1.
私、野宮みこは親友の桜宮恵を慰めたい。
でも、みんなして余計なことはするなとか言いやがる。
「彼女が魚を買いにくる(佑哉)」の続きになります。
その結末がネタバレしております。
できるだけ前作を読んでおいてくださいませ。
なお、「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」の結末がネタバレしております。
●登場人物
・野宮みこ : 主演作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘、ちょい役「ふくれっ面の跡取り娘」
・水野由起彦 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」
・桜宮恵 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」、「ある日の『上葛城商店街』」の「はじめての店番(恵)」「彼女が魚を買いにくる(佑哉)」
・高瀬佑哉 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」、「ある日の『上葛城商店街』」の「はじめての店番(恵)」「彼女が魚を買いにくる(佑哉)」
・勝田三治 : 「ある日の『上葛城商店街』」の「彼女が魚を買いにくる(佑哉)」
・森田咲乃 : 「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」等
ここは私、野宮みこの部屋。
夏休みの間は暇さえあれば家がやっている和菓子屋の店番をしているのだが、今日の私は暇ではない。
目の前で憂い顔をしている美少女は私の親友たる桜宮恵さん。高校二年生。先週失恋したところ。
私は彼女の相談に乗ってあげないといけない。
「ていうか、なんで私に相談してくれなかったの?」
「まぁ……そうなんだけど。みこのサポートでうまくいったことないし……」
「ええええ! まさかの私、役立たない通告。そうでもないでしょ?」
「私が柳本君を好きになった時はみんなで遊ぶ企画を立ててくれたけど、結果、私は手酷い失恋を……」
「いやいや、あれは巨乳派のあいつがヘンなこだわりを持ち出して、胸の小さな恵を振ったんじゃない。私の企画とは関係ないわ」
「ミチのことが好きって後輩が現れた時は、喫茶店でお話しするセッティングをしたじゃない? でも、最悪な喧嘩別れで終わっちゃったんだよ……」
「いやいやいや、あれはあの二人が敵対するサッカーチームのファンだったからであって、私のセッティングのせいじゃないわよ」
「でもなぁ……なんか、みこが絡むと毎回ヘンなことになぁ……」
うなだれながらかなり酷いことを口走る親友。
「……まぁ、いいわ。とにかくまだ失恋を引きずってるんだね?」
「そうなんですよ。ゴメンね、せっかく久し振りに会ったのに」
「まぁ、私がムリに誘ったんだけどね。なんかメッセージ見ただけで元気なさそうだから。では行きましょうか」
よいせと私は立ち上がる。
「どこ行くの?」
「失恋者は現場に戻るものなんですよ」
首を傾げる恵にこくりとうなずいてみせる私。
では現場へ。魚屋『魚勝』こそ、恵が好きになっちゃった勝田三治さんが働くお店。彼は店長の三男坊である。
少し離れたところから彼の様子をうかがう。
ああ……なるほどね……。
三治さんと仲睦まじくやり取りをしているのは彼の奥さんたる麗奈さん。
ここ三ヶ月ほど実家に帰っていたらしいが、最近戻ってきたらしい。
恵は三治さんが結婚していると知らずに好きになってしまったのだ。
「まだつらい?」
「大分マシにはなってるけど……まだつらいよね」
確かにそういう視線をしている。
「その胸のしこりを取り去ります」
「どうやって?」
「あ、来た来た」
私が指さした先は商店街の入り口。
こっちに向かって歩いているのは森田咲乃さん。商店街で一、二を争う美人として知られている。
私が手を振ると、気付いた彼女はウインクを寄こす。相変わらずの美貌。
咲乃さんの家は八百屋なのだが、そこを通り過ぎて魚屋の前まで来た。
途端に三治さんが挙動不審になる。
「どうしたんだろ、三治さん?」
商店街の外の人間たる恵にはこの事態がよく分からない。
三治さんは明らかに咲乃さんを意識している。しかし、彼の方からは声をかけない。かけられない。親衛隊の隊則によって、抜け駆けは固く禁じられているのだ。
親衛隊? そう、親衛隊。商店街で一、二を争う美人たる咲乃さんには商店街の若い衆で構成される親衛隊がいた。
商店街の若い衆とは店で働きながら店長ではない息子たちの集団を言う。これには既婚未婚は問わない。
要するに、商店街の若い衆たる三治さんは、咲乃さんの親衛隊をしているのだ。
「は~い、三治さん、こんばんは~」
普段は出さないようなヘンに甘ったるい声でもって、咲乃さんが三治さんに声をかける。
こうするように私からお願いしていたのだ。
「よ、よう! サキちゃん! 今日もキレイだよっ!」
「ありがとぉ~。今日はシラスを二〇〇グラムもらえるかな~」
「おう、二〇〇グラムでも一キロでも好きなだけ持っていってくんなっ! お代は結構だ!」
「んなわけねぇだろ!」
三治さんが父親たる治助さんに殴られる。
「ええ? 何あれ?」
恵の驚いた声。
「前に親衛隊の話はしたよね?」
「いや、おとぎ話のように聞いたけど……。え? ホントに親衛隊なんてあるの? なんで? 何のために?」
「理由なんてないわ。そこに美人がいれば奉らずにはいられない。それが、我が商店街の若い衆なのよ……」
重々しく語る私。
「なんてこと……」
口に手を当て一歩後退する恵。
「はいよ、シラス二〇〇グラム、五〇〇円だ!」
「はーい、千円ね」
「お、おおうっ!」
わざとらしく両手で相手の手を包むようにしてお札を渡す咲乃さん。
手を握られて三治さん、デレデレ。
ちなみにここまでしろとは咲乃さんには頼んでいない。こんなふうに親衛隊を翻弄するのは咲乃さんの趣味の一つなのだ。
横にいる恵を見ていると手で口を覆いながらわずかに目が潤んでいる。耐えて恵……ここを乗り切れば、あなたは楽になれるの!
「じゃあ、お釣りの五〇〇円ね!」
「ありがとー」
またわざとらしく手を握る咲乃さん。実に楽しそう。
「ま、また来てねっ! 待ってるよっ!」
「は~い、またね、三治さん」
などと投げキッス。
「はぁぁぁ……」
向こうにいる三治さんと、横にいる恵が同時に深いため息。それぞれ意味は違う。
「おい、いつまでデレデレしてんだいっ!」
奥さんにお尻を蹴っ飛ばされた。でも、奥さんも苦笑いで本気では怒っていない。いちいち怒っていてはこの商店街の女房は務まらない。
「恵、幻滅した?」
「幻滅……しました……」
手を下ろし、呆然としながらつぶやく恵。一つの恋が、今終わった。
そして近所にある猫喫茶に移動。私はここの猫でいつも心を癒やしている。
「いやいやいや、あれくらいできれいさっぱり忘れ去るとかは不可能ですよ?」
「あれ? そうなの?」
失恋消滅宣言が聞けると思ったら、意外なことを言い出す恵。
「やっぱりみこはダメだよね。そんな簡単じゃないよ、恋は」
などと駄目出しされる。ていうか、私いちおう彼氏いるし、恋を成就させてるんですけどね……。
「でも、大分楽になったよ。なんて言うんだろう、失恋したけど未練って奴は指五本でもってぶら下がってるのね?」
「指五本? 片手?」
「そうそう。映画でよくあるみたいに、崖を片手でぶら下がってるの。指五本。それが一本ずつ外れていって、全部外れたら未練って奴は崖下に消えてなくなる。そんなイメージ」
「ふーん。今ので大分外れた?」
「そうだね、もう小指と薬指は外れてたんだよ。さっきので一番手強そうな親指が外れたね。後は人差し指と中指だ」
「ああ、小指と薬指は外れてたんだ」
「そう、外してもらったんだ。……あ、ちょっとゴメン」
スマホに通知音がしたので恵がそれをチェックした。
「あ、ちょうどいいね。今から高瀬君呼んでいい?」
「高瀬君? なんで高瀬君?」
「うん、今回ずっと恋の相談に乗ってもらってたの。失恋した後は慰めてくれて」
「へぇ……」
初めて聞いた。
恵と高瀬は同じ中学ではあるものの、特別仲がよかったわけではないはずだ。
この五月に恵は高瀬にちょっと助けてもらったりはしたけども、その時は恋に発展しなかった。
なのに今になって?
「まぁ、いいわ。呼んでよ」
気になるし、呼び出させる。
しばらくして高瀬の奴がやってきた。
「よう、お二人さん」
軽く手を上げてくる。
あらかじめ私と恵は四人掛けのテーブルの片側に固まっておいたので、残った側に高瀬が来た。
「さっきね、咲乃さんにデレデレな三治さんを見てきたの」
「うわ、見たのか……」
「やっぱり知ってたんだ?」
「まぁ、あの魚屋でずっとバイトしてるからな。あんなの桜宮に知られるわけにはいかないって思ってたんだけど……。野宮か……」
私をどうしようもない奴を見る目で見て深くため息なんてつきやがる。
「いや、失恋の痛手から立ち直るにはちょうどいいでしょ?」
「だからってなんで一番ダメージのでかい方法を選ぶんだよ。桜宮はキレイな思い出にしたかったのに……」
「え? そうなの、メグ」
「ま、まぁ、そういう乙女心があったりなかったり……」
と焦ったようにテーブルを指で撫でた。
そうなんだ。私がそれに気付かなかったのは不覚だが、高瀬が把握していたのはなんか、腹立つな。
「野宮は余計なことすんなよな、ロクでもないことになりそうだ」
「そういう言い方しないでよね。私は親友の幸せを考えて行動してるんだから」
「俺だって、桜宮が早く立ち直ってくれるように日々サポートしてるんだぜ? 台無しにされたらたまったもんじゃねぇ」
テーブルにヒジをついてなおもダメな人間を見る視線を寄こしてきやがる。
「そうだよ、高瀬君は日々サポートしてくれてるんだから」
「例の小指と薬指はこいつが外してくれたの?」
「うん、かなり助けてもらってるの」
こくりとうなずく恵。
むむむ……、私の知らない間にここまでの信頼関係を築いた高瀬が気に入らない。
「えらい献身的ね。なんか、下心でもあるんじゃないの?」
ぎろりと睨んでやる。純真な恵に寄ってくる害虫は駆除せねば。
「下心があるのは知ってるんだよ、うん」
「ちょっ! 桜宮!」
「え、知ってるの? こいつって、メグのことが好きだったり?」
「言っていい、高瀬君?」
「ダメだ」
しかし、顔を真っ赤にしているところからして何かあったのは確実な様子。
「まさか、告白とかしたんじゃないでしょうね? 失恋したとこにかこつけて」
「ち、違うよ、みこ!」
ふぅ、さすがに告白はないか……。
「高瀬君の告白は真面目なものだったよ? 失恋にかこつけてとか、そんなんじゃないんだから」
「桜宮~」
高瀬がテーブルに突っ伏す。
「マジかよ……」
思わずつぶやく私。
「え? あっ! ゴメン、言っちゃった! 高瀬君」
ようやく天然で酷い暴露をやらかしたと気付いた様子。
「もういいよ……。とにかくそういうことだけど、野宮はいっっっさい、余計なことしてくれるなよ?」
「オッケー、オッケー」
指で輪を作って約束する私。
「うわ……絶対信用できねぇ……」
高瀬が苦虫って奴を噛み潰した顔をする。
信用ないねぇ……。




