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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
素晴らしい予感(縁)
25/60

素晴らしい予感

 友人と話しているうちに、うちはヘコんでしまう。

 さらに森田の奴は、うちが不幸になるなんて言ってくる。

 だれがなんと言おうとも、うちはなのちゃんを愛し続けるんだ。


 「ある日の『上葛城商店街』」の「自分では光れない月だけれど(菜ノ花)」、「今日も、あの人に(縁)」の続きです。

 前作を読んでいる方が、理解は進むかと思います。


 なお、縁視点ですが、地の文は標準語訳しております。



 若干の百合描写を含むのでご注意ください。



●登場人物

・橘縁 : 大学生。菜ノ花が好き。 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」

・佐伯菜ノ花 : 花屋の店員。縁の親友。 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」

・森田咲乃 : 大学生。菜ノ花の先輩。 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」、「ふくれっ面の跡取り娘」

・佐伯文香 : 花屋。菜ノ花の母。 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」

・樹里 : 初登場。縁の大学の友人

・早紀 : 初登場。樹里の恋人

 ムカつく。イチャイチャイチャイチャしやがって……。

 温厚なお人柄のこの橘縁も、そろそろ我慢の限界だ。


「もぉ、ええ加減にしてぇやぁ」

「何怒ってんの、縁?」


 うちが抗議しても樹里は平然としてやがる。

 隣にいる自分の彼女の肩に手を回し、何やら愛を囁いていた。

 大学に入ってからの友人であるこの樹里は、なんというか奔放な人なのだ。


「うち、帰んで? そんなんやったら」

「なんでさ、せっかくあたしの彼女、紹介してやってんのに」


 ていうかこいつ、さっきから相手の胸を揉みまくってるんですが。

 そりゃあ、あんなけの巨乳なら触り心地は最高なんでしょうけどもさ。

 でも今いるカフェはうちたちの大学からも近いんだ。他の学生の視線もあるというのに……。


「でも縁さんって、本当にかわいいね。お人形さんみたい」


 彼女さん、名前は早紀さんだっけ? 樹里に胸を揉まれても平気な顔をしてうちに話しかけてくる。この人、名前がうちの大っ嫌いな奴に似ているから余計に好かない。

 と、いきなり樹里の奴と早紀さんがキスをした。しかも、ディープな奴。


「何やっとんねん、あんたら!」


 いらだちながらキツく言ってしまう。


「嫉妬すんなって。愛するもの同士なんだから、キスしてもいいだろ?」

「時と場所を選んでください」

「あたしたちは、愛おしくなったらいつでもキス、なんだよ」


 樹里の奴がいやらしく笑みを向けてくる。

 なんか、本気で腹が立ってきた。うちもなのちゃんとお店でキスとかするけれど、それはこの際脇に置いとこう。


「愛おしいっていうか、ただのハツジョーやん」

「違うって、愛の発露だよ。お子様な縁には分かんないかな?」


 同い年のくせに……。


「ていうか、樹里ってうちのことが好きなくせに」


 口を尖らせて言ってやる。

 しかし早紀さんは片眉を上げただけ。


「いつの話してんだよ、縁」

「でもホンマやん。うち、樹里に告白されたもん」

「告白っていうか、ただのナンパじゃん」


 まぁ、ナンパなんだけども。

 大学の構内で声をかけてきたのだ。うちの大学は女子大なので、当然声をかけてきた樹里も女子。

 後で自分で言っていたが、彼女は両方いける人なのだそうだ。


「それっていつの話?」


 早紀さんが樹里に聞く。


「五月だよな?」

「うん、そう、五月」

「なんだ、大昔じゃない」


 ころころと笑う早紀さん。


「しかも、その場で振られたしね」


 そう、その場で断った。うちには好きな人がいるのだと言って。

 そしたら次に、友だちになろうと言ってきた。話をしてみると結構面白い奴だし、友だちなら別にいいやと思って友だちに。以降、仲よくやってきた。

 でも今はまだ八月だぞ? そんな大昔でもあるまい。


「三ヶ月は大昔なん?」

「そうだよ、三ヶ月前の色恋沙汰なんて大昔だよ。縁みたく六年も引っ張ってる方がおかしいんだ」


 うるせぇ。


「六年てなに?」

「この子、中一の時からずっと同じ女子が好きなんだよ」

「そぉゆうん、勝手にわんとってくれる?」

「いいじゃん、いい話なんだし。相手は女子に興味ないんだって。でも、この子はずっと好きで居続けてんの」

「へぇ、いい話じゃない」


 うちとなのちゃんの関係を、そんな簡単にいい話にして欲しくはなかった。

 簡単な仲ではないのだ、うちたちは。


「でもその子もずっと彼氏作ってないんでしょ? 縁が負担になってるんだ?」

「そんなんちゃうもん」


 睨んでやっても樹里はちっとも気にしない。


「縁さんも他の子と付き合ってみたら? 案外簡単に忘れられるかもよ?」

「そんなことする気はありまへんっ! うちは、ずっとずっとなのちゃんを好きで居続けるんやっ!」


 もうイヤだ、ここにいたくない。ぐいっと残りのアイスコーヒーを飲み干す。


「なぁ、縁。あんたは視野が狭くなってるよ。ホントの幸せってなんだろ? もっとよく考えた方がいいよ?」

「うちの幸せは、なのちゃんを想い続けることやっ!」

「そんな報われない恋は、お互いを不幸にするだけだって。幸せってのは、ふと見た道の脇にも転がってるもんなんだよ?」

「うちは真正面だけ見とくんやっ! ほな、さいならっ!」

「おい、縁ってばさ……」


 うちはもう樹里の方へは顔を向けず、そのままカフェを出てしまう。

 樹里はいい奴だけど、恋愛観だけは気に入らない。




 あんなけ言われるとヘコんでしまう。なのちゃん成分を補給しなくては……。

 地元の駅を出て西に行くとうちの家だけど、今日は東の方へ曲がる。この先の商店街に、なのちゃんの家たるお花屋さんがある。


「橘君、また菜ノ花?」


 嫌な奴に声をかけられた。振り返ると両手を腰に当てた森田咲乃が立っていやがる。


「そや、愛するなのちゃんに会いに行って、何が悪いねん」


 ぎろりときつい視線を送ってやる。こいつはしょっちゅう、うちをガン泣きさせる、ロクでもない女なのだ。

 森田が深いため息をつく。


「まぁいいや。そこまで一緒に行こうか」

「なんでワレと歩かなあかんねん」

「まぁまぁ」


 森田の奴が馴れ馴れしく肩を組んでくる。そしてそのまま連行するみたいにうちを押していく。


「またうちとなのちゃんの仲を妨害する気なんか?」

「ん? ん~、今日はやめとく。なんかキミ、元気なさげだし」


 う……そういうの、分かるのか?


「うちはずっとずっとなのちゃんを愛してんねや」

「うんうん、いつもそう言ってるよね」

「誰にも邪魔はさせへん! うちの愛は絶大無比、永久不滅やねんから!」


 森田がいない側の腕を振り上げる。


「キミはね。キミはそうかもね」

「何、その含み?」

「菜ノ花はどうなんだろ? あいつって、ちょっと人と違うとこあるよね?」

「なにそれ?」


 森田がうちの顔を覗き込むようにしてくる。真剣な表情。


「キミが気付いてないとは思えないけど」

「なんのことやろ?」


 うちはすっとぼける。


「言いたくないけどさ、あいつって、絶対人に心許さないでしょ?」

「そないなことあらへんで? うちのこと、ちゃんと好いてくれてんもん」

「まぁ、私にもなついてるよ? でもなぁ、なんか最後の壁があるんだよ。気付いたのは最近だけど、考え直してみると昔っからなんだ」


 この女、意外に鋭い。

 そう、なのちゃんは普通の人とはちょっと違う。

 人を愛せない。なのちゃんはそういう人だ。

 どんなに好ましく思う相手でも、愛情を注ぐことができない。最後の最後で愛せないのだ。

 そんな態度を取られると、相手は壁を感じもするだろう。

 なのちゃんはうちを大切に想ってくれていた。とてもとても大切に想ってくれている。

 だけど、うちの全部を受け止めてはくれない。最後の最後で身をかわしてしまう。

 うちのわがままはなんでも聞いてくれる。ケーキを食べよう、アイスを食べよう、たい焼きを食べよう。あ、夕ごはんが入らない。じゃあ、帰ろうか。

 楽しみにしていたお食事を、あっさりと諦める。甘い時間を過ごしたいうちの気持ちを簡単に見過ごしてしまう。気持ちが届かない。

 なのちゃんはお花屋さんで働くか、うちと大学に行くかでずっと迷っていた。そしてお母さんと話し合った結果、お花屋さんで働く決心を固める。

 うちは今ではその決断を受け入れていた。

 でも……でも、なのちゃんがお花屋さんで働こうと決めた時、うちのことは頭の中になかったんじゃないか? そういう考えたくもないことを、一時は考えてしまった。だって、なのちゃんはそういう人だもの。

 あの子は時に残酷だ。とても残酷な顔を覗かせる時がある。

 それでもいい。それでも、うちはなのちゃんを愛している。ずっとずっと、愛していくのだ。


「それはあれやで、森田のことはそんなに好きやないうことやで」


 うちはムリに森田を攻撃する。


「そうなのかなぁ……。キミに対してもそうなんだよなぁ……」

「んなわけあらへん。うちらは相思相愛なんや」


 イヤなことを……、この女はイヤなことを言いかねない。

 頼む、言わないで……。


「私がキミをガン泣きさせるじゃん? あの子はすぐにキミをなだめるんだけど、時たま諦めるんだよ。泣き喚いてるキミを、横でぼんやり見てるんだ。そういう時の菜ノ花の……」

「やめてっ!」


 うちは森田に背を向け、耳を塞ぐ。聞きたくない。聞くのが怖かった。


「ゴメン、悪かったよ。でもさ、キミはホントにちゃんと考えた方がいいよ? 女子同士だからとか、それ以前の問題として……」

「聞きたぁないっ!」

「まぁ、ねぇ……。私の言うことなんて、聞くわけないか。でもね、なんだかんだでキミとも付き合い長いしさ、不幸になるのを見過ごしたくないんだよ」

「うちは不幸ちゃうっ! なのちゃんと一緒にいるんがうちの幸せなんやっ! ワレが勝手に不幸とか決めんなっ!」


 背を向けたまま怒鳴る。早く向こうへ行ってくれと願う。


「分かった分かった。じゃあね、また今度泣かしたげるよ」

「二度と顔見たぁないっ!」

「そういうわけにはいかないんだよ」


 最後にそうつぶやいて、森田は先に歩いていった。勝手なことばっかり、聞きたくないことばっかり言いやがって。




 つらい気持ちを引きずりながら、どうにかお花屋さんにたどり着く。なのちゃんの笑顔をひと目見たかった。


「よう、縁ちゃん。菜ノ花は今配達だよ」


 なのちゃんのママンたる文香姐さんが言う。


「ほな、待たせてもらいますわ」


 心を挫かれたが、今は待つしかない。

 お店の中に入って、並んでいるお花をなんとなく見て回る。

 白いお花がいくつも咲いている鉢があった。儚げなようで、どこか凛とした強さを感じさせる花だ。


「きれぇ……」

「エーデルワイスだよ」


 後ろから声をかけてきたのはなのちゃんだった。


「お帰りやす、なのちゃん」

「これね、ダメになりかけてたのを、私がここまでにしたんだよ」

「へぇ、なのちゃん、ちゃんとお仕事してるんや」

「当たり前だ」


 なのちゃんが私の頭に拳を振り下ろしてくる。イテ。


「育てるのが結構難しい花なんだけどね。愛情をいっぱい注いだら、どうにかこうにか、きれいな花を咲かせてくれました」


 そう言って、にっこりと笑顔を見せてくれた。

 この笑顔を見るだけで、傷付いたうちの心は癒やされる。


「愛情か……」

「愛情って、私がヘンだよね。愛のない女なのに」


 頬をかいて、少し気まずそうな顔。

 なのちゃんは自分が人を愛せないことを気に病んでいる。そんな彼女を、うちはひたすら愛し続けるんだ。


「んーん、そないなことあらへんで。このお花は、なのちゃんが愛情をたっぷりかけたから、ここまできれぇに咲いたんや」

「うん、ありがと」


 お互いに微笑み合う。

 なのちゃんがふと気付いたように声をかけてくる。


「縁、ちょっと目を閉じて?」

「ん?」


 顔にゴミでもついてる?

 と、うちの唇に、柔らかいものが押し当てられた。

 温かくて安心できる、この感触は……?


「はい、終わり」


 目を開けると、少し顔を赤らめているなのちゃんが。


「え? キス?」

「うん、縁、なんか元気ないし。ちょっとした、おまじない?」


 などと照れ笑いをする。

 なのちゃんは滅多に自分の方からキスをしてくれない。いつもうちからするか、うちがせがむか……。

 前にしてくれたのは、森田の奴にガン泣きさせられた時。先輩たる森田にマジ切れしたなのちゃんが、当てつけでキスしてくれたんだ。

 ……当てつけはともかく、なのちゃんはいつもうちのことを考えてくれていた。

 いつもは嫌がるキスも、うちが本当に困っていたらしてくれる。そういう人だ。


「ありがと、なのちゃん……」

「うわ、縁、顔真っ赤だ。そんな反応されると焦るんだけど」


 首の後ろをかいているなのちゃんの胸に、うちは頭を押し当てる。

 優しくうちを受け止めてくれるなのちゃんの両手……。

 ああ……うちはこの子が好きだ。愛している。どうしようもなく、愛している。


「なのちゃんからのキス……うち、幸せやわぁ……」

「うーん、なんなんだろ? ヘコんでる縁を見てたら、なんかこう……」


 うちは顔を上げ、間近からなのちゃんと目を合わせた。

 そして、聞いてみる。


「愛おしくなった……とか?」

「愛おしく? ……愛おしく、だ。……うん、それがしっくりくる」


 そう言って、何度もうなずく。


「そっか、うれし……」


 なのちゃんをぎゅっと抱き締めると、向こうは頭を撫でてくれる。

 うちが愛おしい。人を愛せないはずのなのちゃんが、うちを愛おしく思ってくれた。

 うちの中にある予感が沸いてくる。とても素晴らしい予感だ。

 なのちゃんは人を愛せない。これまではそうだった。

 でも、いつまでもそうとは限らない。

 うちが愛情を注ぎ続ければ、いつかなのちゃんもきれいな花を咲かせるのかも。きれいなきれいな、純白の花を。


「なぁ、なのちゃん。このお花、うちがこおてええ?」

「ん? 育てるの難しいよ?」

「育て方教えて。大事に育てるわ」

「じゃあ、そうしてくれる? 縁がいつも見てくれるんなら、私もうれしいよ」

「うん」


 そしてうちは、なのちゃんの愛情が注がれたお花を買うことに。


「あ、そうだ縁ちゃん」


 なのちゃんがお花を包んでいる横から、文香姐さんが顔を出してきた。


「こいつの花言葉、いいのがひとつあるんだ」

「へぇ、なんだすん?」

「『初恋の感動』」

「へぇ……」


 なのちゃんと目が合ってしまい、赤くした顔をお互いに背けてしまう。

 脇でにやにやしている文香姐さん。

 『初恋の感動』か……。ええ、この六年、忘れたことはありませんよ?

 気まずい雰囲気の中、どうにかお花を受け取った。


「これ重いし、家まで送ってくよ」

「ホンマ? じゃあ、お願いするわ」

「余計なことを言う母さん、行ってくるよ」

「はいよ、お幸せにね」


 相変わらずにやにや笑いの姐さんに見送られてお店を出る。

 なのちゃんが右手に鉢をぶら下げたので、うちは空いた左腕にしがみついた。


「重いって、縁」

「ええやん、うちはこぉしていたいんやっ」

「わがままなお嬢様だ」


 二人、並んで道を歩いていく。これからも……。


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