# 第六話 ## 「結婚したら幸せになれると思ってた」
# 第六話
## 「結婚したら幸せになれると思ってた」
六月。
雨。
工事現場は最悪だった。
靴は濡れる。
服は重い。
鬼塚は機嫌悪い。
「雨宮!!
資材濡らすなって言っただろ!!」
「すみません!」
「すみませんじゃねぇ!」
朝から怒鳴り声。
悠人は心の中で思う。
帰りたい。
今すぐ帰って布団入りたい。
でも現実は、
びしょ濡れの現場だった。
---
昼休憩。
プレハブ小屋。
湿気。
カップ麺。
同僚の坂本がスマホを見ながら言う。
「あー……
また結婚したわこいつ」
「誰です?」
「高校の同級生」
坂本は笑う。
「最近マジで結婚ラッシュやばくね?」
悠人は苦笑した。
「ですね」
SNSを開く。
結婚報告。
子どもの写真。
マイホーム。
幸せそうな笑顔。
胸が少し苦しくなる。
---
その夜。
悠人は一人、
カラオケにいた。
白石とは今日は予定が合わない。
久しぶりの一人カラオケ。
でも。
全然楽しくなかった。
歌いながら、
頭の中で考えてしまう。
「俺、
なんで結婚したかったんだろ」
幸せになりたいから?
寂しいから?
周りに置いていかれたくないから?
分からない。
---
曲が終わる。
静かな部屋。
スマホが震える。
白石雫。
【今日どうしました?】
悠人は少し驚く。
【なんで分かったんです?】
すぐ返信。
【なんとなく】
怖い。
でも少し嬉しい。
---
電話がかかってくる。
悠人は出た。
「もしもし」
『カラオケですか?』
「え、なんで」
『ちょっと響いてるので』
鋭い。
悠人は苦笑した。
「久しぶりに一人で来ました」
『楽しいですか?』
少し沈黙。
悠人は正直に答えた。
「今日はあんまり」
---
電話の向こうで、
白石も静かになる。
悠人はぽつりと言った。
「俺、
勘違いしてたかもしれないです」
『何をです?』
「結婚したら、
人生全部変わると思ってました」
白石は黙って聞いている。
「仕事も、
孤独も、
将来の不安も」
「……」
「でも多分、
結婚って魔法じゃないんですよね」
初めて口にした。
今までずっと、
認めたくなかったこと。
---
悠人は笑う。
少し情けなく。
「結局、
今の人生が嫌だっただけかもしれません」
婚活に行っていた理由。
幸せになりたかったんじゃない。
“今の自分から逃げたかった”。
その事実が、
胸に刺さった。
---
しばらく沈黙。
でも白石は、
否定しなかった。
代わりに、
優しく言った。
『それでも』
「え?」
『変わりたいって思って、
動いてたのは本当じゃないですか』
悠人は黙る。
『婚活行って、
誰かと会って、
ちゃんと頑張ってたじゃないですか』
「でも全然ダメで……」
『ダメじゃないです』
白石の声は、
静かだった。
でも真っ直ぐだった。
『私は、
雨宮さんに会えてよかったです』
その言葉が、
胸の奥にゆっくり落ちていく。
---
悠人は天井を見る。
薄暗いカラオケの部屋。
少しボロいソファ。
一人だったはずなのに、
今は孤独じゃなかった。
---
『雨宮さん』
「はい」
『今度、
またカラオケ行きましょう』
悠人は少し笑った。
「婚活帰りじゃなくても?」
『はい』
「じゃあ次、
俺ちゃんと十八番用意しときます」
『楽しみにしてます』
電話の向こうで、
白石が少し笑った。
その笑い声を聞きながら、
悠人は思った。
人生は急に変わらない。
でも。
少しずつなら、
変われるのかもしれない。




