった。
「――ガウェイン先輩。イクス先輩つて、アエラウェ様が男だって知ってるんですよね……?」
「わからん。以前、男だと本人が目の前で宣言していたが、イクスに聞こえていたかどうか……」
「え? それってどういう……」
「呆けた顔して魅入ってたから、もしかしたら都合が悪い事は聞こえてなかったかもしれん」
「うわぁ……」
「……男と承知の上かも知れんがな」
「うわぁぁぁぁぁ……」
後輩にドン引かれているのにも気付かず、イクスは未だにアエラウェを求めて立ち尽くすのだった。




