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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
彼女が魚を買いにくる(佑哉)
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4.

 そしてメッセージのやり取りが再開された。


『というわけで、今すぐ立ち直ってくれ。そして俺の愛を受け止めてくれ』

『第一声がそれですか? 隠すことすらしない下心はなんて呼べば?』

『本心だよ。あいつの悪口でも言い合おうか?』

『それもいかがなものか……。できればキレイに保存したいのですよ』

『繊細な乙女心だね。桜宮の部屋みたいだ』

『私の部屋って子供っぽいよね?』

『ううん、なんか桜宮らしくてよかった。桜宮の匂いがしたし』

『ん? セクハラ? キミ、出禁ね』

『口が滑りました。じゃあ、部活の話でも聞かせてよ』

『そうだね。今ずっと部活してるよね? うちの高校、県のコンクールで代表に選ばれたんだ。その次のコンクールが近いから、みんなピリピリしてる。私、そんな時に休んじゃったんだよねぇ……』

『じゃあ、桜宮は出れないの?』

『どうだろ? でもそうなったら踏んだり蹴ったりだよね?』

『踏んだり蹴ったりだね。江戸の敵を長崎で討たなきゃ』

『ん? その使い方でいいの? うん、明日は部活出ようかな?』

『そうしなって。そうだ、明日は面白い画像をプレゼントするよ』

『高校生にふさわしからぬ系?』

『あ、桜宮って、下ネタいけるの?』

『やったらブロック、着信拒否』

『了解。そんなんじゃないって。でも、きっと桜宮を元気づけるはずだよ」

『そうなんだ、期待しておくよ』




 翌日、俺は奮い立つ心を抑えながら魚屋に向かった。


「おう、三治!」

「ん? どうした、元気がよすぎるぞ?」


 俺の気合いを込めた一声も、いまいち相手には届かない。


「勝負しろ、三治!」

「なんだそりゃ? いいから着替えろ」

「まずは勝負だ。あんたの肩を地面に付けたら俺の勝ち。俺が音を上げたらあんたの勝ち。オーケー?」

「よく分からんけど、喧嘩を売られたら買うのがこの魚屋のルールなんだぜ?」


 そんなルールがあるなんて初めて知ったが、まぁ、今は好都合。


「おやっさん、これで三治が地べた這いつくばったとこ、撮ってください」


 と、店長たる治助じすけさんに持ってきたデジカメを渡す。


「おう、よく分からんが面白そうだ。嫁さん帰ってきて調子こいてるバカ息子をヘコましてやれ!」


 この人はノリがいいので助かる。息子ではなく俺の味方をしてくれるようだ。


「よーし、あんた、負けんなよ!」


 奥さんたる麗奈さんの声援。この人には別に恨みはない。ただ、間が悪かっただけ。

 そして二人、魚屋の前で睨み合った。


「よっしゃ、こいやぁっ!」

「いくぜ、こらぁっ!」


 魚屋らしからぬ闘気をほとばしらせる三治さんに向かって突進する。

 まずは正面から身体をぶつけた。それで揺らぐ三治さんとも思えないが、こちらの本気は伝わるはず……って!

 急に天地がひっくり返ったと思ったら、仰向けに転ばされていた。

 パシャッ!

 治助さんに写真を撮られる。


「よーし、実力の違いの程が分かったか。もうやめるか?」

「まさか!」


 跳ね起きた俺は、油断している三治さんの足を掴んで……っと、急に身体が浮いたと思ったらまた裏返されて地面に寝ていた。

 またパシャリ。


「うう……ていうか、おやっさん、俺は撮らなくていいんだよ……」

「アホかっ! 無様な負けを晒す奴には容赦なし。それがこの魚屋の流儀なんだぜ?」


 それも初めて聞いた。

 とにかく立ち上がる。

 仕方ねぇ……あんまり荒っぽいことはしたくなかったが……。


「くらえやっ!」


 渾身の力を込めて繰り出した俺の拳は、三治さんのあごを捉える遙か手前で受け止められる。


「蚊が止まってるぜ、小僧」


 にやりと笑い、三治さんが手を伸ばす。

 ヤバいっ! 殴られるっ!

 三治さんの手が掴んだのは、しかし俺のズボンのベルトだった。

 思いっきり持ち上げられ、宙を一回転して、また寝転ばされる。

 叩き付けないのが腹立たしい。


「ふぅ……開店前の準備体操にもなりゃしねぇ。もう終わりか?」

「まだだよぉっ!」


 しかしダメだ。

 何度向かっていっても地面に寝転がされる。

 こっちはもうふらふらなのに、向こうは息が乱れてすらない。

 あいつの無様な姿を桜宮に見せてやりたかった。

 それで一気に恋が覚めるなんてことはないだろう。

 ただちょっとくすりと笑ってくれたらそれでいい。

 そのひと笑いが、彼女の心をずっと楽にしてくれるはずだ。

 もうダメか? 諦めるか?

 いいや、諦めてたまるか。あの子の笑顔を勝ち取るんだ!


「うおりゃあああっ!」


 よしっ、片足を掴んだっ!

 が、そこから微動だにしない。

 上から三治さんが声をかけてくる。


「恵ちゃんか?」

「ぐっ……」

「あの子にいいとこ見せたいとか、そういうとこか?」

「違うね。ただ、前からあんたの顔が気に入らなかったんだよっ!」


 裂帛の気合いと共に奴の足を引くが、地面から少しも剥がれない。


「……もしかして、あの子って俺のことが?」

「んなわけねぇだろっ!」

「じゃあ、なんで俺なんだ? 俺に向かってくる?」

「だからお前の顔が……」

「いや、やっぱりあの子……え?」

「違うって言ってんだろうがよぉっ!」

 

 ヤバい、気付き始めている。

 早くケリを付けないと。

 だが、押しても引いても微動だにしない。

 これだけは……これだけはしたくなかったが……。

 俺は低い位置にある頭を勢いよく前へ突き出した。


「許せぇぇぇっ!」

「ぐあああっ!」


 股間に頭突き。柔らかい感触。


「悪いなぁっ! この勝負は絶対に勝つんだぁっ!」


 浮いた片足を一気に引き上げる!


「なんのっ!」


 奴は両手を上にやり、そのまま背を反らせて地面をがっちり掴みやがった。


「ブリッジ!」

「テメェ、やっていいことと悪いことがあんぞっ!」


 俺の身体は三治さんの片足によって簡単にはね飛ばされる。

 さらに向こうはその馬鹿でかい身体で覆い被さってきた。


「ギブしろ」


 上から三治さんが言ってくる。余裕の笑みがひたすら憎たらしい。


「やなこった」

「青春の青いほとばしりがあれば、どんなことでもできると思ったか?」

「……思うかよ」

「甘いな、世の中そう甘くはできてねぇんだ。勝てない相手にどうあっても勝てねぇんだよ」

「ぐぐぐ……」

「だが、お前にチャンスをやろう」

「なんだ?」

「恵ちゃんって、ホントに俺が好きなのか? 教えてくれたら一回だけ負けてやる」

「教えるかよ」

「いや、ホントに好きなんだったら、俺、悪いことした気がするんだが」

「教えねぇよ、一人で悩んでろ」

「おいおい、このまま落としてやってもいいだぜ?」

「やれるもんならやってみろ」

「やると言ったらやるぞ?」

「やってみろ」


 意識が遠のいた。




 今日は一日吐き気が止まらなかった。

 それでもどうにかこうにか仕事はこなす。こっちだって意地だ。

 はぁ……格好悪い。格好悪すぎる……。

 桜宮にはなんて言おうか。適当に言い逃れる? それもなぁ……。

 まだ仕事が終わるまで時間はあるし、じっくり考えようか……。


「こんばんは、高瀬君」

「え? 桜宮?」


 制服姿の桜宮がそこにいた。


「うん、今日はちゃんと部活行ったよ。どうにかコンクールには出してくれるって」

「お、おう、よかったな」

「よう、らっしゃい! 恵ちゃん!」


 後ろから三治さんが声を張り上げてきた。


「こんばんは、三治さん。今日はメバルが入ってるね」

「おうとも。どうだい?」

「うん、安いよね。頂こうかな」

「毎度っ! おい佑哉、後やっとけ!」

「はいよっ!」


 そして勘定を済ませて魚を渡す。


「じゃあね、高瀬君」

「ちょっと待てって、桜宮。おーい、三治さん、ちょっと休憩な」

「用が済んだらすぐ戻れよ!」


 待ってくれていた桜宮に駆け寄る。


「おい、もういいのか?」

「ん? なにが?」

「いや、三治さんと普通に話してたよな? もういいのかなって」

「まさか、まだ胸がズキズキするよ。でもね」

「でも?」

「でも、私にも意地がありますから。いつまでもメソメソなんてしてられないよ。しれっとお話して、しれっとお買い物して、そして家でヘコむの」


 桜宮がよく梳かされた艶やかな黒髪を前から後ろへ指でかく。


「意地か……。でも、家でヘコむことはないぞ。そのために俺がいるんだしな」

「そっか……そうだよね。頼りにしてるよ、高瀬君」


 夕日のせいだけではないだろう。まぶしい、とてもまぶしい笑顔。それを俺に向けてくれる。

 彼女はきっと大丈夫。俺はそう確信する。


「任せとけって。じゃあ、気を付けて帰れよな」

「うん、帰ったらまたメッセージ送るね?」


 ひらひらとかわいらしく手を振る彼女を、見えなくなるまで見送った。




『今日は久し振りの部活で疲れましたよ~』

『怒られたり?』

『白い目で見られたりも。まぁ、気にしない気にしない、ですよ』

『そうやってお疲れの桜宮さんにお見せしたいものがあります。受け取ってくださいませ』

『ほうほう』


 と、画像を何枚か送付する。


『いかがです?』

『ぷくくく、なんですか、これ?』


 送ったのは俺が無様に地面を転がっている画像。

 俺の前で勝利のポーズを決めてる三治さんまで写ってる。

 全部、そういう画像。


『高瀬、筋肉バカに敗北するの巻』

『え? 最後の白目剥いてるよ?』

『落とされたんだよ。気絶してるの、それ』

『へぇ、気絶したらこうなるんだ……。でもなんでこんなことに? 喧嘩?』

『喧嘩にすらならなかったよ。ただ軽く撫でられただけ』

『……もしかして、私のせい?』

『まさか、あの顔が前から気に入らなかったんだよ』

『ええ? ワイルドでいいと思いますが』

『ああ、顔ですか? 顔に惚れましたか?』

『ち、違うよ! 優しいからだって! いろいろと教えてくれて、それでなんだから!』

『いや、それが商売じゃん』

『でもでも、ホントに優しいからだよ? 顔だけで惚れる女と思わないで?』

『大丈夫、思ってないよ』


 あの顔に惚れたんなら俺の可能性がなくなっちまう。


『ふう……、冷や汗が出たぜ』

『じゃあ、フロ入って寝なさい』

『そうする。高瀬君、今日もありがと』

『こちらこそ、またな』


 格好悪い画像で受け狙い。

 喜んでくれたみたいだし、まぁ、いいかな。

 もういいや、寝てしまえ。

 はぁ……格好いいとこ、見せたかったなぁ……。




『P.S.元格闘家に向かってく平凡な高校生。それって格好いいかもね』




『P.S.その2。あ、でもでも、それで好きになっちゃったとかじゃないよ? 誤解ナキヨウ。デハ、オヤスミナサイマセ』




『P.S.その3。もう、無茶はしないでね。今度こそおやすみ』


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