3.
はぁ……一日気が張ってたから疲れたよ。今日は早く寝よう。
と、思ったらみこから電話があった。
『なんか、散々だったみたいね』
「散々? 何が?」
『何って、デートよ。メグ、最後はずっと機嫌が悪かったらしいじゃない』
「そんなことないよ? ていうか、何その事情を知ってます的口ぶり」
『ああ、高瀬君が由起彦に電話で愚痴ったのよ。それを私が聞いた』
「そして私に伝えた。そうやって相手に伝わるのはマズくない?」
『あっ!』
「あっ! じゃなくて」
『聞かなかったことにして?』
「聞いちゃったよ、みこ。ていうか、私、別に機嫌悪くなってないよ。すごく楽しかったもの。最後も笑顔だよ?」
『すごい気を使った笑顔に違いないって高瀬君は思ったらしいよ』
「ええ? 斜め上の思考だなぁ。まぁねぇ、何の問題もないデートってわけじゃなかったけど」
『やっぱりそうなんだ』
「結構メンドくさいよね、デートって」
『デートっていうか、男子がメンドくさいよね。由起彦もメンドくさいよ。私も輪をかけてメンドくさい女だけど』
「ああ、自覚はあるんだ。……じゃあ、私もメンドくさい女とか思われたかな?」
『どうだろ? こっちから聞いてみようか?』
「う、うーん。やめとく。余計にメンドくさいことになりそうだ」
『そうかもね』
「はぁ……、そうやって水野君に愚痴ってる時点でメンドくさいよね……」
『それは私も思った。何というか、女々しいというか』
「だよねぇ……、散々とか思われたんだ? 楽しかったのになぁ……」
『その辺の誤解は解いといた方がいいんじゃない? 今後のために』
「そうしようか。はぁ……、メンドくせぇ」
『メンドくさいよね』
「ありがとう、みこ。メンドくさいけど頑張るよ。またね」
『はいよ、またね』
ええええ? 衝撃の新事実。私、デートで不機嫌だった説?
そんなことないんだけどなぁ……。なんでそう思われたんだろ?
カフェではちょっと気まずくなったけど、すぐに持ち直したよね?
それで帰りの電車の中だって、ずっと二人で……。
いや、私ずっと雑誌読んでましたよね?
うわぁぁぁ、それだわ。例によって雑誌に集中しすぎて高瀬君を放置してた。
それを機嫌が悪いから無視してるとか思われたんだ……。
ああ、最後までしっかりと気を使わないといけなかったんだ。油断した……。
ていうか、メンドくせぇ……。デートそして高瀬君、メンドくせぇ。
でも彼とこのままフェードアウトするのはイヤだ。
ちゃんとメッセージでフォローしておこう。
『高瀬君、こんばんわ、今日はとっても楽しかったよ。ありがとうね』
『桜宮ゴメンな、初デートなのに散々な目に遭わせて……』
うわぁ、いきなりネガ全開だよ。
『そんなことないよ、すごく楽しかった。ゴメンね、最後雑誌ばっかり読んでて。また集中しすぎてたよ、私の悪い癖だ』
『仕方ないって。俺と話すより、雑誌の方が面白いよな』
なんでこんなにネガなんだよぉぉぉ。
あれかぁ、脳内で今日の反省がぐるぐる回ってるうちに、どんどんネガという底なし沼にはまり込んでいったんだな? 私もよくなるから分かるよ。
なんとか彼に立ち直ってもらわねば。
『そんなことないよ、高瀬君と過ごす時間はとても楽しかった。二人で楽しく道具屋さんを回ったじゃない』
『あれもなぁ……、俺邪魔ばっかりしてたよなぁ……。中華鍋なんかデートの真っ最中に買うとか、正気の沙汰じゃねぇ……。桜宮、ドン引きしてたよな?』
『大丈夫、それもまた、楽しい思い出に変わるから』
『ドン引きはしてたんだ』
『うん』
『やっぱりかぁ~』
あ、しまった、正直者の自分が今は憎い。
『大丈夫大丈夫、愉快なエピソードだよ。ランチは楽しく過ごせたじゃない』
『俺ってフォークとナイフってロクに使ったことないんだよなぁ……。キイキイうるさかったろ?』
『キイキイ? 全然? 普通に食べてたじゃない』
『素直に箸使ってればよかったよ。みっともねぇ……』
人の話を聞けぇぇぇ。
正直、危なっかしくはあったけど、ギリ許容範囲内でした。イラッとはきませんでしたよ?
『服買うのを邪魔したし……』
『大丈夫、今日は買う気分じゃなかったから』
まぁ、私が無駄に気を使いすぎたんだよね。
『そしてカフェじゃ……。俺って最低だ……』
『大丈夫、反省してくれたらそれでオッケーだよ』
『でも、イヤだったんだろ?』
『うん』
『やっぱりだ……』
しまった、また本音が……。
『違う違う。急にだし、あんなところだからイヤなだけで、高瀬君に触られるのがイヤとかそういうんじゃないんだから』
『桜宮って、優しいよな……。俺なんかにそうやって気を使ってくれてさ……』
だから、人の話を聞けぇぇぇっ!
メンドくせぇ、なんてメンドくさいんだろう、この人。男子ってみんなこうなの?
『あーもー、二時間待って? 二時間後に改札口前で会おう』
『え? 今から二時間後? もう電車、終わってるぞ?』
『だからだよ。いいから、二時間後! オーケー?」
『オーケー』
『じゃあ、二時間後にねっ!』
さぁ、忙しいぞ。
二時間後、私は駅の改札口前に向かった。
みこの電話の前にはもう部屋着に着替えていたので、昼間とはまた違う服に着替え直しての出発だ。
もう最終電車は行ってしまった後で、駅の中の照明は消されている。通路を照らす灯りが点いているだけ。
よし、人は誰も通りがからない。ここならゆっくり話ができそうだ。
しばらく待っていると高瀬君が現れた。
ええ? あれって部屋着では? デートの時は頑張ってオシャレしてくれてたのに、今はやる気ゼロパーセント?
あの人、私のこと好きって言ってくれたよね? 好きな人の前にその格好?
愛を疑いたくなるけども、それもこれもデートが失敗したと思い込んでいるせいに違いなかった。
「こんばんは、今日は……って、日付は変わってるか。昨日はありがとう、楽しかったよ」
「あ、うん。その節は大変申し訳ありませんでした」
深く頭を下げてくる。
まだネガだよぉ!
はぁ、これをどうにかしないと。
「あのゴメンね、電車の中じゃ雑誌ばっかり見てて。そのお詫びと、昨日のデートのお礼。これ、食べてください」
と、ラッピングしたバスケットを前に差し出す。今さっきまで作っていた焼き菓子だ。
「え? 俺に」
「そうだよ。さっき見てた雑誌に載ってたお菓子。内緒で作って驚かせようと思ったんだけど、裏目になっちゃった。ゴメンね」
「お、おう、ありがとう……」
胸に押し付けるようにすると、どうにか受け取ってくれた。
「昨日はホントに楽しかったよ。お互い初めて同士でぎこちないところもあったよね? でも、高校でやらかしたバカの話は面白かった。ちゃんと道順を記憶してくれていたのは頼もしかった。歩く速度を苦労しながら私に合わせてくれたのは、申し訳なかったけど、うれしかった。そういういろいろ全部が、私の胸の中では素敵な思い出になったんだ。ありがとう、高瀬君」
私は親愛の情を込めた微笑みを彼に向ける。
それでもまだ向こうは複雑な想いがあるようで不安そうな顔。
「でもなぁ……、桜宮がイヤがることを俺はしちまった」
「お店の中で手を握っちゃったこと、まだ気にしてるんだ?」
「そりゃあ、な」
「うん、お店の中じゃイヤだった。でもね……」
私は片手を前に出し、高瀬君のバスケットをぶら下げていない方の手を取った。
きゅっと握っても向こうは握り返してこない。
「え? さ、桜宮?」
「こうやって人目のないところなら、別にイヤじゃないんだよ?」
真面目な顔で、彼を見つめた。
ようやく高瀬君の方からも手を握り返してくれる。
でも、今はそれ以上何もしてこない。良くも悪くもそういう人。
「こんなふうに自分から男の人の手を握りにいくなんて初めて。そうしたいって思えるくらい昨日のデートは楽しかったし、連れていってくれたあなたには感謝してるの。それを、分かって欲しいの」
「そう……か。分かった。もうウジウジするのはやめておく。そんなの俺らしくないしな」
「そうそう。高瀬君はしょせんバカなんだから」
「酷ぇなぁ、桜宮は」
苦笑いをする高瀬君に笑顔を向けてやる。
やれやれ、ようやく立ち直ってくれたか。ホント、メンドくさい人だよ。
私が手の力を緩めると、向こうも離してくれた。
心臓のバクバクはすぐには収まってくれない。
「お菓子、食べてね。私の感謝が込められてるんだから」
「愛情じゃないんだ?」
「あくまで感謝ですから」
ちょっと意地悪の混じった笑顔を向けてやる。
向こうは頭の後ろをかいて残念そう。
「じゃあ、家まで送ってくよ、桜宮」
「うん、ありがとう」
高瀬君が私に向かって手を差し出しかけて、すぐに引っ込めた。
ふう、助かった。手をつないで歩くなんて、恥ずかしくって耐えられない。
まだ始まってすらないんだから、ゆっくり行きましょうよ、ね?




