そして一堂に会する(1)
「よくぞここまで参った、勇者殿。さすがだ」
怪しげな黒いマントに身を包み、仮面で目元を隠した魔王は、だだっ広い部屋の奥に備え付けた玉座に、ゆったりと座っていた。
勇者一行を前にしてなお、彼の余裕は崩れない。
魔王の一言目は、何故か感心したような声にも聞こえ──実際、予定よりも早く着いたので感心していた──、勇者は当惑する。
何かがおかしい気がする、という勇者の予想はまさしく当たっていた。魔王には、今この時を持ってしても殺されるかもしれないという気負いが無いのだ。
彼が放つ威厳と、玉座の後ろにある立派な剣の存在で、ここは実はRPGのスタート地点なのでは、とさえ疑った。
……魔王というからには、“王様の御前”という表現も間違ってはいないのであるが。
そもそも、今の魔王は勇者のことなどちっとも気にする余裕は無かった。何しろ、会いたくて仕方がなかった村娘が目の前にいるのだ。すらりとした体躯はいつ何時であっても魔王を魅了する。
話がしたい、と熱視線を送るが、生憎と今の魔王は仮面を付けており、その視線に村娘が気付くことはない。彼女は落ち着かない様子できょろきょろと部屋の中を見回している。どこからか視線を感じる、と思っていたのだ──残念ながら、それは魔王の視線に気付いたわけではない。彼女が視線を向けるどこかには、天使二人が潜んでいる──。
さて、一方通行な再会を交わしている二人とは別に、双方気付きながらも一切目を合わせられないという二人もいる。
宰相はまず、勇者の面々を端から見ていったが、魔女に視線をやるとビクリと身体を震わせた。穏やかな表情のままピタリと固まる。
魔女はといえば、魔王と宰相の間をひたすら睨み、どちらにも視線を向けることはしなかった。心なし、機嫌が悪そうだ。瞳には冷ややかな色が灯る。
「なんで勇者と一緒に、きみが……?」
隣の賢者の姿を見て、ああ彼女を追ってここまで来たのか、と宰相は納得する。同時に仄暗い気持ちが心を侵食してきた。
恋した相手のためなら、旧知の自分たちさえ裏切られるのか。幼馴染として誰よりも友好的な関係を築いていると思っていたのは、錯覚か。──自分の存在は、それ程までに軽かったのか。それとも賢者の存在がそれ程までに大きかったのか。
どちらにせよ、その光景は宰相から思考を奪い、絶望へと追いやった。胸が苦しい。もしあの時引き止められていたら、今彼女はこちら側だったか? 後悔ばかりが渦巻く。
苦しそうに顔を歪める宰相に、魔女は気付かない。彼女は視線を感じながらもそちらを向くことはできなかった。多分目が合ったら、自分の心の防波堤が壊れて、感情が溢れ出し、自分も相手もこの場も、全てを飲み込んでしまう気がした。
素直になってしまえば、一発で終わるのにな、とチラとそちらを見た魔王が呆れた眼差しを二人に向ける。
その後すぐに村娘に視線を戻したのはご愛嬌である。
「で、どうするんですか、勇者殿」
謎の居心地の悪さを覚えていた勇者は、賢者の至って冷静な言葉に、「あ……? あ、えーと」と視線を彷徨わせる。
「めんどくせェ。とっとと倒しゃァいーんだろォがよ」
剣士が剣を構えた。村娘の目が輝き、それを見た魔王が敵愾心を剣士に向ける。傍からしたら、単に剣を抜いた挑戦者を睨み付けたようにも見えたが。
先制攻撃をしたのは、魔王だ。彼は魔女にも劣らぬ程の速さと正確さで複数の魔法を組むと、勇者たちへと放つ。
炎。水。風。果ては木の根っこが魔王の足元から盛り上がった。鋭い木の根が勇者を襲う。
対抗するために賢者が発動させたのは、土の壁だ。炎が壁に激突する。その土壁を飛び越えた剣士は、待ち構えていた巨大な水泡を斬って捨てる。持ち前の身軽さで剣士に続いた村娘も水泡を蹴り割る。
しかしいかんせん、魔王側の手数が多い。
鬱陶しい。最後の水泡をぶった切った後、迫り来る木の根に、剣士が小さく舌打ちする。
「あ、その根っこ無視していいかんなー。俺がどうにかするから」
結構な窮地にも関わらず、能天気な声。それと同時に上空に発生した炎の槍が木の根を貫いた。
大きく跳躍した勇者が、先頭へ降り立つ。
「おお、いい具合に燃えたな」
「魔王様、何を悠長な! ていうか、あんまり汚すの止めてくださいよ!?」
後で掃除が大変なんですから!
魔王の隣に立つ彼の叫びに、「き、緊張感が削がれる」と勇者が肩を竦める。まさかそれが目的なのか。いやいや、まさか……。
若干脱力しながらも一歩前に出た勇者の耳が、カチリ、という変な音を拾った。
「うん、なんかヤな予感!」
案の定、当たったら洒落にならない鋭いギザギザが付いた板が上から降ってきている。ここは忍者屋敷か、それともお宝を隠した洞窟か! と悪態を吐くと同時に前方に飛んだ。
飛びながら足を引っ込める。一瞬前まで足があった場所に、ザクリと板が刺さった。重量感も結構なものだったのだろう。巻き起こった風に煽られ、勇者は体勢を崩して背中から壁に突っ込んだ。
「ちょ……! なんですかこれ!」
「うむ、俺も知らん。誰かが取り付けたんだろうな」
魔王が、これは参った、とさして参っていなさそうな声で告げた。「屋根の修理代は経費で落ちるだろうか」「いえ、後で設置した人に払わせましょう」と珍妙な応酬が聞こえたのは、背中の痛みゆえの妄想か?
そうしている間にも、実際は魔王と賢者の魔法が行き交い、魔王の放った魔法に剣士と村娘が翻弄されているようだ。
魔女はその場から一歩も動いていない。
「さっすが魔王……」
勇者は小さく呟く。ここに来るまでの間、背中を打ち付けるようなことは無かったし、あの化け物じみた剣士と賢者の組み合わせが押されるようなことも無かった。
であれば、勇者がここで悠長に倒れている場合ではない。いてて、と漏らしながら立ち上がる。
「もらった!」
村娘が魔王の前に躍り出た。
顔面めがけて迫る拳を、素手で受け止めた魔王は、次に取るべき行動に迷った。抱き締めたら問題だろう、とそれは辛うじて冷静に判断する。
煩悩のためにワンテンポ遅れた判断と同時か、あるいはそれより少しだけ早く、村娘は動いた。その場に着地し、──カチッ──音が鳴る。
魔王の咄嗟の判断は正しかった。そのまま村娘を引っ張り込むと、跳躍する。
床が爆発する。その破片が当たらぬように彼女を庇いながら、争いは不得手な──とはいっても、自己防衛くらいなら可能な──宰相の無事を確認する。
「……自由にさせ過ぎたか」
呟きは更なる爆音に飲まれた。
頭に衝撃を受ける。血が垂れてくるが、いちいち気にしてはいられない。
ここで戦闘を長引かせるのは危険だ。
短時間でその結論に至ったのは、自分だけでは無かったのだろう。
反射して光る剣の刃を認めて、魔王は腕一本を捨てる覚悟で手を伸ばし、
「待った!」
自分の前に踊り出た小さな体躯に、本気で心臓が止まりそうになった。
人が多い……泣




