1 始まり
当日になり父と政宗は会場に着く。
朝早く家を出たわけではないので、たくさんの選手やその保護者、観客で会場は既にいっぱいだった。
「うわっ!人すごっ」
「なっ!こりゃすげえな!はぐれんようにな!」
父の後ろをついて行くと色々な人がいる。
垂ネームを見ると、聞いたことのある学校名が刻まれている。そして、その学校には坊主頭の選手が多いことに気付く。
(なんか強そう...)
着用している道着の腕の部分に学校名が刺繍されていたり、胴は変わった質感で特徴的なデザインの物を身に着けている者が団体でいる。地域の小さな大会にしか出たことがない政宗はこんな光景を見たことがないため、少し感動してしまった。
エントラスに入っても人は多く、なかなか前に進めない。
その場から動けないためぼーっとしていれば選手の声と拍手の音が体育館から聞こえることに気付く。ドアは閉まっているので試合をしている選手の姿は見えないが、剣道に懸けている思いが自分とは程遠いものだと嫌気がさした。
ようやく観客席である二階に辿り着けば父は誰かを探し始めた。
「確かこの辺だって言ってたけど...」
「あっ!いたいた!」
父が手を振っている先を見れば甲斐の父がおり、同じように手を振っていた。
「おはよう!政宗くんもよく来たね!」
「おはようございます!」
「おはようございます」
父に続いて政宗も挨拶をする。
「ここに座るといいよ!」
甲斐の父が案内してくれた席からすぐ下のコートを見れば赤タスキと白タスキをそれぞれ背中に着けたチームがいる。二階からでは垂に書いてある学校名が見えなかった。名前の方が大きな字で書かれているためそちらに目をやれば、岡林という苗字が白タスキを着けているチームの方にいた。
甲斐の父にトーナメント表を見せてもらえば高知県代表は潮江学園で開催地枠として八坂中学が出場しているようだ。
ちょうど今、下のコートで試合をしているのが潮江で甲斐が所属しているのもこの学校である。県内では強豪として知られており、数十年の間、毎年全国に出場している。
そして赤タスキをつけた相手は全国への出場経験は去年が初の山形県代表、護国中学と言うらしい。
「甲斐は先鋒で出たんだけど、一本取られて、取り返せず負けたよ」
「やっぱり全国ですね〜!けど2年生で試合出てるだけですごいですよ!」
父同士の会話を聞き、
(全国大会で...しかも先輩を出し抜いて試合に出るとか俺にはできないな)
と思いながら再びコートに目を落とせば中堅から副将に変わるタイミングだった。
高知側の選手の垂には佐野と書かれている。細身で今から対戦する選手より背が高い。コートに入り、蹲踞の姿勢までの一連の動作をする。主審の「はじめ!」の合図の後「ヤ゛ァーーーッ!」という両者の声が響く。
開始から20秒ほどで一本目が決まる。佐野がフェイントを仕掛ける。剣先を下げ手元が開いたところで相手に小手を誘う。そこから相手の手元が上がる前に素早く一歩を踏み出し一足一刀の間合いから飛び込み面を決める。相手も咄嗟に面を打とうとするが間に合わなかった。
三人の審判が白い旗をあげる。主審から「面あり!」と合図があれば二人の選手は開始線に戻る。
(はっや!けど綺麗な一本だな〜)
剣道経験者であっても、一本が決まる瞬間は一瞬のため目で追えず、有効打突かどうか分からない時はたくさんある。けど今の一本は剣道をやっていない者でも相手の面に綺麗に入っているのが分かるものだった。
「あ!そうそう!この子も甲斐と同い年でね〜!地区予選からずっと負け知らずなんだよ」
世間話をしていたかと思えば試合に目を向け出す甲斐の父。
「え?てことは予選からこの試合まで一度も負けてないってことですか?」
「そうそう!」
「そりゃすごい!」
父同士の二人の話は政宗には聞こえていない。今は目と耳が佐野のためにしか使えなくなっていた。
そして主審の「二本目!」の合図が掛かればこの勝負の決着はすぐについた。
踏み込みのパァァンッという足音と同時に胴をバンッと切る音がすれば三本の白旗が上がった。佐野は相手に隙をつかれることがないようしっかり残心をとっている。
相手は先に一本を取られたことによる焦りからか主審の合図と共に勢いよく面を打ったが、佐野はその攻撃を避け抜き胴で決めた。
「胴あり!」と主審の声で今の一本が決まったことが分かれば佐野は動きを止め開始線に戻る。
「勝負あり!」の号令で副将の試合は終わる。
二本をとるまでにかかった時間はわずか28秒。
この時間、コートから一度も目を離すことができなかった政宗。佐野の圧倒的な強さがそうさせた。
「かっけえ...」
自然とその言葉が出た。
(やっぱり俺、剣道で強くなりたい。あの人のいるところに行けばきっと強くなれる)
「父さん。俺、潮江学園に入りたい!」
「えっ?」
父は驚いていたがすぐこの挑戦を後押ししてくれた。
「じゃっ勉強しなきゃな!塾も行かないとだな〜!」
「頑張れよ〜!甲斐もかなり苦労してたからな〜」
潮江学園は県内有数の進学校で知られている。受験前の息子の様子を知っている甲斐の父もその大変さが分かるのだろう。
「ありがとうございます!絶対受かってみせるぞおおお!」
父同士で顔を見合わせて笑う。
『いつかあの人を超える最強の剣士になる!』
それからたくさん勉強をした。周りよりかなり遅めに始めたことはわかっていたため空き時間は勉強をした。暇をつくらないようにした。剣道の練習も控えめになりながらも毎日続けた。
そしてこの春、曽我政宗は潮江学園に入学した。
顧問に入部届を提出し、練習にに参加できる日がようやく来た。
部活の時間になり剣道場に走る。すぐに佐野の垂ネームをつけた人物を見つけた。他の部員もたくさんいたが政宗には関係ない。
「佐野先輩!俺、あなたを見て強くなりたいって思ったんです!今から勝負してください!」




