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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
はじめてのデート(恵)
47/60

3.

 はぁ……一日気が張ってたから疲れたよ。今日は早く寝よう。

 と、思ったらみこから電話があった。


『なんか、散々だったみたいね』

「散々? 何が?」

『何って、デートよ。メグ、最後はずっと機嫌が悪かったらしいじゃない』

「そんなことないよ? ていうか、何その事情を知ってます的口ぶり」

『ああ、高瀬君が由起彦に電話で愚痴ったのよ。それを私が聞いた』

「そして私に伝えた。そうやって相手に伝わるのはマズくない?」

『あっ!』

「あっ! じゃなくて」

『聞かなかったことにして?』

「聞いちゃったよ、みこ。ていうか、私、別に機嫌悪くなってないよ。すごく楽しかったもの。最後も笑顔だよ?」

『すごい気を使った笑顔に違いないって高瀬君は思ったらしいよ』

「ええ? 斜め上の思考だなぁ。まぁねぇ、何の問題もないデートってわけじゃなかったけど」

『やっぱりそうなんだ』

「結構メンドくさいよね、デートって」

『デートっていうか、男子がメンドくさいよね。由起彦もメンドくさいよ。私も輪をかけてメンドくさい女だけど』

「ああ、自覚はあるんだ。……じゃあ、私もメンドくさい女とか思われたかな?」

『どうだろ? こっちから聞いてみようか?』

「う、うーん。やめとく。余計にメンドくさいことになりそうだ」

『そうかもね』

「はぁ……、そうやって水野君に愚痴ってる時点でメンドくさいよね……」

『それは私も思った。何というか、女々しいというか』

「だよねぇ……、散々とか思われたんだ? 楽しかったのになぁ……」

『その辺の誤解は解いといた方がいいんじゃない? 今後のために』

「そうしようか。はぁ……、メンドくせぇ」

『メンドくさいよね』

「ありがとう、みこ。メンドくさいけど頑張るよ。またね」

『はいよ、またね』


 ええええ? 衝撃の新事実。私、デートで不機嫌だった説?

 そんなことないんだけどなぁ……。なんでそう思われたんだろ?

 カフェではちょっと気まずくなったけど、すぐに持ち直したよね?

 それで帰りの電車の中だって、ずっと二人で……。

 いや、私ずっと雑誌読んでましたよね?

 うわぁぁぁ、それだわ。例によって雑誌に集中しすぎて高瀬君を放置してた。

 それを機嫌が悪いから無視してるとか思われたんだ……。

 ああ、最後までしっかりと気を使わないといけなかったんだ。油断した……。

 ていうか、メンドくせぇ……。デートそして高瀬君、メンドくせぇ。

 でも彼とこのままフェードアウトするのはイヤだ。

 ちゃんとメッセージでフォローしておこう。


『高瀬君、こんばんわ、今日はとっても楽しかったよ。ありがとうね』

『桜宮ゴメンな、初デートなのに散々な目に遭わせて……』


 うわぁ、いきなりネガ全開だよ。


『そんなことないよ、すごく楽しかった。ゴメンね、最後雑誌ばっかり読んでて。また集中しすぎてたよ、私の悪い癖だ』

『仕方ないって。俺と話すより、雑誌の方が面白いよな』


 なんでこんなにネガなんだよぉぉぉ。

 あれかぁ、脳内で今日の反省がぐるぐる回ってるうちに、どんどんネガという底なし沼にはまり込んでいったんだな? 私もよくなるから分かるよ。

 なんとか彼に立ち直ってもらわねば。


『そんなことないよ、高瀬君と過ごす時間はとても楽しかった。二人で楽しく道具屋さんを回ったじゃない』

『あれもなぁ……、俺邪魔ばっかりしてたよなぁ……。中華鍋なんかデートの真っ最中に買うとか、正気の沙汰じゃねぇ……。桜宮、ドン引きしてたよな?』

『大丈夫、それもまた、楽しい思い出に変わるから』

『ドン引きはしてたんだ』

『うん』

『やっぱりかぁ~』


 あ、しまった、正直者の自分が今は憎い。


『大丈夫大丈夫、愉快なエピソードだよ。ランチは楽しく過ごせたじゃない』

『俺ってフォークとナイフってロクに使ったことないんだよなぁ……。キイキイうるさかったろ?』

『キイキイ? 全然? 普通に食べてたじゃない』

『素直に箸使ってればよかったよ。みっともねぇ……』


 人の話を聞けぇぇぇ。

 正直、危なっかしくはあったけど、ギリ許容範囲内でした。イラッとはきませんでしたよ?


『服買うのを邪魔したし……』

『大丈夫、今日は買う気分じゃなかったから』


 まぁ、私が無駄に気を使いすぎたんだよね。


『そしてカフェじゃ……。俺って最低だ……』

『大丈夫、反省してくれたらそれでオッケーだよ』

『でも、イヤだったんだろ?』

『うん』

『やっぱりだ……』


 しまった、また本音が……。


『違う違う。急にだし、あんなところだからイヤなだけで、高瀬君に触られるのがイヤとかそういうんじゃないんだから』

『桜宮って、優しいよな……。俺なんかにそうやって気を使ってくれてさ……』


 だから、人の話を聞けぇぇぇっ!

 メンドくせぇ、なんてメンドくさいんだろう、この人。男子ってみんなこうなの?


『あーもー、二時間待って? 二時間後に改札口前で会おう』

『え? 今から二時間後? もう電車、終わってるぞ?』

『だからだよ。いいから、二時間後! オーケー?」

『オーケー』

『じゃあ、二時間後にねっ!』


 さぁ、忙しいぞ。




 二時間後、私は駅の改札口前に向かった。

 みこの電話の前にはもう部屋着に着替えていたので、昼間とはまた違う服に着替え直しての出発だ。

 もう最終電車は行ってしまった後で、駅の中の照明は消されている。通路を照らす灯りが点いているだけ。

 よし、人は誰も通りがからない。ここならゆっくり話ができそうだ。

 しばらく待っていると高瀬君が現れた。

 ええ? あれって部屋着では? デートの時は頑張ってオシャレしてくれてたのに、今はやる気ゼロパーセント?

 あの人、私のこと好きって言ってくれたよね? 好きな人の前にその格好?

 愛を疑いたくなるけども、それもこれもデートが失敗したと思い込んでいるせいに違いなかった。


「こんばんは、今日は……って、日付は変わってるか。昨日はありがとう、楽しかったよ」

「あ、うん。その節は大変申し訳ありませんでした」


 深く頭を下げてくる。

 まだネガだよぉ!

 はぁ、これをどうにかしないと。


「あのゴメンね、電車の中じゃ雑誌ばっかり見てて。そのお詫びと、昨日のデートのお礼。これ、食べてください」


 と、ラッピングしたバスケットを前に差し出す。今さっきまで作っていた焼き菓子だ。


「え? 俺に」

「そうだよ。さっき見てた雑誌に載ってたお菓子。内緒で作って驚かせようと思ったんだけど、裏目になっちゃった。ゴメンね」

「お、おう、ありがとう……」


 胸に押し付けるようにすると、どうにか受け取ってくれた。


「昨日はホントに楽しかったよ。お互い初めて同士でぎこちないところもあったよね? でも、高校でやらかしたバカの話は面白かった。ちゃんと道順を記憶してくれていたのは頼もしかった。歩く速度を苦労しながら私に合わせてくれたのは、申し訳なかったけど、うれしかった。そういういろいろ全部が、私の胸の中では素敵な思い出になったんだ。ありがとう、高瀬君」


 私は親愛の情を込めた微笑みを彼に向ける。

 それでもまだ向こうは複雑な想いがあるようで不安そうな顔。


「でもなぁ……、桜宮がイヤがることを俺はしちまった」

「お店の中で手を握っちゃったこと、まだ気にしてるんだ?」

「そりゃあ、な」

「うん、お店の中じゃイヤだった。でもね……」


 私は片手を前に出し、高瀬君のバスケットをぶら下げていない方の手を取った。

 きゅっと握っても向こうは握り返してこない。


「え? さ、桜宮?」

「こうやって人目のないところなら、別にイヤじゃないんだよ?」


 真面目な顔で、彼を見つめた。

 ようやく高瀬君の方からも手を握り返してくれる。

 でも、今はそれ以上何もしてこない。良くも悪くもそういう人。


「こんなふうに自分から男の人の手を握りにいくなんて初めて。そうしたいって思えるくらい昨日のデートは楽しかったし、連れていってくれたあなたには感謝してるの。それを、分かって欲しいの」

「そう……か。分かった。もうウジウジするのはやめておく。そんなの俺らしくないしな」

「そうそう。高瀬君はしょせんバカなんだから」

「酷ぇなぁ、桜宮は」


 苦笑いをする高瀬君に笑顔を向けてやる。

 やれやれ、ようやく立ち直ってくれたか。ホント、メンドくさい人だよ。

 私が手の力を緩めると、向こうも離してくれた。

 心臓のバクバクはすぐには収まってくれない。


「お菓子、食べてね。私の感謝が込められてるんだから」

「愛情じゃないんだ?」

「あくまで感謝ですから」


 ちょっと意地悪の混じった笑顔を向けてやる。

 向こうは頭の後ろをかいて残念そう。


「じゃあ、家まで送ってくよ、桜宮」

「うん、ありがとう」


 高瀬君が私に向かって手を差し出しかけて、すぐに引っ込めた。

 ふう、助かった。手をつないで歩くなんて、恥ずかしくって耐えられない。

 まだ始まってすらないんだから、ゆっくり行きましょうよ、ね?


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