8 海賊…。所により、イカ
薄暗い洞窟のなかで、海賊達は思い思いに腰を下ろしゲラゲラと高笑いしていた。
「ガキ一人、ただ閉じ込めとくだけで、あんな大金が手に入るとはな!全く、うまい話だぜ。なぁ!」
あまりに他愛もない仕事だが、手にする報酬を思うと、粗野な高揚感が身体中を駆け巡る。野蛮な昂りを抑えきれず、檻の前の見張りを振り返ると、見張り役が居眠りをしていた。
「おいおい、いくら退屈だからって寝ちまうやつがあるかよ」
笑いながら大股で檻に近づいたところで、首筋に衝撃を受けガクンと静かに崩れ落ちた。
「…二人目」
薄闇に溶けるようなささやき声が響いた。
「おい、誰かいるぞ!!?」
異様な気配に男たちがようやく気がついた、その瞬間。目映い閃光が辺り一面を支配した。急に襲いかかる暴力的な白い光に、視界が奪われる。
「おせぇよ、ばーか」
強烈な発光が生み出す深淵に潜んだリンが、するりと胸元に滑り込み、自身の光ペンをくるりと逆手に持ち変え、男の首もとに勢い良く振り落とした。
「三人目…」
「てめぇ、どこから入り込みやがった!」
短剣を片手に男が怒鳴り散らす。襲い掛かる切っ先の軌道を、リンの光ペンが巧みに逸らす。カッカッカという軽快な音がまるでステップを踏むようにリズムを刻む。
踊るように弄び、男がバランスを崩したその一瞬で鳩尾にペン先を突き刺す。鈍いうめき声とともに、また一人足元に転がった。
「そこまでだ」
鋭い声と共に炎球がリンの頬を掠める。紙一重で躱したそれは毛先をチリと焦がし、抉るように地面で爆ぜた。視線をやると、くすぶる炎の余韻を残した男が、新たな炎を練りだしている。用心深くあたりを見回した男の一人が、檻の中の獲物が消えたことに気が付いた。
「おい、貴族の小僧がいねぇ!…まさか、こいつ子爵の…」
「馬鹿野郎、よく見ろ。貴族がこんなチンピラを雇うか!くそ、どこかから情報が漏れたんだ、どこの手のもんだ!!」
全く失礼な話だが、勝手に憶測で間違った情報を共有しあっている。甚だ承服しがたいことではあるが、今は都合がいい。
「ばーか、誰が言うかよ。今頃、俺の仲間が連れ出しちまってるよ。居場所が知りたきゃ俺を倒すことだな」
威勢よく、なるべく意識がリンに向けられるように不敵に笑って見せる。
苛立つ男たちの悪意をものともせず、徐々に、しかし自然な動きで子どもたちの潜んでいる岩場から離れるように移動する。今は唯一の相棒であるおもちゃのペンを、いかにも御大層な武器であるかのように構えた。
じわりと背中に汗が浮かぶのは、大目に見てほしいところだ。構えたリンのペンはすでに戦闘に耐え切れず、おもちゃを通り越してただのガラクタだ。先ほどから何度か試しているが目くらましの光を放つことも、もはやできない。
装着したカニの耳たぶを挟む力が強くなっている。垂れ下がった方のハサミは、先ほどからカチカチと忙しなく鳴り続けていた。…近いはずだ。
火炎による攻撃が洞窟に少しずつ負荷を与えている。パラパラと細かい石が溢れ落ちてきた。チラリと、リンが天井を見上げた。崩落までの時間を算出する。
「崩れ方からみて、あと九十秒程度か…」
「このクソガキが!!」
頭に血が上った魔導士の掌の中で先ほどとは比にならない火炎が膨れ上がった。
「この空気の薄い洞窟じゃ、火器厳禁だって分かりそうなもんだが、アマタ悪ぃな、オッサン!」
まずい、本能的な警告が頭をよぎった刹那。
「リン!!!!」
真っ直ぐに飛んできたのは、待ちに待った相棒に投げつけられたピンクの可愛い『るるなるペン』であった。
「くそ、またこいつを使う羽目になるなんて、最悪だ!!!」
毒づきながらも、リンの指先は迷いなく空を舞った。ピンクのリボンの軌跡を追うように、冷徹で緻密な数式が空間を埋め尽くしていく。おもちゃのようなペン先から紡ぎ出されるのは、一分の狂いもない、硬質な防壁魔法の核だ。
「まず、洞窟が崩れるのを防ぐ!上だガイ!!やれ!!」
二重丸で描き切る瞬間に叫ぶんだ時には、すでにガイが「了解!」と超短期・高解像度スロットで写し取り、魔法を発動させていた。
オーロラのような輝きを持った薄い光の膜が、岩肌をコーティングするように張られ、無骨な洞窟を、まるで神聖な場所のように塗り替えた。
「これで強度は確保した。――ガイ、全門解放だ! 描いた端から流し込め!」
リンが『るるなるペン』の先で空間を鋭く叩くと、そこを中心に複雑な幾何学模様を抱いた魔方陣が、まるで弾倉のように次々と宙に固定されていく。
ガイはそれらを視認した瞬間、思考を挟まずに全魔力を叩きつけた。固定された魔方陣を「銃口」に変え、圧縮された光の弾丸が雨あられと降り注ぐ。逃げ場のない洞窟内で、海賊たちは悲鳴を上げる暇もなく、光の連射に沈んでいった。
「おせぇ!!!お前がちんたらしてるから、えらい時間がかかっただろうが!」
「うそでしょ、助けてあげたのに!結構大変だったんだよ!!耳痛いし!!」
濛々と立ち込める砂ぼこりのまえでガイが装着していたカニを外して涙目で訴える。
「たぶん、リンのカニのいる方向を、俺のカニのはさみが指し示すんだけどちょっとでも違う方向に行こうとすると凄いガチガチすんの。マジで、耳がちぎれるかと思ったんだから!」
「それは、うん。まぁ、ご愁傷様…か…?」
リンは、未だに威嚇するようにハサミをカチカチ鳴らしているカニを外し、すっと目をそらした。
「マリウスと、マリーナは…?」
「大丈夫、あっちでじっとしてたよ。偉いよね、怖かっただろうに」
「そうか、じゃあ、とっとと帰るか」
軽い疲労感を感じながら二人が振り返ると、岩陰から飛び出してきた二人の子どもが、極限まで目を見開き何かを叫んでいた。
「うしろ!!!!」
「イカぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
は?と指さされた背後を振り返ると…。
九本の足をくねらせた、虚空のような目の巨大な海の魔物が、青白い光を不気味に発しながらぬらりと海底から這い出てきたのであった。
「イカぁぁぁぁ!!!」
リンとガイの絶叫が響いた。




