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そして一堂に会する(2)

 魔王の足元が光った。と思えば、次の瞬間には爆音と爆風が勇者を襲う。

 そこに巻き込まれたのは、魔王と宰相、村娘の三人だった。三人とも──一人(むらむすめ)は魔王に抱えられ──辛うじて難を逃れる。


 何故、魔王が自分の城の仕掛けで危険な目に遭っている?


 勇者はその疑問に頭をもたげたが、しかしその答えを求めている余裕は無かった。

 他になんの仕掛けがあるのか分からない。早急にここでの戦闘を終わらせなければ。

 もし罠に真正面から突っ込めば、召喚された影響でやけに頑丈になっている身体でさえ、流石にただでは済まない。


 煙の向こうに、魔王の影が見える。


 あれを倒したら、このフザけた現状からオサラバして、家に帰れるのだ。

 人の形をした者を斬ることなど、嫌だった。しかし。

 ──自分が死ぬのは、もっと怖い。

 このまま帰れないことも。



 魔法はどうも効きそうに無い。相殺されるだろう。

 視線を彷徨わせ、偶然目に入ったのが、玉座の後ろにある一振りの剣だった。

 掴んで抜く。全く抵抗感無く手にすることができた。こんな防犯意識で良いのだろうか、と要らぬこと考える。

 剣を扱うことはできる。何故かできたのだ、この世界に召喚された途端に。生き物を斬る感覚が嫌で帯剣していなかっただけで。

 ……覚悟を決めた。


 剣を、影に、振り翳し──


「待った!」


 下ろしきる前に、剣と影の間に、村娘が飛び出してきた。

「うおああぁっ!?」

 本気の悲鳴を上げながら、かなり無理矢理に軌道をズラす。


 肉を斬る、嫌な感覚。

 血が噴き出た。


 完全には止めきれず、剣に引き裂かれた村娘は、痛みに顔を顰めたものの、魔王の前から退こうとしない。

 青褪める勇者は、同じく青褪める魔王と目が合った。……そう、目が合った(・・・・・)

 爆破の衝撃で仮面が壊れたようだ。見ると額からは血が流れ出ている。魔王の血も赤いのだな、と現実逃避しながら、ふと眉根を寄せる。


「あれ……?」


 見覚えがある顔である。魔王もしばし勇者を見てから、やけに視界が開けていることに気付いた。手を顔に当てる。あるべきものが、ない。

「…………」

 どう誤魔化そうかと一瞬考え、いや無理だろう、とすぐに諦める。それより村娘の怪我の方が重要だ。

 勇者も勇者で、『彼が魔王なのか。彼の想い人は村娘だと聞いたな。彼の想い人ということは、つまりは魔王の想い人ということで。だから……えーと……俺はこの人を斬れるの?』と混乱しきった中で、とりあえず村娘の止血しなきゃと考えていた。


 魔王と勇者から注目されている一介の村娘は、至って真剣な顔で叫んだ。



「こいつは、ただの覗き魔だ。魔王じゃない。だから殺すな!」



 しばしの沈黙。

「いや、悪い。俺は覗き魔でもあるが、魔王でもある」

「え、魔王なのか……?」

「あんた覗き魔は否定しないの!?」

「魔王様!? 覗き魔ってなんですか!? 何したんですか!?」

 離れたところにいた宰相も加わり、ますます状況が混沌としてきた。

 更に離れたところにいる剣士と賢者は、あそこに関わりたくないなー、という顔をしている。


 それ程までに、生死を賭けているはず(・・)のこの場において、非常に馬鹿馬鹿しい会話だった。


 そこに終止符を打ったのは、それまでだんまりを決め込んでいた魔女だ。

「とりあえず、止血なさい」

 魔法を唱えると、ふわりと優しい風が村娘を包み、血を止めた。傷が塞がったわけではないので動くと痛いだろうが。

 ありがとう、と素直に礼を述べた村娘だったが、すぐに顔を曇らせ「覗き魔が魔王なのか……」と呟いている。相当衝撃だったようだ。


 なんとも締まらない場に、剣士の舌打ちが響いた。

「知り合いだかなんだか知らねェが、魔王は討つ」

「ちょ、ちょっと剣士殿! それは酷くね!?」

「あァ? 何がだよ」

 不機嫌そうな剣士に、いやだってさ、と勇者が言い募る。

 知り合いが魔王でした。でも気にしません殺します。──そんな芸当無理だ。まず、自分が無理だ。村娘をフォローしているつもりで、自分のフォローになっていることを自覚する。

「すぐになんて無理だっつの!」

「すぐが無理なら、いつならいいってンだァ? お前だって魔王倒さねェと、帰れねェぞ。そうなると困るだろォがよ」

「いやでも帰る方法は……」

 胸に手を当てる。ここに来る直前に、いつでも取り出せるように胸に忍ばせてきた黒い羽根。


 ──天使に会えれば。


 しかし賢者の差し金である少女の言葉を、どこまで信じていいのか。

 途端に目を泳がす勇者に痺れを切らした剣士が、一歩踏み出し、


「駄目だ!」


 村娘が止めた。

「クソガキが。退け」

「退かない!」

 動けば痛みが伴うはずの身体を動かして、剣士を威嚇する。

「オレは……オレは、剣士殿に恋をしてるけど、恋は大事にしないといけないって言われたけど、でも……覗き魔が死んじゃう方が嫌だ!──オレは、恋よりも友情を取る!」

 真剣な台詞のはずなのに“ある単語(のぞきま)”が邪魔をして決まらない。



 というか魔王は地上界で何をしていたんだ。



 悲しくて恥ずかしい気持ちが宰相の胸に飛来した。当の本人がその呼称をなんの違和感も無く受け入れてしまっていることが一番悲しい。

 しかし逆に呼称を受け入れた本人にとっては、村娘の言葉は純粋に心に響く内容だったようだ。「ああ、神よ」と魔王が神に感謝の祈りを捧げている。カオスが深まっている。


「そういうわけだから、申し訳ない、剣士殿」

「……オイ、なんで俺サマがフラれたみたくなってンだよ」


 不機嫌な顔が、ますます不機嫌そうになっている。巻き込まれ損という意味では、十分に同情に値することであったが、勇者は状況が掴みきれずにポカンとしており、賢者は味方のはずなのにザマアミロという顔をしているので、勇者側で彼に同情するものは一人もいなかった。むしろ敵方の宰相の方が、余程気の毒そうに見ている。


 魔王は、村娘の肩にそっと手を置いた。

「貴方が俺を選んでくれて嬉しい。選んでくれなくても攫う気でいたが、自発的に選んでくれて、本当に嬉しい。しかし貴方は剣が強いやつが良いんだろう?」

「確かに剣が強いのは魅力だけど、……でも、アンタがいいんだ」

 頰を赤く染める村娘の様子に、「明らかにこれは“友情”ではない。最初から恋の相手はコッチだったろうよ」と何人かが思ったが、生憎と突っ込む輩はいなかった。馬に蹴られることは怖くないが、馬の相手をするのは面倒だった。

「ありがとう。だが俺は……少しでも貴方の理想に近付きたい」

 無表情を崩して微笑むと、すぐにまた無表情の仮面を付け直して宰相の方を向いた。


「そういうわけだから、俺は魔王を辞める」

「………………………………はあ!?」


 宰相の悲鳴のような叫びが響いた。




カオス到来。

宰相様、ムンクと化す。

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