3.ウヅメ
さて、ようやくこの厄介な女ともお別れだ。
……と思ったら、お母さんが声をかけてきた。
「あ、ウヅメ。薫子ちゃんの荷ほどき、手伝ったげてよ」
「はぁ?」
いや、私は帰って乙女ゲーをしないといけないんですが。
「いくらでもこき使っていいからね、薫子ちゃん」
「ええ、分かったわ。来なさい、あなた。こき使ってあげるわ」
勝手に取引が成立しやがった。
「なんでこんな奴の手伝いしないといけないんだよ」
お母さんに抗議する。
「こんな奴とか言うんじゃないの。いい機会だし、友達になってしまいなさい」
「こんな奴と友達になんてなりたくないよ」
「同感だわ」
「はぁ、二人とも反抗期ねぇ……」
「四の五の言わず、放り込めばいいんだよ。ウヅメちゃん、諦めて手伝ったげな」
文香さんまでが言ってきた。この人、他人の子供相手でも容赦なくキツいんだよなぁ。
「分かった、分かりました。ぼっちな美少女を助けてやりますよ」
「私はぼっちじゃないわ」
「すぐにぼっちになるから」
薫子がわずかに口を尖らせたのを、私は見逃さない。
まずは大きな家具類の配置。その辺は業者の人がやってくれた。大人相手でも下僕を扱うみたいな態度で指図する薫子……。
さて、運び込まれた段ボールを開けていくか。
ていうか……。
「なんか、ピンクの絨毯とか乙女チックだよね」
家具もなんだかデコレーション過剰だ。
「そんなことないわ。極めて普通のレディの部屋よ」
でも、顔を赤らめていやがる。
「乙女チックなお姫様だ」
「そんなんじゃないってば。それより、早く片付けてしまいましょう?」
言いながら、薫子が自分の背中に手を回した。
そしてなんの抵抗もなくワンピースを脱ぎ捨て、下着だけの姿になった。例によって、大人な下着。
「ちょっと待って! 何してんの!」
「え? 外出着で片付けなんてできるわけないじゃない」
「いや、そうだけど。脱ぐんだったら私に一言あっていいんじゃない?」
「なんで? そんな面倒なことするわけないわ」
「ちょっと待って!」
「何よ?」
「何ブラに手をかけてるの? それも脱ぐ気?」
「そうよ。これも外出用だもの。汚れるのはイヤだわ」
「だから予告なしに脱ぐな!」
慌てて後ろを向く私。
「おかしな人だわ。私は見られて恥ずかしい身体なんてしていないのに」
「いや、おかしいのは絶対あんただ」
「ああ、そうか。私の肢体を見てショックを受けるのが怖いのね。同年代の、圧倒的な差を見せつけられるのが怖いのよ」
こいつ……。
「別にあんただって貧相な身体じゃない」
「なんだ、しっかり見てるんじゃない。私はスレンダーなの、モデルと同じ体型ね。これはこれで完璧なの」
自分で完璧とか言うかね。
「なんでもいいや、着替え終わった?」
「とっくよ。ぐずぐずしてないで、荷ほどきをしなさい?」
着替え終わったら終わったで、一声かけろよ。
見ると前の中学のものらしき、えんじ色のジャージを着ていた。私の通う上葛城中学は緑のジャージだ。
「なんていうかさぁ……」
「何?」
「たかが学校の指定ジャージなのに、なんでそんなにオシャレっぽく着こなせてるの?」
「ふふ、これが圧倒的な差、って奴なのよ」
意地悪い笑みを見せやがる。
余計なことを言った自分が憎い。
「はぁ、早くこの不快な時間から解放されたい……。じゃあ、私は本とか片付けてくね」
「そうしてちょうだい」
「本」とマジックで書かれた箱を開くと文庫本が山ほど出てきた。お堅いことで有名な、権威ある出版社の奴だ。この明治の作家とかだと、フリーであるはずだけどな。
「文学とか読むんだ?」
「そうね。実に興味深いものよ」
「おすすめは?」
「……あなたにおすすめしても、仕方ないわね」
なんか、ぴーんときた。
「いや、あんた、ちゃんと読めてないでしょ?」
「そ、そんなことないわ。あ、夏目漱石とかいいかもね」
「夏目漱石の、どれ?」
「『我が輩は猫である』?」
「それ、コメディじゃん」
「えっ! あ、うん、そうよ。あなたにはちょうどいいはずよ」
「まぁ、風刺とかいろいろあるらしいけど」
「あ、あなた、く、詳しいの?」
「まぁね。ちなみに見どころは?」
「えっ! そ、そうね……猫が……」
「猫が?」
「ね、猫が……かわいい?」
こいつ、バカだろ。
ちなみに私にも文学を読む趣味なんてない。お父さんが好きなだけだ。
でも面白いからもっとからかってやれ。
「『舞姫』は読んだ? 夏目漱石の」
「あ、うん、読んだわ。傑作よね」
「あれ? 芥川龍之介だっけ?」
「え?」
「どっちだっけ?」
「ど……っち、かな?」
「いや、読んだんでしょ?」
「そ、そうねぇ……、芥川龍之介よっ! 芥川の傑作よ!」
額に汗まで浮かべていやがる。
「ざ~んね~ん! 森鴎外でした~」
「ええっ!」
座り込んで下着を整理していたのに、飛び上がるみたいに立ち上がった。
「げらげら、知ったかするから恥かくんだよぉ~」
「ぐぬぬぬぅ……」
パンツを握りしめて悔しがっている。勝ったっ!
「さーて、気分すっきりしたところで、お仕事に戻りましょうかねぇ」
鼻唄交じりに本の整理を続ける私。
「ぐぅぅぅ……、あ、そうだ」
「何?」
「そこの棚。ちょっと場所が気に入らないわ」
と、カラーボックスを指さす。
「じゃあ、動かせば?」
まだ空だし、そんなに重くはないはずだ。
「無理。爪が欠けちゃうわ」
と、自分の爪を見せてくる。伸ばしている上に、マニキュアをきれいに塗っていた。
む、確かに欠けそうだけど……。
え? じゃあ、もしかして?
「あなた、動かしてちょうだい?」
「はぁ? 別にいいじゃん、あそこで」
「ダメ。私の美意識が許さない。動かしてちょうだい」
「しょっぱい仕返しだよねぇ」
「仕返し? モリ・オーガイは関係ないわ」
「やればいいんでしょ? やれば」
言い争って時間を潰すのも面倒だ。さっさと終わらせてしまおう。
「じゃあ、次はあのハンガーラック」
「はぁ?」
「キャスターが付いてるから余裕よ」
でも、最初から服が大量にぶら下がっている。
「余裕なら自分でしなよ」
「爪」
と、自分の爪を見せてくる。いや、確かにきれいだけどもさ。
そんなこんなでハンガーラックも移動。
「もっと手早くできないのかしら? 時間がかかって仕方ないわ」
「だったら自分でしろよ!」
ぎろりと睨んでやる。
「私に重労働は無理なのよ。……ていうか、あなた……」
「なんだよ」
「くさい……汗くさいわ……」
「うるさいなぁ、重労働したら汗もかくよ」
「ファブ○ーズ、ファ○リーズはどの箱にいれたかしら」
ごそごそと箱を漁り始めた。
おいおいおい!
「ちょっと、いい加減にしなよ、あんた!」
薫子の手を掴んで引っ張る
「ちょっ、やめてよ! 爪が欠けるわ」
「散々こき使っておきながら、くさい呼ばわりすんな!」
「でもくさいもの。耐えられないのよ、そういうの」
「じゃあ、お前にもこの汗くささを移してやる!」
しゃがみ込んでいる薫子に覆い被さって汗くさい身体を押し付けた。
「やめてやめて! 勘弁して! 本気で勘弁してっ!」
私の腕の中にいる薫子は本気で嫌なようで情けない顔で涙ぐんでいやがる。
さすがに頭が冷えて退いてやった。
「酷い……あなた酷すぎるわ……」
目尻を拭っている。
「いや、あんたも大概だよ? 女子に向かってくさいとか。あんたも言われたらどんな気がする?」
すると薫子は首を傾げやがった。
「私はくさくなんてならないわ。あなたなんかと一緒にしないで」
「あのさぁ……なんでそんなんなの、あんたって? あんたも私も同じ女子。汗をかけばくさくなるし、かといってくさいって言われたら傷付くの。分かるでしょ?」
しかし薫子は首を横に振る。
「あなたと私が同じなわけないわ。だって私は美人で、あなたはぶ……凡人なんだから」
こいつ、今ブスって言おうとしたな? 凡人呼ばわりも大概だけども。
「美人様は凡人とは別の生き物だと?」
「そうね。あなたにとってはショックかもしれないけど、それが厳然たる真実なのよ」
「はぁぁぁ……」
もはやため息しか出てこない。
「もういいや、早く片付けよう。そして、あんたとは二度と口を利かない」
「その方が利口ね。傷が広がるだけだわ」
もうこいつ、殴っていいよね?
「美人っていえば、さっき咲乃さんに過剰反応してたよね、あんた?」
「え? そ、そうかな?」
「ああ、そっか、自分に勝る美人の出現に焦りまくりってわけか」
にやりと笑ってやる。これくらいの攻撃をしておかないと気が済まない。
すると向こうは今すぐ泣きそうな顔を向けてきた。
「私、負けてないもん……」
「でも、向こうの方が胸は大きいからねぇ」
「私はスレンダーだもん。完璧なスタイルだもん」
「それに、向こうの方が性格いいよ? タチは悪いけど親切だし、咲乃さん」
「内面なんて、美人には関係ないもん……」
「いや、性格ブスって最悪だよ? そういうの、外見にも滲み出てくるから」
「なんで、そんなことあなたに言われないといけないの?」
ぽたぽたと涙をこぼし始めていた薫子が、必死になって手で目の周りを拭う。
「酷いのあんただし。やり返されたからって、嘘泣きすんな」
「言っていいことと悪いことがあるわ……。私は美人なの……誰よりも美人なの……そうでないとダメなの……」
薫子の涙は止まらない。
「ダメって何さ?」
「私って、実は頭がよくないの……とてもそうは見えないだろうけど」
「いや、小説のやり取りであんたがバカなのはバレたけど」
「そうなのっ!」
いきなり目を見開いてきた。
やっぱりバカだ。
「そうだよ。で、あんたがバカなのがどうしたの?」
「バカって言わないで欲しい、傷付くわ。とにかく私はバ……頭がよくないの。鈍くさいし、料理もできない……、性格が悪いとは思わないけど」
「いや、性格も最悪だし」
「その点については今度話し合いましょう。とにかく私には美人ってことしか取り得がない。だから、私は美人で居続けないといけないの。それが私に課せられた、宿命なの……」
「はぁ……、別に二番目の美人でもいいんじゃないっすか?」
「ダメよっ!」
今度は変な迫力でもって睨み付けてきた。
「一番の美人じゃないとダメなの。美人っていうのは天から授けられた特別な才能……。二番手、三番手なんて地位に甘んじるような奴に、美人を名乗る資格は、ないっ!」
さらに視線の迫力が増す。
熱く語っているが、こいつが抱いているのは共感しにくい変な選民思想だ。
「じゃあ、一位を目指せばいいじゃん。結果的に二位でもさ」
「そうね、私は一位を目指し続けるわ。それが私の宿命だから。でも、あの咲乃って人……あの人が脅威だわ。私の地位を脅かす、敵っ!」
くわっと目を見開く。
「やめときなって、あの人タチが悪いから悲惨なことになるよ? あんた打たれ弱いんだし」
「ぐぬぬぬぅ……」
ぎりぎりと歯ぎしりをして一人で勝手に焦っていやがる。
なんていうか……
「大変だね、あんたも」
「そうなの、私は大変なの。分かってくれるのね?」
ほっと表情を緩める薫子。
「なんていうんだろう、ここまで酷い中二病には会ったことがないよ」
いっそすがすかしい気持ちになった私は、彼女に微笑みを向ける。
「ちょっと待って! 中二病って何よっ!」
「いや、どっからどう見ても自意識過剰の中二病じゃない、あんた」
「信じられないっ! 極めて深刻な胸の内を告白したのに、中二病扱い? 信じられないっ! これだから凡人はっ!」
「そうやって面と向かって凡人とか言うところが中二病なんだよ」
「信じられないっ! ファブリー○っ! フ○ブリーズはどこっ!」
また段ボールを漁り始める。
「だーかーらっ! 人をくさい扱いすんな、中二病!」
「うるさいうるさいうるさいっ! デリカシーのない汗くさ女は出てってっ!」
結局見つからなかったらしく、拳でぽかぽか叩いてきた。
「はいはい分かりましたよ、帰りますよ。せいぜい一人で泣きながら片付けすればいいよ」
「泣きません~、私は泣いたりしません~」
背中を押されながら廊下に出たら、薫子の奴は部屋の中からべぇーっと舌を見せてきた。
くそっ、悔しいけど、かわいい。
ようやく家に帰れる……。
一階に下りるとお母さんはまだ開店準備とやらの手伝いをしていた。
もういい時間だからと、お母さんも一緒に帰ることに。
「どう、仲よくなれた?」
お母さんが私の顔を覗き込んでくる。
「まさか、私みたいな凡人は、美人様とは違う人種らしいよ」
「へぇ……。ん? なんかウヅメ、いい匂いがするわね?」
「え、そう? 汗くさいとかあいつには言われたけど」
自分で腕を嗅いでみてもよく分からない。
「そうじゃないわね。初めて嗅ぐような匂いよ?」
「ふーん? じゃあ、あいつの匂いかな? あいつ、変にいい匂いしたし」
「そっか。で、あの子と仲よくなれそう?」
ここで私はちょっと首を傾げる。
「まぁ、仲よくしてやらなくもないよ。向こう次第だけど」
「そっか」
お母さんがにんまり笑みを浮かべた。




