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「射出!」
男の命令に複数の矢が放たれる。
「菊っ!」
青紅葉の君の悲鳴。
菊の君のからだを複数の矢が射抜く。
「殺してはおりませぬ。天子さまにはどうあってもお戻りいただかねば」
上之何某がことばのわりに喉に絡みつくような声で恫喝するかのように言う。
冷たい長剣の先にわたしの体温が移っていく。
殺される。
その予感は、とても恐ろしいことだった。
全身が震えて自然と鋒が肉に食い込んでくる。
つぷりと弾力のある肉を断つ音が耳に大きく聞こえてきた。それとともに刹那の冷たさと一瞬後の灼熱、そうして痛みを感じた。
我慢しなければ。
助けを求めてはいけない。
そう。これ以上の救いを天子さまであった青紅葉の君に求めてはいけない。
なぜならば。
見るといい。
先ほどまでの超然とした風情を捨て去って、青紅葉の君は菊の君に縋り付くようにしているのだ。
菊、菊−−−と、悲痛な悲鳴のような声を上げている。それだけで彼の方にとって菊の君がどれほど大切な存在であるのかを感じ取ることができる。
今の彼の方にわたしがどうして助けを求めることができるだろう。これまでとてもよくしてくれた尊い方。その方のために命を落とすのであれば、本望なのに違いない。
それなのに、全身の震えも涙も止まることはない。
お逃げください−−−その一言を口にするのにとてつもない努力が必要だった。
わたしには天子さであったという青紅葉の君に都でどんな災難がふりかかったのかなど知りようがない。けれど、たったおふたりぎりで、銀だけを伴ってこんな鄙に落ち延びられたのだ。そこに戻れと言うこの男が対立者側の者というよりもただの悪者に思えて仕方がない。
いったい何があったのか。
どうしてこんな鄙に隠れ住んだのか。
これまで知りたいという欲に蓋をしていただけなのだと、わたしはこの時痛いくらいに感じたのだ。
けれど。
それは、こんな形で−−−などではなかった。
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菊の君が夜具に横たわっている。からだのあちこちに巻かれた包帯の白に滲む血の赤が痛々しい。
ここは都の中心部−−−皇城奥の一部屋。違う、より正確にいうならば、座敷牢と表現するべきだろうか。そこに菊の君は押し込められ、治療その他は全てわたしが行っている。それは構わない。けれど、青紅葉の君がどうなっているのかがわからない。
あの時、菊の君に縋り付いた青紅葉の君を引き剥がすこともならず、上之何某はわたしたちをここに連れてきたのだ。
そうして到着したのが昨日のこと。本気の竜の速度は恐ろしいものだった。通常ならば半月はかかるだろう距離をものともせず、わずか一日という速度で飛んだのだ。
命に別状はない。
そう言われても、全身を標的とした矢は菊の君の急所をかすめるかのように射抜き、右目までもを傷つけていた。
入り口の外には監視が付いている。
食べ物や汚れを拭うための湯や着替えなどは使用人が運んでくる。彼女たちに青紅葉の君のことを尋ねても当然答えてくれるはずもない。
どうすればいいのか。
正直わたしにわかるはずがない。
ただ横たわる菊の君を看るだけだ。
「早く目をお覚ましください」
そうとしか言えない。
そうして。それはある種の予定調和とでもいうべきなのか。
正座したまま首を垂れたわたしの視界にある手が動いたのだ。
「菊の君さまっ! お気が付かれたのですね」
上半身を起こした彼を止めようとしたものの、気忙しくていらっしゃるのだろう菊の君はわたしの制止を聞くことはなかった。




